if 継子善逸と柱夢主
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夢主が柱、善逸が継子のif
募集箱より
今日こそは。そう決意して何度の夜を見送っただろう。もちゃもちゃと団子を頬張りながら、隣でお酒をちびちびと飲んでいる羽炭さんをこっそり見つめた。
「たまにはお月見しながらお団子食べるのもいいね」
彼女は柱である。この屋敷は彼女が与えられた屋敷で、そんなところになぜ俺なんかがいるのかというと、俺は羽炭さんの継子なのだ。
正直、どうして俺なんかが継子に選ばれたのかは未だに謎ではあるけど、羽炭さんの傍はひどく心地がいい。師範であるから鍛錬の時なんかは鬼のように厳しいけど、それ以外だと俺をうんと甘やかしてくれたり、これ以上にないくらいの優しさや愛情を俺にくれるから。
…そして何より、羽炭さんからは偽物の音がしなかったんだ。俺にくれるもの、全部全部が本物で、だからこそ、彼女に対して淡い恋慕の情を抱いている俺は、今日こそ彼女に告げるのだと自分を奮い立たせてきた。
だけど、意気地無しな俺は肝心なところで勇気なんてものがどこかへ飛んで行ってしまうらしく、その想いを未だに彼女に告げる事ができていない。
こくり、こくりと白い喉が上下するのを見つめて、思わず喉が鳴る。あそこに噛み付いてみたのなら、一体どんな…「善逸…」そこまで考えたところで、羽炭さんがどことなく遠慮がちに声をかけた。
「そんなに見られると…その、飲み辛いんだけど…」
「えッ…!?そ、そんなに見てました!?」
「まぁ…」
「嘘!やだごめんなさいね!!」
めっちゃガン見してたらしい。本人に声かけられるまで見てたとか、嘘すぎじゃない俺…。羽炭さんに限ってそんな事はないと思うけど、万が一に気持ち悪いだなんて思われたら俺明日から生きていけない…
軽く絶望しながら隣の彼女の音を聞く。…あ、よかった、いつも通りの音だった…
「…善逸は、そんなにお酒が飲みたかったの?」
「へ」
俺の頭上に疑問符が散った。
「ずっと見てたから、飲みたかったのかなって思って…。善逸はまだ未成年なんだから、ダメだからね」
「へ?あ、はい」
どうやら俺が見ていたのをお酒がほしいのだと勘違いしたらしい。いや、俺どんだけ飲みたい奴なんだよ。
安心したような、そうじゃないような…複雑な気持ちになりながら悶々としていると、ふと羽炭さんがふらふらと揺れているのに気付いた。「羽炭さん?」心配になって名前を呼んでみれば、さっきと打って変わって、首まで真っ赤にさせて振り返った。
「え!?な、なんでそんなに真っ赤なんですか!?」
「いや、なんか急に熱くて…」
「わー!!待って待って!!脱ごうとしないで!!」
浴衣の腰帯を緩めた羽炭さんの手を慌てて止めると、どことなく不服そうに眉を顰めていて。いや、そんな顔されても困ります…
というか、すごく今更なんだけど、羽炭さんはこのお酒をどこで手に入れてきたんだろうか。彼女の性格的に自分からお酒を買うだなんて絶対にしないし、そうなったら誰かからもらったとしか思えない。
「羽炭さん、誰からこれもらったんですか?」
「ん〜?誰だったかなぁ…うずいさんだったような…」
「あんの派手柱…!」
いよいよ舌っ足らずになり始めた羽炭さんからお猪口と徳利を取り上げた。「あー…」あー、じゃありません!てか、あんたそんなに酒強くないんだからもう飲むな!
少しだけ徳利の中を嗅いでみれば、それはそれは強烈な酒の匂いがして思わず「ヴッ…」と唸ってしまった。
こ、こんなの飲んでたのか…!そりゃ急に酔いが回るわ!
「ぜんいつ、かえして」
「ダメです。というか、羽炭さんそんなにお酒強くないでしょーが!もう今日はお開きにして、寝ましょう?ね?」
「むー…」
もおおおおお…!!そんなふくれっ面してもダメなもんはダメなの!!
普段より幾分子供っぽい彼女に俺の心は死にそうである。変な気を起こさない前に早く部屋に送り届けようと羽炭さんの肩に触れたら、逆にその手を掴まれてぐい!っと引かれた。
「うわ…!」
ぽすん、というか、ぽよん?柔らかいものに顔が触れて、なおかつその柔らかいものに心当たりがありすぎて、身体中の血液が一瞬で沸騰したみたいだった。「は、羽炭さッ…!」慌てて離れようとするけれど、それよりも早く俺の体に白い腕が巻きついた。
「ぜんいつは、私のじまんのつぐこなんだぞぉ…」
「ッ…」
「弱いってじぶんでは言うけど、ほんとうは努力家で、いっぱいがんばってるのしってるんだからなぁ…」
よしよし、よしよし。暖かい手が何度も頭を往復する。暖かくて、優しくて、音も、泣きたくなるような優しい音と一緒に、慈愛に満ち溢れたものが聞こえてきて、それが俺に向けられているんだって思うと、どうしようもなく胸が苦しくて泣きたくて仕方がなかった。
「羽炭…さん…」
ぎゅ、と彼女の背中に腕を回す。「ん?」と、酒にあてられたぼんやりとした目に見つめられて、俺の中の何かが小さな音を立てた。
「んッ…」
ぷっくり熟れた唇に吸い付く。さっきまで強いお酒を飲んでいたからか、ほんのりとお酒の匂いがした。うっすらと開いた唇に舌を差し込むと、小さく肩がぴくついた。
「ん、ふ、ぁ…んんッ…」
「ふッ…ん…」
熱い。羽炭さんと触れる舌が、唇が、身体が、全部が熱い。今彼女と口付けを交わしているのだと思うほど、どんどん身体の中心が熱くなる。羽炭さんが飲んだお酒が俺にも移ったのか、頭がぼーっとしする。
本当は、ダメなんだと思う。いや、ダメだろ。だって、こんな、合意もない接吻。だけど、この甘さを一度感じてしまったら今更やめる事なんてできなかった。
このまま、触れた唇を通して羽炭さんに俺の想いが伝わればいい。だなんて。思ってしまうわけで。
「ぜん、いつ…」
「羽炭さん…」
流れに任せて羽炭さんを押し倒そうとした時。
「………すぅ…」
「……………………羽炭、さん…?」
「すー…すぅー…」
急に体重がかかってきたと思ったら、耳元で静かに聞こえてきた寝息にまさか、と羽炭さんの顔を覗き込んだ。
「…嘘だろ…」
羽炭さんは寝ていた。それはそれは穏やかに、ついさっいまでしていた接吻の熱はどこに行ったんだってくらい穏やかに眠っていた。
あまりにも…生殺しすぎた…。だけど、お酒を理由に羽炭さんを押し倒す前に帰ってきた理性に感謝するのだから複雑な話だ。
「もおおお……なんでだよ…羽炭さんのばか…」
「ぅ…」
悔しい。悔しすぎる。行き場のない熱を燻らせたまま羽炭さんを部屋に運んだ俺は、しばらく厠から出てこれなかった。
そして案の定というか予想通りというか、次の日にそれとなく聞いてみればなぁんにも覚えていない羽炭さんだった。
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継子善逸×師範夢主の話。
ごめんなさい、すけべは書けませんでした…!
素敵なネタをありがとうございました!