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呼び覚まされる記憶の話




「姉ちゃん、何してるの?」

「早くしないとお煎餅前部食べちゃうよ!」


私を呼ぶ大きな声にはッ、と意識が戻ってきた。私は、さっきまで一体何をしていたのだろうか。どうも前後の記憶が朧気で思い出せない。
縁側に座り、私に向かって大きく手を振る花子と茂と、その傍らで煎餅を焼く母さんと禰豆子、竹雄はもうすでにできあがった煎餅を齧って花子に怒られていた。


「今行くよ!」


たッ!と駆け出す。なんだか今まで悪い夢を見ていたようだ。よく覚えていないけれど、なんとなくよくない夢だって言うのはわかる。
漠然とした感覚。だけど、そう思う。些細な事だ。思い出すまでもないような些事。
縁側に駆け寄れば香ばしい煎餅の匂いが鼻を擽る。どの店で売っているものよりも、母さんの作る煎餅が一番美味しくて大好きだった。


『ーーー』


ふと、何か聞こえた気がした。


「…ねぇ、今何か言った?」

「え?何も言ってないけど…やぁね、お姉ちゃん、まだお昼間なのに怖いこと言わないでよ!」

「ご、ごめんごめん…!多分気のせいだと思う」


そう、きっと気のせいだ。七輪で煎餅をひっくり返しながら自分に言い聞かせる。…だけど、なんでだろう。どうしようもない違和感が胸に燻る。魚の小骨がひっかかるような、小さな小さな違和感だ。


『ーーー』


あぁ、まただ、また、聞こえた。今度は気のせいじゃなかった。そもそもの話、どうして私はこの音を気のせいにしようとしているのだろうか。


「姉ちゃん、姉ちゃん!煎餅焦げちゃう!」

「え?わ、わぁ!ごめんごめん!」


茂の声に慌てて意識を七輪に戻すと微妙に焦げ臭い匂いが煎餅からしていて、心無し少し焦げている気がするが食べれないほどじゃないだろう。
お皿に移して、軽く醤油を付けてから振り返る。


「善逸、お煎餅焼けたよ」


……………………え?
善逸って…誰…?自分で自分の言葉に心底驚いた。だって私、そんな名前の人知らない…


「…お姉ちゃん、さっきから本当に変だよ。大丈夫?」

「わか、らない…」


額を押さえた。だって、本当にわからないんだ。さっきから変な事ばかり言ってしまう。これじゃあただただ皆に心配をかけてしまうじゃないか。しっかりしろ、長女だろ。

…だけど、どうして。善逸と言う名前を知らないはずなのに、口にするだけで、思い浮かべるだけで、どうしてこんなにも胸が締め付けられるのだろうか。
何かを忘れている気がする。忘れては行いけない、大切な誰かを……


『起きろ、羽炭』


はっきりと聞こえた。今まで朧気で輪郭のなかった何かが音として私の鼓膜を揺らす。それを声だと認識した瞬間、さっきまで団欒としていた家族の情景が急速に遠のくように霧散する。…代わりに、私とよく似た顔の男の子が市松模様の羽織をゆらゆらと揺らしながら目の前に佇んでいて……からん、とどちらかわからない耳飾りのかわいた音が響いた。


「君は…」

「聞かずとも、君はもうわかっているんだろう?」

「え…?」

「さぁ、早く起きるんだ」


とん、と指で額を叩かれた瞬間、脳内を高速で映像が流れた。突如として惨殺された家族の映像から始まり、ぼんやりと靄がかった頭で雲取山から走って逃げていた時、私を殺そうと刀を振るう男性から私を守ってくれたたんぽぽ色、山で、鼓のお屋敷で、藤の花の家で、花畑で……ずっと暗くて狭い箱の中にいたけれど、常に暖かくて優しい声に包まれていた事。
…そして今、その優しいたんぽぽが今にも殺されそうになっている事。

あぁ、そうだ。私はなくしてしまったんだ。大切な家族を。何気ない穏やかな日常を。どんなに焦がれようとどれほど夢に見ようと、もう二度と戻っては来ない。

するり、大きな手が私の両頬を包み込み、俯いた顔を上げさせた。近くで見れば見るほど私と同じ顔の彼は泣きそうになりながら笑っていた。


「今の羽炭なら大丈夫。自分を信じて、そして善逸を助けてあげるんだ」


温もりが、離れていく。太陽が沈むみたいに遠のいていく彼を追いかけようとして…やめた。私が追いかける事を彼はきっと望んでいない。言っていたわけじゃないが、なんとなくそう思う。
…深く息を吸って、吐いて…繰り返す。そうしたら少しづつ聞こえてくる音に目を見開いた。

鬼の強固な糸で縛られた腕をどうにか持ち上げる。少しでも動けば体にくい込む糸の激痛に耐えながら大切なあの人を、善逸を助けるために手を伸ばした。


「(爆血!!)」


私の血が染み込んだ糸が燃え上がる。導火線のように弾け、燻り、善逸を刻もうと囲っていた糸を焼き払う。それを振り切って、踏み込んだ善逸は稲妻のように雷鳴を轟かせて刀を抜いたのを吊り上げられた空中から見ていた。