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「うっわ…顔よ…」


説明会にて、結局睡魔に負けてしまったらしい立香は案の定所長の怒りを買い、追い出されてしまったのだった。
…まぁ、かく言う俺も体調不良と言う名の仮病を使って抜け出した一人ではあるのだけど。


「いっでで…あの人容赦ないな…」


腫れぼった頬を擦りながらぼやいた立香に苦笑いを返した。
オルガマリー・アニムスフィア。所長としてこのカルデアを取りまとめている人物で、めちゃくちゃ美人なのに性格がすっごいキツい。…というか、怖い。
立香のこの腫れあがった頬はまさしくその所長による制裁のものであった。…まぁ、居眠りしていたこいつもこいつなんだけどな。


「とりあえずは、ひとまず部屋で休まれてはいかがでしょう?」


ここが先輩の部屋です。
そう彼女に案内され、立ち止まったのは見るからにハイテクであろうと思われるドア。これきっとカードとか翳したら“しゅんッ”て開くやつだぜ。


「我妻さんの部屋は先輩の隣になります。…その、できれば状況説明をしたい所なのですが…」

「気にしないで。誰か捕まえて聞くから」

「そうそう。君もさっきの管制室?に戻らないといけないんだろ?俺たちの事は気にしないで」

「ここまでありがとう」

「!…なんの。先輩方の頼み事なら、昼食を奢る程度までなら承りますとも」


そう言ってふわり、と笑って去っていく彼女の背中を見えなくなるまで見つめる。…ほんと、かわいいなぁ…俺もあんな彼女がほしいよ…


「…にしても、とんでもない所に来ちゃったよな…」


不意に立香がボヤいた。俺としては初めこそ遺憾の意だったけど、あんなかわいい子がいるのならここがどこだろうとなんだっていいや。そう言うと立香はなんとも言えない顔で俺を見てきたから、ばしんッ!と背中をどついてやった。
全く、失敬な奴め。


「それはそうと、善逸はどうするんだ?」

「一応体調不良の体で抜け出してきてるからなぁ。けど、部屋にいたってどうしていいかわからんし…」

「なら、俺の部屋来いよ。せっかくの同郷だし、俺、もうちょっと善逸と話してみたいしさ」

「なッ、おま、そ、そんなこと言ってもなんも出ねぇぞー!」


うふふふふ。笑いを漏らしながら立香の(顔が凡そ人間を見るような目じゃなかった)部屋に足を踏み込めば、見知らぬ男が我が物顔でベッドに腰掛けてケーキを食べているのが視界に入り、俺たちはもれなく硬直を余儀なくされたのだった。

沈黙。数秒。


「誰だ君たちは!?ここは僕のサボり場だぞ
!?」

「あんたこそ何者だよ!!」





とりあえず、すったもんだあったけれど立香の部屋に不法侵入していたこの男はロマニ・アーキマンと言って、このカルデアの医療部門のトップなんだそう。
…医療部門のトップってさ、めちゃくちゃ偉くね?え?この人そうなの?全然見えねぇわ。「我妻くん、今すっごく失礼な事考えただろ!?」読心術でも心得てんのかこの人。


「…とまぁ、カルデアは国連承認の組織なわけで」


ロマニさん…もとい、ドクターロマンからこのカルデアについて改めて説明を受けているところである。まさかここが標高6000mの雪山にあるだなんて誰が想像しようか。少なくとも俺は思わなかった。
予想もしない事実に白目を剥きかけた俺をよそに、立香は呑気にどこから出したのか、煎餅を貪っている。ほんと、お前…よくそんな寛げるよな。引くわ。


「…不安じゃないのかい?こんな、わけのわからない所に連れてこられて…」


不意にドクターがそんな事を言った。俺と立香はお互いに顔を見合わせ、苦笑い。


「まぁ…そりゃあ初めはびっくりしたけど…」

「さっき会った人たちもそうだけど、皆いい人そうだったし」

「そうそう」


けど、所長はとんでもなく怖かったけどな!!
これは俺の胸だけに留めておこう。


「それで、カルデアの事はわかったけど、どうして俺たちが…」


そこまで立香が言った時、唐突にドクターから“ププー”と機械音が響く。どうやら通信端末に届いた音だったらしく、そこからさっき別れたレフ教授の声が聞こえてきた。

どうやらもうすぐレイシフトやらが始まるらしい。その際にドクターに、万が一不調があった人がいた時のために立ち会いをしてほしいとの事だった。

…だがしかし、思い出してほしい。このゆるふわ系、隠れてサボってるんだぜ…?


「お喋りに付き合ってくれてありがとう、藤丸立香くん、我妻善逸くん!落ち着いたら医務室に来てくれ!今度は美味しいケーキをご馳走するよ!」

「「(めっちゃ慌ててる…)」」


バタバタ、ガチャガチャ。なんとも慌ただしく片付け始めるドクターを苦笑いで見ていると、突然部屋の電気が消えた。


「わッ!!な、何!?停電!?どういう事!?」

「お、落ち着くけ善逸!」

「変だな、明かりが消えるなんて…」


ドクターが言い終わらないうちに、突如“どんッ!!”と言う爆音と共にこの施設全体を揺るがしているんじゃないかと言うほどの揺れに襲われる。
どうにか転倒は免れたものの、凡そ普通とは言い難いその揺れに俺たちは慌てた。


「ドクター!今のは…」

「わ、わからない…モニター!管制室を映してくれ!」


部屋に備え付けられているモニターに向かってドクターが言うと、一瞬の砂嵐ののち、すぐに瓦礫にまみれた管制室が映された。
あまりの酷い有様に絶句する。

これは、さっきまで俺たちがいた場所、だよな…?なのになんでこんな…


『緊急事態発生。緊急事態発生。中央発電所及び中央管制室で火災が発生しました』

「か、火災…!?」

『中央区画の隔壁は90秒後に閉鎖されます。職員は速やかに第二ゲートに退避してください。繰り返します…ー』

「なんだよ、これ…ど、ドクター、これ、結構ヤバいんじゃ…」


振り返ると、ドクターはモニターに映る管制室を見つめたまま、口元を手で押えて絶句していた。ただならぬ様子に、俺たちは口を噤む。いや、噤むしかなかった。


「…藤丸くん、我妻くん、君たちはすぐに避難してくれ。僕は管制室に行く…」

「!で、でも…!」

「もうじき隔壁が閉鎖される。その前に君たちだけでも外に出るんだ!」

「ドクター!!」


そう言い残して、ドクターは部屋から飛び出して行った。立ち尽くす俺たち。

…モニターに目を向ける。本当に酷い有様だ。これじゃあ怪我人だってたくさん…

そこまで考えて、ふと脳裏にあの子が過ぎった。そう言えば、あの子も管制室に行くとか言って…

さッ、と血の気が引いた。


「立香!あの子がまだ管制室だ!」

「そ、そうだ…助けないと…!」


だッ!と同時に地面を蹴る。ここから管制室までの道のりは覚えているから、存外早くに着いた。
管制室の入口を潜ると、ドクターを見つけた。「ドクター!」呼べば、驚いたように俺たちに目を向けた。


「君たち、どうして…!!」

「御託はあと!それより、ここにいた人たちは!?」

「…わからない」

「え?」

「無事だとわかるのは、そこに浮かぶカルデアスぐらいだ…。今の所、誰かの無事を確認できていない」

「そんな…」

「…それと、恐らくこれはただの事故じゃない。人為的な破壊工作だ」


ドクターの言葉に耳を疑った。
そんな事を本当にする人がいるのかとか、これは人の手でできる規模なのかとか、色々考えたけど、まず俺たちができるのはここに誰か残っていないかの確認だけ。


「君たちは急いで来た道を戻るんだ、いいね!」


そう言ってドクターは去って行った。…ドクターはそう言うけれど、まだあの子を見つけれていない。どうにか探し出して、ここから逃げないと。

そう思い当たりを見回していると、ふと耳に呼吸音が飛び込んできたのに気付く。
まるで空気が抜けるような不安定な呼吸。その音を辿ると、大きな瓦礫の向こうから人の腕が覗いていた。


「立香!あの子がいた!」

「本当か!?大丈夫か!!今助け…」


ようやく見つけた彼女は、下半身を大きな瓦礫に挟まれていた。その隙間からどんどんと赤い血が流れ出てきている。多分、足が潰されている。それに、助けようにもこの傷じゃ…


「…はい、ご理解が早くて助かります…だから、藤丸さんも我妻さんも、早く逃げないと…」


息も絶え絶えに彼女が言う。逃げろったって、こんな所に女の子を置いていけるわけないだろうが…!
たとえ足が潰れていようが、生きてたらどうとでもなる!とにかくまずはここを離れないと…

そんな事を泣きそうになりながら言うと、不意にアナウンスが鳴り響く。カルデアのスタッフに宛てた、警告だった。


『近未来ら百年までの地球において、人類学の痕跡は発見できません』


は?


『人類の生存は確認できません。人類の未来は保証されません』


あまりにも規模の大きい話に頭がついて行かない。生存とか、未来とか、どういう意味だ?あのカルデアスがいきなり真っ赤になった事になにか関係があるのだろうか。


「…すみません、私のせいで、お二人が外に出られなくなってしまい…」


弾かれるように出入口に目を向ける。隙間なく閉まったドアは、ネズミすら通れないだろう。そもそもここにネズミがいるのかも謎だが。

…なんて、ふざけてみるけど、ここからもう逃げられないとわかると馬鹿みたいに腕は震えるし、情けないくらい涙が出てくる。今にも発狂しそうだ。…怖い。俺、ここで死ぬの?瓦礫に囲まれて、意識があるまま火に焼かれて死ぬの?何それ嘘すぎじゃない?

……ほんと、ついてないし、最悪。だけど…


「…そんな事ないさ」


す、と立香が彼女の傍らに座り込んだ。


「そう言えば、まだ名前を聞いていなかったよね」


こんな状況にも関わらず、女の子に名前聞くなんてどうかしてる。本当、お前って奴はお気楽だ。


「…わ、たし…印象的な自己紹介が思いつかなくて、それで…」

『レイシフト、定員に達していません。適応番号48、49。藤丸立香並びに我妻善逸をマスターとして再設定します』


けど、このくらいお気楽がいた方が、幾分か気が紛れるのもまた事実。俺も立香の隣に腰を下ろした。
死ぬのは怖い。普通に、めちゃくちゃ、怖い。だけど、ここにいるのは俺一人じゃないから。なんて。


『該当マスターを検索中……発見しました』

「あの、せん…ぱい…が、た…」

「うん」

『アンサモンプログラム、スタート。霊子変換を開始します』





「手を…握ってもらっていいですか…?」





かわいい女の子の頼み事だ。俺が断るはずないだろうに。
立香が彼女の右手を、俺が左手を握る。びっくりするほど冷えきったこの子の手に、今にも消えそうな命の音にまた涙が出てきて、それで…





『全工程完了。ファースト・オーダー、実証を開始します』





ふと瞬けば、俺は全然知らない場所にいた。