とあるAくんのお話
※
モブクラスメイト視点
「はぁ…」
唐突に隣の席からでっかいため息が聞こえた。ちらりと横目でそっちを見れば、我妻がぼけーッと虚空を見つめていた。なんとなくどうでもよさそうな感じがして目を逸らせば、その後すぐにごんッて鈍い音が聞こえたから、きっと机に突っ伏した時にデコをぶつけたんだろう。痛そうだ。「はぁ…」またため息が聞こえた。
「…どうしたんだよ我妻」
だから思わず声をかけてしまったのは致し方ないと思う。あ、どうもこんにちは。俺はしながないクラスメイトその1です。佐藤と呼んでください。「佐藤ぉぉおおお」うわ、なんだよ我妻おま…汚ぇな!?顔から出るもの全部出てるんだけど!?
「聞"い"て"く"れ"る"の"か"…!?」
「え"ッ、いや、その…」
声をかけたのが運の尽き、なんだろうか。こうなった我妻はすこぶる面倒くさい。現に助けを求めて教室内を見渡すが、誰一人として目が合わない。お前ら後で覚えとけよ!
はぁ、ため息をこぼして我妻に向き直った。「で?」そう言えば目の前のたんぽぽ野郎はへ?みたいな顔をしてちょっとイラッとした。
「何なんだよ、ため息ばっか吐いて。仕方ないから聞いてやるっつってんの」
「佐藤…!」
さっきとは打って変わってキラキラと目を輝かせた我妻。まぁ、一応席も隣だし、そのよしみということで。
「あのさ、あのさ、俺どうしたらいいかわかんないんだ」
「ふんふん」
「もう存在自体が罪というか、視界に入れても痛くないどころかむしろ天使だし目が合ったら笑いかけてくれて俺それだけで幸せなの」
「ふんふ……ん?」
「けど何がよくないって俺たち学年が違うんだよ!わかる!?一学年違うって割と悲劇なんだよ!?泣きたくなるくらい優しくてかわいいからもしかしたら今もよくない輩に言い寄られて…!」
「あの…我妻さん…?」
「ああああ考えるだけで心配になってきた!!相思相愛だってわかってるけど俺ちょっと様子を見に」
「ねぇ待ってくれない我妻さん!?」
「何よ!!」
いや何よ!じゃねぇわ!え?何言ってんの?何語喋ってんの?俺お前の事変だ変だって思ってたし言動があれだからちょっと危ない奴なのかもしれないって思ってたけど今の発言でほぼアウトだよお前はッ!、見てみろ周りの目を!!あのドン引きしたクラスメイトたちを!!いくら女子が好きだからってストーカーはよくねぇよ!そんなんだからお前は「は?何言ってんの?」は?
「は?」
「いやは?じゃなくて…ストーカー?俺が?」
「え、違うの?」
「するわけないでしょ何考えてんの!?てか、俺の事なんだと思ってんの!?」
「女子が好きな危ない奴」
「危なくないからね!?というか、俺彼女いるからストーカーとかしな」
「はあああああ!?」
ガタガタッ!椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がったら(実際吹っ飛んだ)我妻がぽかん、と俺を見上げた。いや、いや、いやいやいや、え?
「なん、え?お前今なんつった?」
「え?俺は危なくない…」
「違う違うその後!」
「ストーカーとかしない」
「行き過ぎそのすぐ前!?何!?彼女!?お前彼女できたの!?」
思わず叫ぶ。そうしたら我妻はじんわりと顔を赤くして、心底嬉しそうに「へへ、うん」って言うから、あ、これ嘘でも見栄でもなく本当のやつだって悟ってしまった。
一度深呼吸をした。吸って、吐いて、クラスメイトたちの驚愕の気配を感じつつどうにか心を落ち着けて椅子に座…ろうとしてひっくり返った。椅子倒してたの忘れてたわ。
「そっか、お前にも彼女がなぁ…」
「うん。かわいいんだよ。それと、こう、音がさ、どこまでも優しいくて、安心する」
「へぇ」
「昔から変わらないなぁ…」
という事は、その彼女は我妻の幼馴染みという事か。そっかそっか、幼馴染みで想いが通じるなんてどこぞの少女漫画かよって思ったけど、我妻がこんなに嬉しそうなんだから、まぁ、いっか、なんて。
えへえへと(若干)気持ち悪く笑う我妻によかったな、と声をかけようとしたら、急にがばッ!と我妻が立ち上がった。
「羽炭の音がする!!」
「は?何急に…ってか、羽炭って…」
「おーい、善逸」
羽炭って誰、と聞こうとして、教室のドアからひょっこり顔を出した女生徒に今度こそ俺の口はぽかん、と開いた。いや、だって、はぁ!?
「羽炭ー!どうしたの?会いに来てくれたの!?」
「んー、半分正解で半分はずれ。昨日うちに電子辞書忘れてたでしょ?」
「え、うわッ!本当だ…わざわざありがとおー!!好き!!」
「ちょ、大声でそんな事言わない!…じゃあ、また昇降口で待ってるからね」
「うん!早く行くよー!」
ぶんぶんと大きく手を振る我妻を呆然と見つめた。いや、だって、今の…マジで?「完全に忘れてたわー」なんて呑気に席に帰ってきた我妻の胸倉を掴んだ。
「ちょっと何!?やだ!!乱暴しないで!」
「お前今…!か、竈門さん…!は!?てか、今の会話なんなん!?昨日とか忘れ物とか、昇降口で待ってるとか!!」
「え?だって一緒に帰る約束してるし」
「昨日の家の件は!?」
「羽炭が遊びにおいでって言うから」
「名前ッ!!」
「めんどくせぇなお前は!!羽炭は俺の彼女なの!一生どころか二生三生この先ずっとたった一人だけの俺の嫁なの!!」
一瞬の無言ののち、今年一番のクラスメイト全員の絶叫が校舎を揺るがした。
---
モブ1
☆佐藤くん
善逸のクラスメイトで隣の席。何だかんだ善逸を鬱陶しく思いながらも話を聞いてあげるいい人。今後ちょくちょく出てくるかも。