熱中症と言わせたい
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募集箱より
「羽炭!」
弾んでいるような、語尾にハートが付きそうな、そんな声音で私を呼ぶ善逸に心無し嫌な予感がした。決まってこういう風に呼ばれる時は私の勘は当たるもので、不自然ににこにこしている目の前の善逸からそっと目を逸らした。
「んふふ、羽炭」
…なんだろう、本当に返事したくない。ちらりと教室内を見渡せど、クラスメイトの誰もが「関わりたくない」と言いたげに視線をあらぬ方向に向けている。すごく裏切られた気分。「…何、どうしたの?」渋々そう聞けば、待ってましたとばかりに顔を輝かせた。
「あのさ、あのさ、羽炭にお願いがあるんだけど」
「変な事じゃなければ」
「変じゃない変じゃない!ちっとも変じゃないよ!」
本当かよ…。まともな頼み事だった試しがないじゃないか。思ったけど言わない。
私の前の席に勝手に座って頬杖をつく善逸から、すごく期待に満ち溢れた匂いがする。何が彼をここまでさせるのか果てしない疑問ではあるけれど、このまま蒟蒻問答をしていても埒が明かない事くらいわかる。
「あのさ…」さぁ何を言う。何を言われる私。固唾を呑んで見守っていると、いよいよ善逸が口を開いた。
「熱中症…って言ってくんない?」
「…………………は、」
「いやだから、熱中症って言ってほしいの」
なぜそこで熱中症…?私の頭上に大量の疑問符が舞ったが、思いのほか変な事だったじゃない事に安堵しつつも、考えすぎだったかなと反省した。
…にしても、ただ熱中症と言えばいいだなんて、変なお願いだなぁ。
なんて事を思いながらも、それくらいならばと首を縦に振ったのはほんの一瞬前である。
「熱中症って言えばいいの?」
「うん!うん!あ、できればゆっくり言ってね、ゆっくりだよ!」
「お、おう…」
とりあえず私が思うゆっくりで熱中症と言ってみた。
「ねっ、ちゅ、う、しょ、う」
「あー違う違う!こう、区切るところが違う!えっとね…ここと、ここで区切って…」
なんかわざわざ紙にまで書いてくれてるのだけど、どんだけ熱中症の言い方にこだわりがあるんだろう…ほんと、疑問でしかない…。「はい、ワンモア!」相も変わらずウキウキと私を見る善逸にため息を吐きながら、言われた通りに熱中症を言ってみた。
「ね、ちゅう、しょう…?」
「うん、しようねぇ」
「え」
急に善逸が顔を近付けてきた瞬間、唇に暖かいものが触れた。「ギャーーー!!!」クラスメイトの悲鳴が響き渡る。私といえば、未だに何が起こったのかわからずにぽかん、と呆けていれば、次の瞬間には私から引き剥がされた善逸がクラスメイトたちにしこたましばかれていた。え?
「え?」
「我妻先輩!!うちの委員長になんて事をするんですか!!」
「もう出禁です!!」
「塩撒け!塩!」
「もおおおお前らなんなの!?なんなの急に!!やめてくれる!?俺は羽炭の彼氏!!恋人!!」
「場所を弁えない不埒な人は退散してください!!」
ギャーギャーわーわー。やかましく騒ぎながら、いつの間にかクラスメイトの手によって教室の外に放り出された善逸。
「ちょ、善逸…!?」
「は、羽炭ー!放課後!迎えに来るから!」
「来ないでくださーい!」
「いや行くわ!!お前らになんと言われようと絶対に行くかんね!?」
「うわやば、予鈴…!また後でね羽炭ー!!」そう言い残して去っていった善逸。クラスメイトたちが「我妻先輩ほんと、精神鋼かよ…」とか「竈門さんもそろそろ怒った方がいいと思う」とかもろもろ言っているのを聞きながら、そっと唇に触れる。…今、キス、された…?
「…!!?!?!?」
「え、遅くね?」
噴火する顔面を両手で覆って机に突っ伏すれば、クラスメイトからそんな冷静な突っ込みをいただいた。
馬鹿馬鹿馬鹿善逸の馬鹿…!!ひ、人前であんなッ…!あんな…!!
そしてあとから聞いた話、熱中症を区切りながらゆっくり言うと「ね、ちゅう、しよ」となる事をクラスメイトから聞かされた私であった。とりあえず善逸には後で文句言う。
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学パロで夢主に熱中症をゆっくり言わせる善逸