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if 本編62話 もし夢主が夢に囚われてしまったら

※本編62話の「もしも」のお話。
バッドエンドルート。



寒い、寒い、凍てつくような寒空の下にいた。吐き出す息はただひたすらに白く、肺を凍らせるようだ。
見慣れた山の景色。住み慣れた私の家。
その前に佇む…


「あ、姉ちゃんおかえり!」

「炭売れた?」


茂と花子が、満面の笑みで大きく手を振っていた。無我夢中に駆ける。足を動かす。今にも震えて崩れ落ちそうな膝を叱咤して、踏み出す。そうして私は、きょとん、とした二人を掻き抱いた。



「うッ…うぅ…うあああああ…!!ごめん、ごめん、ごめんなぁ…!」

「お、お姉ちゃん…?突然どうしたの?」

「どこか痛むの?ねぇ、姉ちゃん、泣かないで」


戸惑う匂いが二人からする。けれど私はただひたすらに、声を上げて泣き叫んだ。どうして悲しいのかも、赦しを乞うように謝り続けているのかもわからない。

そうしているうちに、山に山菜を採りに行ってたらしい禰豆子がやって来て、陽の光の下を歩いている彼女の姿にまた泣いてしまった私であった。


「ほんと、びっくりしたんだから!」

「姉ちゃん、急に泣きだすんだもんなぁ」

「あらあら…羽炭、少し疲れてるんじゃない?大丈夫?」

「平気だよ母さん。ほら、このとおり!」


ぐ、と胸の前で握り拳を作って見せれば、まだ不安そうな顔をしているけど納得したらしい母さんは「今日は早めに休むのよ?」と言った。


「そう言えば、兄ちゃんは?」

「え?」


唐突な竹雄の言葉に思わず声が出た。
そんな私に気付かず、母さんは「あの子なら木を切りに山に行ったわよ」と続ける。


「もうすぐ帰ってくると思うけど…」

「ただいま」

「あ、兄ちゃん帰ってきた!!」


だッ、と茂が手に持っていた洗濯物をほっぽり出して、玄関へ駆けていく。それに花子が怒りながらも、禰豆子と共に茂の後を追う。

どくん。どくん。心臓が早駆ける。花子と、茂と、禰豆子に紛れて聞こえてくる声が徐々に近付いてくるにつれ、私の心臓は今にも破裂するか、口から飛び出すかしそうなほど大きくなる。

どうしてこんなにも緊張しているのかわからない。けど、これは紛れもなく…


「羽炭、どうしたんだ?どこか痛いところとか、辛いことがあったのか?」


襟巻きを解きながら居間に上がってきたあの子…炭治郎が、心配そうに眉を垂らしながら私を見つめていた。
あぁ、炭治郎だ。炭治郎がいる。私の目の前に、炭治郎が…


「わぁ!」


気付けば体が動いていた。両手をいっぱいに広げ、炭治郎の胸に飛び込む。そのまま胸に耳をくっつければ、とくん、とくん、と命が息吹く音。暖かい。生きている証拠だ。「は、羽炭?」頭上から炭治郎の戸惑う声が落ちてくる。が、私もわからない。わからないの。どうして泣きたくなるのか、胸が締め付けられるのか、わからなくて…
胸に顔を埋めたまま、こっそりとぼろぼろ泣いていると、炭治郎の腕がそっと私の背中に回った。


「大丈夫。大丈夫だ、羽炭。何も怖い事も、辛い事もない」

「わた、私ね…なんでかわからないけど、ずっと…」

「うん」

「ずっと、炭治郎に謝りたくて、でも、どうしてそう思うのかがわからなくて…!」

「うん」

「ごめんなさい、炭治郎…!ごめんね、ごめんね…!」


ぎゅ、と私を抱きしめる炭治郎の腕が強まった。そのままあやすように、落ち着かせるように私の背をゆっくりと叩く炭治郎に、少しずつ呼吸が落ち着いてくる。「姉ちゃん…」心配そうに茂が私を覗き込んだ。


「謝らなくていい。羽炭は何もしてないし、俺も羽炭から何も謝られるような事はされていない」


少し体を離した炭治郎が、こつり、私の額に自分のそれをあてた。私と同じ赫灼の瞳が優しく細まる。お互いの瞳にお互いが写っていて、不思議な感覚だ。


「だから、羽炭は不安になる事も、怖がる事も何もないんだ」


ひどい夢を、見ていた気がする。
家族が冷たくなって、物言わぬ骸となって、ただ一人生き残った妹でさえ陽の光を浴びれぬ鬼になって、大切な誰かの魂を消してしまってまで生にしがみついた夢。
だけど、所詮夢だったのだ。家族が死ぬなんて、不謹慎すぎる。だってほら、皆生きてるし、呼吸して、笑って、禰豆子も太陽の下を歩いて、炭治郎だって優しく私を包み込んでくれている。


『ーー、ーーーッ!!』


ほら、なんだ、全部夢だったんじゃない。ここが私の居場所で、私の帰る所なんだ。


『ッー!』


「……」

「…羽炭?」

「お姉ちゃん、どうかした?」


ふと虚空を見つめる私を、炭治郎と禰豆子が心配そうに覗き込む。炭治郎に至っては、また私が泣きだすんじゃないかと気が気でないらしく、しきりに私を抱きしめて背中を撫でては「大丈夫だからな。兄ちゃんが羽炭の事を守ってやるからな」って言う。

だから私は、精一杯に笑って…


「ううん、なんでもない。気のせいだったみたい」


私を呼ぶ“誰か”の声に聞こえないふりをした。