じゅうご
羽炭はあぁ見えて結構頑固だ。
炭治郎もそうだったから、兄貴に似たのか、そもそも前世からそうだったのか今ではもうわからない。
だから、一度言い出したら聞かない事の方が多い。
「…それでも、善乃にリンカーは打たせない」
ドクターを探しに外へ出た時、運悪くSONGのガングニール装者の子と鉢合わせした。おまけにドクターはその子にぶん殴られる寸前。マムのため、仕方なしに助けてやれば効果時間にはまだ余裕があるのにリンカーをぶっ込んできやがった。
ドクターにリンカーを打ち込まれた羽炭は、ドクターの腕が俺に届くよりも早くに俺を突き飛ばし、リンカーから遠ざけた。
けれど、それをあろう事か、羽炭自身が自分に投与したのだった。
大量に摂取しすぎると、ギアの適合係数上昇の代わりに激しいオーバードーズが体を襲う。下手をすれば薬害に苦しめられるかもしれないのに、羽炭は迷う事なく打ち込んだのだった。
おまけに絶唱歌うとか。ほんと、どっちが死に急いでるんだか。俺たちみたいな時限式が不可避のバックファイヤーを受ける絶唱なんて歌おうものなら、死ぬか意識不明の重体になるかのどっちかなのに。
案の定血反吐吐くし…。俺の気も知らないで守るだの戦わせないだの。俺だって羽炭を守りたいし、戦わせたくなんてない。
でもまぁ、メディカルチェックしたら思ったより何ともなかったのが本当に救いだったけど。
多分、あの子のおかげだ。
羽炭は大好きだ。誰よりも、何よりも大切で愛おしいたった一人の愛する女の子。けれど、何もかもを、俺の宿命までもを一人で背負おうとする羽炭が嫌いだった。
正直羽炭からなんの期待もされていないのだと、俺が弱いから戦うまでもないと見切りを付けられたのかと不安で悲しくて恐ろしくて怖かったし、それ以上に自分を大事にしない羽炭に怒りが湧いた。
けれど、羽炭はそんな誰かを切り捨てたりしない子だって言うのは俺が一番よくわかってたはずだ。
あの時は怒りで何も聞こえなかったけれど、今よくよく思い返してみれば、羽炭からは呆れとかそんな負の感情じゃなくて、ただ純粋に俺の事を心配している音がしていた。
心配だから、俺に傷付いてほしくないから、自分が全部を背負えばいいと思っている。
いつもだ。いつもいつもいつもいつも。施設にいた時も俺が何かされようとしたら、どこからともなく現れて俺の代わりに実験を受けたり、適合係数が一番低い俺に戦わせないように俺の分のリンカーまで体内に入れたりしてさ。馬鹿なの。そんな事ずっとやってたら俺みたいになるよ。髪の色変わるし、成長止まるし、いい事なんもないじゃん。
本当は羽炭と仲直りしたい。って言っても俺が一方的に羽炭を避けちゃってるだけだけど。意固地になって口利かなかったら、だんだんと話しかけるタイミングがわからなくなって、そうこうしているうちに羽炭も気まずくて俺に話しかけてこなくなった。寂しい。
「(寂しい)」
いつものように手を繋いでほしい。抱きしめてほしい。けど、躊躇。
頭からすっぽり布団をかぶり、蹲る。
自室の二段ベッドの下の段が俺の寝床だ。けれど、羽炭と離れたくないがためにいつも上の段の羽炭の布団に一緒に潜り込んでいる。
だから、この布団を使うのはとても久しぶりだ。
羽炭に謝りたい、ムキになってごめんって、無視してごめんって言いたい。けど、長らく人との接触がなかった俺は、どうすればいいのかわからないでいる。どういう気持ちで、どういう顔をして羽炭と会えばいいのかわからない。
ふとドアの前に、緊張しているような音がした。羽炭だ。
「……善逸」
彼女にしては珍しい、緊張とほんの少しの恐怖の音。俺が羽炭にこんな音をさせているのかと思うと、罪悪感でいっぱいだった。
なのに、思考と違って体は正反対の動きをとる。今すぐにでも飛び出したいのに、体は凍ったように動かない。
布団越しに羽炭の手が背中に触れたのがわかった。
「マリアに買い出しをお願いされたの。荷物が多くなりそうだから、善逸がいいのなら手伝ってくれないかな…?」
行きたい。
たったこの四文字が言葉にできない。早く言わないといけないのに、羽炭だって緊張しながらも話しかけてきてくれたのに、俺の口は貝にでもなったかのようにぴったりと張り付いて動かなかった。
「…そっか、なら私が行ってくるから、善逸はゆっくり休んでて」
布団から羽炭の温もりが消え、気配が遠のいていく。あぁ、だめだ。このまま羽炭を行かしちゃだめなんだ。だって、このままだとこの先ずっと羽炭と一緒にいられなくなる気がする。
そんなの…
「(嫌だ…!)」
がしッ!
布団を跳ね退け、羽炭の腕を掴んだ。驚いたように赫灼が瞬くのを見て、あぁ、やっぱり俺は羽炭が好きだ、と再確認した。
「ぜ、善逸…?どうしたの?別に無理しなくてもいいんだよ?」
「…い、く」
「え?」
「おれもッ…一緒に行く…!」
羽炭の腕を掴む俺の手はみっともなく震えている。けど、一生分の緊張と勇気を握りしめたその拳は、そっと柔らかい手に包まれた。
「うん、一緒に行こう」
その笑顔に、優しさに、俺がどれほど救われているか。きっと君は知らないんだろうなぁ。