しち
「「借金を踏み倒した!?」」
思わず炭治郎と叫ぶと、目の前の善逸は気まずそうに視線をうろつかせた。
あれからどうにか泣き止んでくれた善逸は、事のあらましを詳しく教えてくれたのだけど、理由がまさか過ぎてびっくりしてる。女の子に貢いで借金したって…何となく女の子好きなのかなとは思ってたけど、まぁ、殺人沙汰とかそんなんじゃないだけよかったっていうか…
「べ、別に踏み倒すつもりはなかったんだからな!?ただ、取り立てて来る奴らが怖すぎて思わず逃げちゃったっていうか…!」
ちなみにいくら借金しているのか聞いたら、まぁまぁの額だったという事だけ言っておこうと思う。
けど…
「…返せない額じゃないね」
「食費をやりくりすればなんとかって感じだな」
「…ね、ねぇ、まさか炭売りの売り上げを使うつもりじゃ…」
「え?そうだけど」
「何やろうとしてんの馬鹿なの!?ダメに決まってんでしょ!!大事な売り上げを俺なんかのために使うとか…!!お前ら言ってただろ!正月はいっぱい食べさせてやりたいって!そんな事したらッ…」
「炭ならまた焼けばいい。それに、運がいい事に今は繁忙期だからよく売れるんだ」
「そーそー。だからその分、善逸には死ぬほど手伝ってもらわないとダメだけどね。木を切るのに泣き言はもう言わせないよ」
「ッ…ごめん、二人とも、本当に…あだッ」
べしんッ、と善逸の額を指で弾いた。
「はい、不正解」
「善逸、俺たちは謝ってほしいんじゃない。こういう時、なんて言うと思う?」
「……あり、が、とう…」
「「いいえ!」」
炭治郎と声を揃えて言うと、今度は善逸は不格好に泣きながら笑った。
***
炭治郎と羽炭に見送られながら、俺は一人町中を歩く。時々ちらり、と後ろを振り返れば建物の角から顔だけ出した二人が頑張れと言うように親指を立てていて、それにちょっと励まされた。
町を歩く事少し。前方に目的の人物を見つけ、緊張と恐怖からか心臓が早鐘を打ち出した。
大丈夫、大丈夫。怖いけど、もう怖くない。だって、二人がついている。俺だけじゃないんだ。
お守り代わりに持たせてくれた炭治郎の襟巻きと羽炭の千歳茶色の羽織を握りしめた。
「あの…」
声をかけると、くるり、その人が振り返る。そして俺を見た瞬間般若みたいに眉を釣り上げて心臓がまろび出るかと思った。
「てめぇあん時の…!よくも逃げやがったな」
「ひッ…」
振り上げられた腕に思わず踵を返しそうになった。…けど、すぐに背中を押してくれた羽炭たちの事を思い出して、踏みとどまる。
「ッ…に、逃げてすみませんでした!!」
地面に膝をつき、額を押し付ける。突然の動作に男もたじろいだのか、音が揺れた。俺は構わず、矢継ぎ早に言葉を紡いだ。
「怖かったとはいえ、借りたお金も返さずに逃げてしまい、すみませんでした…。人としてダメな事をしたと、反省してます。この中に今まで借りた分が入ってます。どうか…」
「…謝れば許されると思ってんのか」
「ッ…い、いえ…」
「俺は取り立てるのが仕事だ。てめぇが粗相をした旦那に頼まれてこんな辺鄙な町までわざわざ探しに来たんだ。もし返せないようじゃ身ぐるみを剥いで来いとも言われた」
「、…」
「…けど、俺にも家族がいる。ちょうどお前と同じ歳の娘がいてな」
「え?」
「ちゃんと謝れるんなら、初めからそうしとけって話だ」
男の大きな手のひらが頭に乗り、一瞬潰されるのではと身を固くしたけど、ぐしゃぐしゃと掻き回されるように撫でられてぽかん、と呆けた。
「あいつらに同じ事をするんじゃねぇぞ」
そして、ふと男が俺の背後を見ているのに気付く。一緒になって振り返れば、町角から頭だけを突き出してハラハラと俺を見守る炭治郎と羽炭の姿。どうやらこの男には全部お見通しらしい。
「!…はい、絶対にしません」
しっかりと男の目を見てそう言い切れば、男は釣り上がった目元をやんわりと緩め、お金の入った巾着を持って去って行った。
殴られるとか、そんな事を諸々想像しながら来たけど、存外何もなくて、というか、取り立てにしては優しすぎるあの男に感謝しかない。きっと別の人間だったならこうはいかないだろう。
「善逸ッ…!」
「大丈夫か、善逸…!立てるか?」
ついに飛び出して来たらしい二人が、未だ地面にへたり込む俺の顔を覗き込む。心配そうな音を響かせて俺の背中を摩ってくれる二人を見ていると、今更になって緊張やらなんやらの震えが全身に伝播した。
気が抜けたというか、安心したというか、とにかく、あぁ、これでちゃんと後ろめたさなんて持たずに皆と顔が合わせられるって、思ったんだ。
……竈門家への借金は増えたけどな!
「うぐッ…ふ、普通に怖かったんだけど…!」
「よしよし、頑張ったね…!」
「やればできるじゃないか…!」
「何さりげなく年下扱いしてんだよぉおお…!俺の方がお兄さんなんだぞぉおおお…!」
「「え」」
両側から羽炭と炭治郎が俺の事をぎゅうぎゅう抱き締めて、挙げ句子供をあやすみたいに頭撫でるから思わずそう言えば、二人は「え、嘘だろ?」みたいな顔をした。
「俺はなぁ…!十六だ!!」
「「嘘ぉぉぉぉ!?」」
賑わう町に羽炭と炭治郎の今日一番の絶叫が響く。
何だよぉ、そんな驚く事ないだろ…!
また別の意味で泣きたくなった俺であった。