に
「ただいま」
いよいよ降り始めた雪に足を取られつつも、どうにか帰って来れたのは日が完全に落ちきった頃であった。
「おかえり、遅かったわね…あら、その子はどうしたの?」
割烹着で手を拭いながら玄関に出てきた母さんは、炭治郎が背負う彼に気付いて首を傾げる。自分の体につく雪を手早く払い、そのままの手で炭治郎と男の子の雪を払ってやった。
「母さん、この人怪我してるの。手当てするから布団を引いてやってくれないかな。私は救急箱取ってくるから」
「まぁまぁ…わかったわ。ちょっと待っててね」
「ありがとう」
ぱたぱたと奥の部屋に消えていった母さんを見送り、私は居間の箪笥から救急箱を引っ張り出した。
「お姉ちゃん、お兄ちゃんおかえり」
「禰豆子、ただいま。竹雄たちは?」
「もう寝たよ。今日は随分遅かったのね。心配したじゃない」
「あはは、ちょっとね…。皆を寝かしつけてくれてありがとうね」
「羽炭、頼む!」
「はーい!」
「…どうかしたの?」
「ん、ちょっとね」
居間の片隅に布団を引いてくれた母さんにお礼を言って、救急箱を片手に布団に寝かされた男の子の傍らに膝をつく。
母さんが一緒に用意してくれたらしい水が張った桶に手拭いを浸して、男の子についた血を優しく落としていく。時折水が滲みるのか眉間に皺が寄るけど、そこは我慢してほしい。
「お兄ちゃん、この人は…」
「路地裏に倒れていたんだって。羽炭が見つけたんだけど、ちょっとわけありみたいで」
「わけあり…」
「怪我もしてるし、ついでに匿おうと思って連れて帰ってきたの。私たち今日はここで寝るから、あの子たちの事お願いしてもいい?」
「わかった」
「起こしてごめんな」
「気にしないで。お兄ちゃんとお姉ちゃんも、無理しないでね」
そう言って奥の部屋に引っ込んだ禰豆子を見送り、手当てを再開させる。…皆には、この男の子が追われている事を言わないでおこうと私と炭治郎で決めた。不安や心配をさせたくないからだ。
全身に残る紫に変色した痣がひどく痛々しい。どれほどの暴力を振るわれたらこんなに…
「…羽炭」
「…大丈夫。炭治郎、左腕に包帯巻いてくれる?」
「あぁ」
「母さんも、色々用意してくれてありがとう。私たちの事は気にしないで寝てていいよ」
「けど…」
「俺もついてるから大丈夫だよ、母さん」
「…わかったわ。お夕飯作ってあるから、後で食べなさいね」
「「うん」」
おやすみ。奥の部屋へと続く襖が閉められたのを確認して右腕の包帯を結ぶ。これでおしまい。
…だけど、着物が土でどろどろだ。着替えさせてあげたいところだけど…
「炭治郎、悪いんだけどこの人着替えさせてもらってもいい?さすがに私がやるわけにはいかないからさ」
「あぁ、わかった」
箪笥から浴衣を引っ張り出して炭治郎に手渡す。炭治郎が男の子を着替えさせてくれている間に私も自分の浴衣に着替えた。髪紐を解き、手櫛で整えていると着替えさせ終わったのか炭治郎が声をかけた。
「着物は明日皆のと一緒に洗うね」
「ありがとう。あ、お茶淹れるけど羽炭もいる?」
「うん、お願い」
受け取った男の子の着物を家族の洗濯籠に入れてから居間に戻る。炭治郎がお湯を沸かしてくれているのを横目に男の子の傍らに座り込み、額に手を当てるとほんのりと熱かった。顔も若干赤らんでいて、苦しそうだ。もしかしたら、これから熱が出るかもしれないなぁ。
「羽炭、お茶入ったぞ」
「ありがとう」
「…大丈夫そうか?」
「熱が出るかもね。私はこのまま看病するよ。炭治郎は疲れたでしょ?ご飯食べたらもう寝てもいいよ」
「そうはいかない。羽炭が起きてるなら俺も手伝うよ」
「けど、元はと言えば私が連れてきたんだから、無理しなくていいんだよ?」
「無理なんかしてないさ。俺がやりたいからそうするだけ。気にするな」
「…うん」
私の隣に腰掛けた炭治郎がぽんぽんと頭をなでてくれる。それを甘受しつつ男の子の頬をゆるり、となでると、眉間の皺が取れたような気がした。そのまま手を頭に移動させて、額にかかる髪を避けるように優しくなでた。
「早くよくなってね」