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さん




赫灼色の髪を揺らし、穏やかに笑う炭治郎は私の記憶のそれと寸分違わない。朧気だったあの子の顔が、今では鮮明に思い出せる。どうしてこんな大切な事を忘れてしまっていたんだろう。
恐る恐る、彼の顔に触れる。姿が変わったのと同時に面もどこかへと消えたから、表情がすごくわかる。もう怖いだなんて思わないし、多分それは、目の前の彼が炭治郎だとわかったから。「くすぐったいぞ、羽炭」感動のあまり無心で顔を触っていたからか、炭治郎がくすくすと笑う。


「どうして…」

「ん?」

「どうして、私は忘れていたの…?それに、炭治郎は神様だったの…?あの時一緒に遊んだ君は一体…」

「羽炭」

「、」


とん、と矢継ぎ早に問いかける私の唇に炭治郎の指先が触れた。


「君が混乱するのも無理もない。確かに俺は君が言うところの神様で、だけど、小さい君と一緒に遊んだ俺も、今こうして君の目の前にいる俺も、間違いなく君が知る炭治郎だ」

「でも、私は炭治郎を忘れてしまっていた…」

「それは仕方のない事なんだ」

「仕方がない…?」

「そうだ。本来、俺のような人ならざるものは人間の目には見えない。…だけど、子供には稀に見える子がいる。君がそうだった」


炭治郎曰く、小さい頃に見えていたものが年齢を重ねるごとに見えなくなるのはよくある事なのだそう。たまに成長しても見え続ける人がいるみたいだけど、どうやら私は前者のようで、それと同時に朧気な記憶は残るものの、顔や容姿なんかは忘れてしまうのだそう。


「羽炭の事は、名前を聞いてすぐにわかったよ。あの時の子だって。…また会えて嬉しい」

「うん…私も嬉しいよ、炭治郎」

「だけど、どうして君がここで働いているんだ?ここは人間が来れるようなところじゃないだろう?」

「いや、それがね…」


私は炭治郎にここに来てしまったあらましを説明した。ほんの好奇心で赤い建物をくぐってしまった事。それと、誰かに手招きされているような感覚になり、吸い寄せられるようにこの湯屋に入り込んでしまった事。
そうしたら、炭治郎は呆れたような、困ったような顔をして息を吐き出した。


「全く…羽炭のその好奇心も考えものだな」

「う…ごめん…」

「謝らなくていいよ。…なぁ、羽炭は元の世界に帰りたい?」

「…どう、だろう…」

「どうだろうって…」

「すごく正直な事を言うとね、案外ここでの生活が楽しいんだよ。そりゃあ向こうにいる家族の事は気がかりだけど、帰りたいかって聞かれたら…わからない」


まぁ、それもあるけど、どのみちここから出るには産屋敷様からの許しをもらえないと出られないのだ。
ふむ、と考え込む炭治郎を眺める。なんだか、余計な事を考えさせてしまっているかもしれない、なんて思った。


「…炭治郎、いいよ、私の事は。確かにこの世界では私は一人だけど、独りじゃないから。ここの人たちも今ではよくしてくれるし、本当に楽しいんだ。だから、気にしないで」

「羽炭…。ごめんな、本当はここから出してあげられたらって思ったんだけど、君が産屋敷と契約している限り、いくら俺が神であったとしてもそれに手出しはできないんだ」

「いいよいいよ。私、また炭治郎と会えただけで嬉しいから」


そうなのだ。思い出しただけでなく、また炭治郎と再会できた。実は神様だったって言うのが一番の衝撃だけど、


「羽炭、あの時俺があげた耳飾り、まだ持ってる?」

「うん、肌身離さず持ってるよ」

「貸して」


炭治郎に言われた通り、ペンダントにしている花札みたいな模様の耳飾りを炭治郎の手のひらに乗せる。「どうして首から下げてるんだ?耳飾りなのに」「…私、耳に穴空いてないから…」「そっか」炭治郎の手元に渡ったペンダント…もとい耳飾り。それに口を近付けた炭治郎は、ふぅ、と小さく息を吹きかけた。
…瞬間、ぱちんッと火花が散る。耳飾りの上を線香花火みたいにぱちぱちと弾ける火花を凝視して、そんな私を横目に炭治郎はそれに反対の手を翳し、手のひらで蓋をするように被せた。
数回炭治郎の手の中で火花が弾け、だけどすぐに消えてしまったそれを確認してから手をどける。さっきと変わらない耳飾りがちょこん、と炭治郎の手のひらに乗っているのだけど、心無し色が濃くなっているような気がする。


「はい、これで大丈夫」

「大丈夫って、何が?」

「羽炭が頑張れますようにって、おまじない」

「おまじない…」

「そうだ。…ここは、どうしたって君が暮らしていたところとは違う。理不尽な事も、君が知る常識が通用しない事もあるだろう。だけど、挫けちゃ駄目だ。人は心が原動力だから、心はどこまでも強くなれる。羽炭には俺がついている。だから、負けるな」

「……うん、ありがとう、炭治郎」


炭治郎から耳飾りを受け取り、胸に抱く。じんわりと手のひらに広がるぬくもりになんだか泣きたくなって、私は炭治郎に気付かれないように唇を噛み締めた。