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じゅうはち




「マムの具合はどう…?」

「…少し安静にする必要があるわ。疲労に加えて、病状も進行しているみたい」


淡々と喋るマリアが少し怖い。一切の優しさを削り落とし、ただ非情さだけを纏ったみたいなマリア。


「つまり、のんびり構えている暇はないという事ですよ」


横槍を入れるドクター。彼は壁に背中を預けて、悠々と佇んでいた。


「月が落下する前に、人類は新天地にて一つに結集しなければならない。その旗振りこそが、僕たちに課せられた使命なのですから!」


本当に、そうなのだろうか。
自分が何をしたいのか、どうしたいのかがわからない。ただわかる事と言えば、私の中にフィーネの魂があるという事。そう時間が経たないうちに、私の魂はフィーネに塗り潰されてしまう…
そうなれば、“私”と言う存在がこの世界から消えてなくなる。善逸にも、炭治郎にも忘れられてしまうかもしれない。

それが、怖くて怖くて仕方がない…


唐突に警報が鳴り響いた。モニターを確認すれば、海に浮かぶ何隻もの艦隊に私たちは目を見開いた。


「米国の哨戒艦艇…!?どうして…!」

「こうなるのも予想の範疇…。精々連中を派手に葬って、世間の目をこちらに向けさせるのはどうでしょう?」

「そんなのは弱者を生み出す強者のやり方…、」

「世界に私たちの主張を届けるには、恰好のデモンストレーションかもしれないわね」

「マリアさんッ…」

「私は…」

「、」

「私たちは“フィーネ”。弱者を支配する強者の世界構造を終わらせる者。…この道を行く事を恐れはしない」


マリアはただ、前だけを見つめていた。
ドクターが部屋から出ていくのが見えた。そして間もなく、艦隊に降り注ぐノイズの群れ。きっと、ドクターがソロモンの杖を使って召喚させたんだ。

ノイズに応戦する米軍たち。だけど、ノイズに通常の銃火器は意味を成さない。次々とノイズに触れられて、炭素分解していく人々。


「こんなことが、マリアさんの望んでいる事なの…。弱い人たちを守るために、本当に必要な事なの…!?」


善逸がマリアに言うも、マリアはただ唇を食いしばって何も言わなかった。くしゃり、善逸が顔をしかめる。そして踵を返し、部屋を出て行った。


「善乃!?」


善逸を追いかければ、彼女はヘリのハッチを開けて身を乗り出していた。


「何やってるの!?危ないから早くこっちに…!」

「マリアさんが苦しんでる…」

「え…」

「マリアさんが言った事は本心だよ…。全部、嘘偽りのない音がした。…だけど、それを塗り潰すように苦しんでる音がする…!俺はマリアさんを助けたいんだ!ずっと俺たちを守ってくれて、優しくしてくれたあの人を、今度は俺が助けるんだ!!」

「善逸ッ!!」


そう言って善逸はヘリから飛び降りた。伸ばした手は善逸に届くことなく所在なさげに宙を舞う。追いかけられなかった。私は、善逸を追いかけることができなかった。

…また、歌わせてしまった。

ぼんやりと、遠くの方で善逸の聖詠が聞こえてきた。

どんどん遠のく…。善逸が、遠くに行ってしまう。私の手が届かない、はるかずっと遠くの方に…


…私を、忘れちゃうの?


どきり、心臓が変な風に脈打った。
善逸に忘れられてほしくない、離れて行ってほしくない…!

私を、一人にしないで…!

ぽん、と肩に置かれた手を振り払うように振り返ると、薄気味悪く不気味に笑うドクターがいた。


「ドクター…」

「連れ戻したいのなら、いい方法がありますよ」


そう言って渡されたのは、いつも私たちが使うリンカーだった。


「これは、リンカー…?」


それにしては色が違う。
手元のそれを眺めていると、ドクターが訂正した。


「いいえ、これはアンチリンカー。適合係数を引き下げるために用います。その効果は折り紙付きですよ」


これを…これを使えば、善逸はもう歌わなくてよくなる…?戦わないで済む…?


「ええ、もちろん」


ぎゅ、とアンチリンカーの投与器を握りしめ、私はヘリから飛び降りた。


ーVersatile reavatein tron…ー


聖詠を紡ぎ、エネルギー変換された聖遺物がギアへと再構築され、体を覆う。
アームドギアを巨大な大鎌へと展開させ、善逸の死角にいたノイズに向かって投げる。

簡単に真っ二つに裂け、炭素分解するノイズを横目に善逸に駆け寄る。


「羽炭…!来てくれたのか?ありが、」


そこから先は、善逸が言葉にする事はなかった。
彼女の首に打ち込んだアンチリンカー。ふらつく体をどうにか持ちこたえさせている善逸は、戸惑う表情で私を見た。


「は、羽炭…?一体、何を…ッ!」


ミョルニルが善逸から引き剥がされ、光の粒子となる。


「私ッ…私じゃなくなってしまうかもしれない…!そうなる前に、なにか残さなきゃ、善逸に忘れられちゃう…!ううん、善逸だけじゃない、炭治郎にも、誰からも忘れられちゃう…」

「何を言って…どういう事なんだよ…!」

「たとえ私が消えたとしても、世界が残れば、私と善逸の思い出は残るの…。だから私は、ドクターのやり方で世界を守る…!だって、そうするしか…」


そうするしか、もうやり方がわからないのだから…

善逸に戻ってきてほしい気持ちもある。けれど、もう戦ってほしくないって思いの方が大きい。

刹那、海から何かが飛び出した。ロケットに似た何か。そこから飛び出してきたのは、イチイバルと天羽々斬の装者二人であった。

…忘れてほしくないと、離れてほしくないと、遠くに行かないでほしいと願いながらも、炭治郎がいるSONGのところへ善逸を行かせばもうあの子は戦わなくてもよくなるのではと、一瞬でも思ってしまった。

その一瞬の逡巡が、私の体を動かした。


ーどんッ!


「え…?」

「んなッ…!?」


私の近くに降り立ったイチイバルの装者…雪音クリスさんに向かって善逸の背中を追いやるように押した。
ギアを纏っていない善逸を雪音クリスさんが受け止めてくれたのを確認した瞬間、振り下ろされる刃を瞬時に展開し直した大太刀で受ける。

数回の打ち合いの末、先に喉元に刃を突きつけたのは風鳴翼さんだった。


「貴様は何が目的だ」

「目的なんてない。…ただ、私は…」


唐突に空から聖詠が聞こえた。艦隊に降ってきたそれは土埃を上げ、晴れた時に姿を見せたのは、先日マリアが助けたと言う女の子だった。

神獣鏡のシンフォギアを纏い、どことなく禍々しい光を帯びた彼女の瞳は虚ろでぼんやりとしている。
神獣鏡を人の身に纏わせるなんて、ドクターは何を考えているんだ…!

…神獣鏡とは、光の反射に伴い物質を不可視にするステルス特性のほか、古来より鏡には“魔を封じる”凶祓いの力が備わっている。
そのほかに、ダイレクトフィードバックと言う“鏡”である神獣鏡のシンフォギアの特徴がある。予め用意されたプログラムを脳に直接インストールする事で、戦闘経験のない一般人でも機械的にだが、戦闘練度を上げることができる。
…だけど、脳に情報を映写させるという事は、第三者から都合のいい情報を書き込めるという事。

もしあの子がドクターに何かしらを吹き込まれているのなら…

そこまで考えた時、神獣鏡が動いた。それに即座に反応したのが雪音クリスさんだった。


「こういうのはあたしの役目だ!!」


初めこそは雪音クリスさんが優位にたっていた。だけど、彼女が歌をやめ、逆に神獣鏡の子が歌い始めると途端に形勢が逆転した。
背後に大きく展開された鏡のようなパーツ。それが煌々と明滅し、放たれる眩い閃光が善逸を庇う雪音クリスさんに向かう。


「ッ、だったらリフレクターでぇえええ!!!」


雪音クリスさんの腰のギアから噴出された黄色い無数の欠片たち。


「善乃!早くそこから逃げて、巻き込まれる!!」


そう叫ぶも、善逸は雪音クリスさんの後ろから動こうとしなかった。なんで、どうして逃げてくれないの。今の善逸はアンチリンカーを打ち込んで適合係数が著しく落ちているから、シンフォギアは纏えない。だからあぁやって庇ってくれているうちに逃げないといけないのに…!


「消しさられる前に…!早く!!」

「!?どういう事だ…!」

「言葉の通り…!無垢にして苛烈…魔を退ける輝く力の本流!それが神獣鏡のシンフォギアだ!」


雪音クリスさんのリフレクターが神獣鏡の輝きによって分解されていく。すると、さっきまで私の喉元に刃の切っ先を突きつけていた風鳴翼さんが踵を返した。

雪音クリスさんと神獣鏡の閃光を分断するように巨大な太刀が遮る。雪音クリスさんの首根っこと善逸を小脇に抱えた風鳴翼さんは、足のブースターをフル稼働させて艦船の上を駆けた。

その後ろ姿にほっと胸を撫で下ろす。…だけど、そうじゃない。無事に神獣鏡の光から逃れられたらしい三人を横目に、神獣鏡越しに聞いているであろうドクターに詰め寄った。


「やめろドクター!!善乃は仲間だろ!?私の大切なッ…」

『仲間と言いきれますか?』

「、」

『僕たちを裏切り、敵に利する彼女を…我妻善乃を、仲間だと言いきれるのですか?』

「違う…違う…!!私がちゃんと言い出せなかったから、私があの子を追いやったから…!あの子を裏切ったのは私の方だッ!!」

「羽炭…!!」

「!」


善逸が私を呼んだ。弾けるように顔を上げると、ふらつく体を風鳴翼さんに支えられながら、真っ直ぐ稲穂色の目で私を見つめた。


「ドクターのやり方じゃ弱い人たちを救えない…!羽炭だってわかってるはずだろ!?」


わかってる…わかってるんだそんな事!あの奇天烈の無茶苦茶な計画が誰もを救えるだなんて思っていない。だけど…!


『そうかもしれません…。何せ我々は、かかる災厄に対してあまりにも無力ですからね。シンフォギアと聖遺物に関する研究データは、こちらだけの占有物ではありませんから。アドバンテージがあるとすれば…このソロモンの杖ぐらいですかねぇ』


ヘリから緑の閃光が放たれる。艦船の上にたくさんのノイズが湧き出て、人々を炭素に変えていく。

あれが、ドクターのやり方なのだ。けど、けど私は…


「こうするしか、何も残せないんだ…!!!」





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☆こそこそ話

☆聖詠
適合性のある人間が波動と放つ強い想いに聖遺物は共振、共鳴し、想いの送り主の胸にコマンドワードを反響させる。
このコマンドこそが政府で、適合者を装者たらしめるもの。