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「お嬢ちゃん、ちょいといいかい?」


隣町まで炭治郎と善逸と三人で炭売りに来ていた時、唐突に知らない男から声をかけられた。


「はい?何かご用でしょうか」

「人を探してるんだ。三角模様の着物に、黄色い珍妙な頭をしていて…ちょうどお嬢ちゃんと同い歳くらいだ。ここ数日ずっと探しちゃいるんだが、中々見つからなくてな。心当たりはないかい?」


男の言葉に、ぎくりと思わず肩を揺らしそうになったがどうにか堪えた。だって、その特徴に当てはまる人を私は知っている。
…心を落ち着けた。多分、動揺を悟られちゃダメだ。


「…ごめんなさい、わかりません。その方がどうかされたんですか?」

「いや何、ちょいとそいつが不届きを働いたもんだからよ」


困ったもんだ。なんて、顔は笑っているけれど匂いはどこまでも怒りと忌々しさで満ちていた。「引き止めてすまないね。仕事頑張るんだよ」そうにこやかに去って行った男の笑みに背筋が凍りそうだった。

あんなにも、匂いと表情が分離された人間を初めて見た…。おおよそカタギの人間が醸し出せる匂いじゃない。炭治郎より嗅覚が劣る私でさえ、こんな…


「ッ…」


男が去った方向と反対に駆ける。足が震えて今にも崩れ落ちそうな膝を叱咤し、とにかく足を動かした。
早く善逸を見つけないと。あの子をこの町にいさせちゃダメだ。早く見つけて、ここから離れないと…!


「善逸が、殺される…!」





「あ、羽炭帰ってきた!」


町中を探し回り、ようやく見つけた善逸は運がいい事に炭治郎と一緒に町の広場にいた。走る勢いをそのままに二人の手を掴み、広場を飛び出す。


「お、おい羽炭…!どうしたんだ、そんな血相を変えて!」

「ちょお、ねぇ!どうしたの!?何!?何があったの!?」


戸惑う二人の声を無視して走り続ける。少し走って、あまりにも二人がうるさいから近くの路地裏に駆け込んだ。


「どうしたんだ羽炭!らしくないぞ、なんでそんな……ッ」


炭治郎が私の顔を見て、息を飲んだ。善逸も、ただならぬ空気におろおろと私と炭治郎を見比べている。
炭治郎は私と目を合わせ、落ち着かせるように肩を撫でた。


「怯えた匂い…何があったんだ。まさか、誰かに脅されて…」

「…違う、違うの炭治郎。ごめん、取り乱した」


深く息を吸い込んだ。何度も何度も深呼吸をして、ようやく落ち着いた頃、善逸の着物の袖を掴んだ。


「…善逸、正直に話してほしい。正真正銘、腹を割って話そう」

「…え?な、何言ってるんだよ羽炭…俺は…」

「何を隠しているの」


疑問も疑惑もない。あるのはただの確信。善逸が私たちに何かを隠している事は知っていた。何か訳ありである事も、わかったいた。だけど善逸には善逸なりののっぴきならない事情があって、本人がそれを口にしないという事は知られたくない事で、だから私も炭治郎もわかっていても聞かなかった。いつかそのうち、善逸から話してくれるだろうって思っていたから。

…だけど、もうそんな悠長な事は言ってられない。


「…さっき、向こうの通りで善逸を探している男に会った」

「!!」

「匂いがカタギの人間じゃない。…ねぇ、このままじゃ本当に殺されるかもしれないんだよ」

「…羽炭には、関係ないだろ…それこそ俺がどうなろうなんて、お前には…」

「馬鹿言ってんじゃないよ!!」


ばちーん!!
あまりにも善逸が自分勝手な事ばかり言うから、ムカついて、腹立たしくて、思わず手が出てしまった。強く引っぱたき過ぎたのか尻もちをついて呆然と私を見上げる善逸に、炭治郎が慌てて駆け寄る。


「は、羽炭…!なんで善逸を叩くんだ!」

「炭治郎、あんたもわかってるのに庇うの?それは些か、虫がよすぎるよ」

「ッ…けど、善逸は…」

「散々世話になっておいて、なんで関係ないとか言うの」

「…」

「あれだけの時間を過ごして、同じ釜の飯食べて、関わって…!!関係ないとか言うなよ!!」


善逸と出会って、うちで暮らすようになってまだ二週間足らずだけど、それでも私はもう善逸の事を家族みたいに思ってた。家事も、炭売りも、弟妹たちの面倒も見てくれてすごく助かったし、善逸がいてくれたおかげで毎日の食事に一品おかずを増やす事ができた。弟妹たちもよく善逸に懐いてて、私や炭治郎も口には出さないけど、本当に善逸が大好きなんだ。
…だから、余計に関係ないって言われたのか腹立たしくて、それ以上に悲しかったんだ。家族だって思っていたのは、私たちだけなんだって。


「自分でも押し付けがましい事言ってるの、わかってる…けど!それでも私は善逸が大好きだから、家族だと思ってるから何か私にできる事なら力になりたいって思うし、関係ないだなんて言ってほしくないないの!!」


今の私の思いの丈をぶちまけるように叫んだ。何が言いたいのかわからなくなって支離滅裂だけど、ほんの少しでもいいから善逸に伝わっていればいい。
気付けば善逸はボロボロと泣いていた。大きな目玉からしとどに涙を流すのを目の当たりにして、私の目玉からも同じように涙が落ちた。


「…なぁ、善逸」


困ったように私と善逸を見つめていた炭治郎が、ふと口を開いた。


「俺たち、初めて会った時から善逸が何か隠し事をしてるのには気付いていたんだ」

「、…」

「それでも言わなかったのは、いつか善逸の口から言ってくれるまで待っていようって羽炭と約束したから。言いたくない事も誰しもある。だから、羽炭が怒っているのは善逸に隠し事をされたからじゃないんだ」

「…関係ないって、言ったから…?」

「そうだ。なんだ、わかってるじゃないか。善逸は、もう俺たちの家族なんだから、そんな寂しい事言うなよ」


炭治郎が私と善逸の手を取り、握る。いきなりの事で呆気にとられたけれど、じんわりと手のひらから広がる温もりに、さっきまで荒んでいた心が次第に落ち着いていくようだ。


「…なんで」


ぽつり、善逸がこぼした。


「なんで、そこまでしてくれるの…俺、よそ者なのに…」

「関係ないよ」

「ッ…!」

「誰かを助けてあげることに、理由なんていらない、そんなものは後から見付ければいいんだ」


善逸の手を取り、立たせる。俯いてるから前髪で表情がわからないけど、さっきからぽつぽつと足元の雪を溶かしているからまだ泣いているみたいだ。

だから、善逸の冷えた心もこの雪解け水みたいに溶けてくれればいいな、なんて、炭治郎共々思った。