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駆け抜ける走馬灯の話




ほんと、やな人生だと思う。女に騙されるわ、借金背負わされるわ、剣士になれだのって扱かれるわ、挙げ句雷に打たれるわ…。
まぁ、雷に打たれて髪の色変わっただけですんだのは奇跡だよな。生きてるだけありがたいって思う。
…だけど、それを別としても俺は俺が一番自分の事を好きじゃない。ちゃんとやらなきゃっていつも思うのに、怯えるし、逃げるし、泣きますし。一生懸命頑張ったとしても、それが自分の力になっているかと言われれば応えは否だ。嘘すぎじゃない?
じいちゃんの期待に応えたいって思っても、それが成果として繋がらない。変わりたいって、ちゃんとした人間になりたいって思いつつも、それでも俺は逃げずにはいられない。叫んで、泣いて、踵を返して。条件反射だ。


『消えろよ』


あぁ、なんたって今思い出したんだろ。
じいちゃんの元で同じように修行した兄弟子にこっぴどくなじられた。あいつにいい思い出なんてない。投げつけられた桃の感触を今でもよく覚えている。浴びせられた罵倒の数々を覚えている。

…なぁ、じいちゃん。俺、どうしたらいい?約束も守れなくて、誓った事も果たせなくて、大切な…大好きな女の子一人も守れないような俺は弱虫の泣き虫だ。


『いいんだ、善逸。お前はそれでいい』


脳内でじいちゃんの声がこだました。いつだったか、しこたま扱かれてボロボロになった俺の頭を叩きながら口にしていた。


『一つの事しかできないなら、それを極め抜け。極限の極限まで磨け』


なんて、言うけど、いや、いやいやいや、じいちゃんちょい前までブチ切れてたじゃん。雷の型、六つあるのに俺が一つしかできた事ないから。


『刀の打ち方を知っているか?』


いや、知らんよ。てか、ずっと叩くの?泣くよ?俺。『刀はな』だからいつまで叩くの?


『叩いて叩いて叩き上げて、不純物や余分なものを飛ばし鋼の純度を高め、強靭な刃を造るんだ』


だからってさ、毎日毎日ぶっ叩く事なくない?俺鋼じゃねぇよね。生身なわけ。生身なの。わかる?だから叩かれたら普通に痛いわけ。


『善逸、極めろ。泣いてもいい、逃げてもいい。ただ、諦めるな』


諦めるな、なんて、簡単なことを言ってくれる。

深く、息を吸った。


「!!」


振り抜いた刀が迫り来る赤い糸を斬り裂いた。地面を踏みしめ、蹴りあげる。迸る稲妻を感じながらもう一閃、薙いだ。累の目が驚愕に見開かれる。


『信じるんだ、地獄のような鍛錬に耐えた日々を』


まるで生きているように動く糸。瞬きをする間もなく刹那に張り巡らされる糸は、例え今ここで引いたとしてもすぐさま俺を捕え、全身を刻むだろう。
なら、ならば、進むしかない。


『お前は必ず報われる』


怖い。本当は怖くてたまらない。刀だって折れてるし、こんなぼんくらで何ができるんだって思う。思ってしまう。今すぐ踵を返して逃げてしまいたい。俺なんかに下弦の鬼は倒せない。
…だけど、俺の体は意に反して刀を奮い、糸を断ち切り、累に向かい続けている。…いや、違う。意に反してなんかいない。泣きたい気持ちも、叫びたい気持ちも、逃げ出したい気持ちも全部俺の本当の心で、だけど、それ以上に羽炭ちゃんを守りたいって思うから。その想いが俺をつき動かしている。


『極限まで叩き上げ、誰よりも強靭な刃になれ!』


あぁ、やってやる。やってやるともじいちゃん。俺はじいちゃんが思っているより弱いんだ。だけど、その弱さは否定しない。弱さを受け入れたそのままの俺で反逆してみせる。


ー雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃…六連


体が自分じゃないみたいに縦横無尽に動く。蠢く糸を躱し、断ち切り、くぐり抜け、また張り巡らされた糸を振り払い、一陣の轟く雷鳴の如く駆け回る。

今だ。今やらないとダメだ。あの子を、羽炭ちゃんをまもらなきゃ。例え相討ちになったとしても…!

強く地面を踏みしめ、蹴りあげた。瞬間、火花が弾ける。
それは周囲の赤い糸を燃やし、累を焼いた。今にも俺の体を刻まんと迫っていた糸は次々と焼き切れていく。燃える糸が全身に絡むが、それらは俺の体を刻むことなく他愛もなく地に落ちる。爆ぜる炎に体を押され、鈍い音を立てて刀が累の頸に当たる。が、硬い。ほんの少しの切れ込みを入れただけで切り落とすまでには至らなかった。
諦めるな。諦めるな。ここで諦めたら、じいちゃんに怒られる。羽炭ちゃんも守れない。そんなの嫌だ。絶対に嫌だ。

息を吸った。


「羽炭ちゃんは…!」


負けない。負けてられない。負けてたまるか。
深く、深く、深く。稲妻を全身に巡らせろ。体は激情に、しかし心は静謐なまま、烈烈たる霹靂となって雷鳴を轟かせ。

息を、吸った。

ぼんッ!刀が爆ぜる。その爆風が停滞する刀の遠心を助けた。


「羽炭ちゃんは、俺が守る!!」


迸る稲妻の軌跡を残し振り抜いた刀は迅雷もかくや、落雷を周囲に轟かせながら累の頸を断ち斬ったのだった。