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if 本編62話 もし夢主が夢に囚われてしまったら(善逸side)


夢から覚めない羽炭に絶望する話
煉獄さん生存





無限列車での出来事から、随分時間が経った。

下弦の鬼を俺と伊之助でどうにか倒し、けれどその後に現れた上弦の鬼に成す術もなく震えながら地面に尻をつき、煉獄さんと上弦の鬼が戦う様を見ていた。致命傷を負い、けれど伊之助のおかげで一命を取り留めた煉獄さんは今までのように前線に立つ事はできなくなったけど、柱を引退して一隊士として復帰しているのだから恐ろしい話だ。あの人腹に穴あきかけだったのに、今ではピンシャンしてんの。どうなってんの柱って。


「おはよう羽炭。今日もいい天気だよ」


ことり、アオイちゃんから借りた花瓶を寝台横の机に置く。
…あれからずっと、羽炭は目を覚まさない。よほど深い眠りなのか、伊之助が騒いでも耳元で大声を出してもぴくりともしないから、初めはもしかして死んでしまったのではと慌てたけれど、規則正しく胸が上下しているからちゃんと生きている。
ずっとずっと、起きない。初めこそ伊之助は「いつまで寝てんだよ!!」なんて怒っていたが、いつまで経っても目覚める事のない羽炭を見てだんだん大人しくなっていき、今ではお見舞いに来る度に男のくせにでかい目玉からぼろぼろ涙をこぼしながら手を握っていたりする。
禰豆子ちゃんは片時も羽炭から離れようとしなかった。けれどこの部屋は、昼間にはたくさんの太陽の光が入ってくるから、アオイちゃんやしのぶさんが無理矢理引き剥がしているのを見た事がある。

眠り続ける羽炭にはたくさんの点滴が繋がれている。こうしないと命を維持できないからだ。
そっと羽炭の頬を撫でる。暖かい、命を宿している人間の熱。至って穏やかに、安らかに、静かに呼吸だけを繰り返す姿を見ていると、じわり、不意に視界が滲んだ。


「なんで、起きないんだよ…」


ぴんッ、頬を弾く。いつもなら「何するの」だなんて、少し眉を顰めて睨め付けるのに、なにもないんだ。


「我妻少年」


滲む視界のまま羽炭を見下ろしていたら、背後から誰かの声が聞こえた。俺の事を“我妻少年”だなんて言う人は一人しかいない。振り返ると、そこには予想通りの人がいて。けれどその拍子に目からぼろッと涙が落ちて、煉獄さんの眉がほんの少しだけぴくり、と動いた気がした。


「…竈門少女は、まだ目覚めないか」

「…はい。まるで、目覚める事を拒んでいるみたいで…」

「そうか…。あまり、思い詰めるんじゃない。竈門少女はきっと目を覚ます。それまで、俺たちは待っていよう」

「はい…」


そう言い残して、煉獄さんは去って行った。
悔しい。羽炭が起きてくれない。なぁ、お前が起きていないと、俺さぁ、誰に守ってもらったらいいかわかんないじゃん。俺弱いから、羽炭に手を繋いでもらわないと前に進めない。羽炭だって知ってるだろ?
こういう時くらいしゃきッとしろって?すみませんね、情けないものですから。


「ぅ…」

「!!羽炭…!?起きた?起きたの!?目が覚めッ…」

「じ、ろ…たん、じろ…」

「なんだ…寝言…」


てっきり目が覚めたかと思ったけれど、ただの寝言だったらしい。一気に足の力が抜けて床に座り込む。…時折羽炭は、こうして浮かされたようにうわ言を呟く。目尻から涙をこぼしながら、悲しみと、懺悔と、後悔と、喜びの音をさせながら、俺の知らない誰かの名前を呟いている。
つか、誰だよ炭治郎って…。そんな夢にまで見るほど大切な奴なの、そいつ。寝言で名前を呼ぶ程、大好きな奴なの。

悔しかった。悔しくて悔しくて、大好きな羽炭の夢にまで現れて彼女を捉えて離さない炭治郎が憎たらしくて羨ましかった。


「ぐずッ…」


ぼたぼたと床に水玉が降り注ぐ。今にも崩れ落ちそうな膝を叱咤して、眠る羽炭に覆いかぶさった。顔の横に手をつき、顔を近付けて、こつり、彼女の額に俺の額を当てる。

なぁ、頼むよ。頼むから、俺から羽炭をとらないで。羽炭をそっちに留めようとしないで。一緒に未来を夢見てみたいと思った子なんだ。だからどうか、頼むよ、炭治郎…


「羽炭を返してくれ…」


絞り出すようにそう呟くと、からん、とどこかで涼し気な音が聞こえた気がした。