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if もう一つ音が聞こえるんだけど…!?


結婚済み
募集箱より





最近羽炭の調子がずっとよくない。唐突な吐き気に厠に駆け込むのなんてしょっちゅうだし、食欲もないのかほんのちょっと食べただけで残す事が多くなった。
羽炭自身は「ただの風邪だから」とあまり気にせずにいつも通りに任務に行こうとするから、それを止めるために一悶着あったのはここだけの話。というか、現在進行形で一悶着が起きてる。


「ダメ」

「善逸…」

「ぜぇーーーったい!!ダメ!!」


玄関の前でとおせんぼする俺を困ったように見つめる羽炭。そんな顔してもダメだからね!!
熱はないらしいけど、それでも吐き気と倦怠感を抱えた羽炭を任務になんて行かせられない。そもそも俺は暫く任務を持ってこないでくれって言ったのに、なんで持ってくんの!?そんなの、羽炭の事だから使命感に駆られて「私が行かなきゃ」ってなるに決まってんじゃん!なんでなの!?ねぇ!!


「お願い、善逸。そこをどいて」

「どかない。羽炭がちゃんと休んでくれるまではどきません!!」

「ねぇ…」

「うッ…そ、そんな顔してもダメだからねッ…!」


小首を傾げて見上げる羽炭に危うく頷きそうになった。というか、誰に仕込まれたのその仕草!!かわいくしても、今日は折れないから!!


「ッ…う"…」


不意に羽炭が口を抑えてしゃがみこんだ。びっくりして慌てて駆け寄ると、顔を真っ青にして吐き気に耐えてるからもう俺が涙目である。
羽炭を横抱きにして、できるだけ振動を与えないよう気を付けながら厠に走る。「おぇ"…ッ」降ろすやいなや、齧り付くように厠に吐き出した羽炭の背中を泣きながらさすった。


「は、羽炭、大丈夫…?ねぇお願いだからさ…任務行くのやめよう?ね?俺心配だよぉ…心配しすぎて死んじゃう…」

「ッ…でも、行かなきゃ鬼が…」

「鬼なんて俺がなんとかするからさあああ!!頼むから休んでくれよおおお!!」

「わッ」


手拭いで口元を拭う羽炭に思いっきり抱きついた。
いつも思うけど、この子は無理も無茶もするのが当たり前とか思ってる節があると思う。昔からそうだった。怪我してんのに早く強くなりたいからって、しのぶさんの制止無視して鍛錬するし、限界以上の事してぶっ倒れるし、心臓がいくつあっても足りない。俺いつか心配のし過ぎで死ぬんじゃなかろうかと何回思った事か。

べそべそと泣きまくる俺の目尻を、羽炭の指先が優しく拭う。そんな彼女の手をつかまえて見つめれば、若干顔色が悪い顔で笑った。


「泣かないで、私は大丈夫だから」


もう、お前はこんな時でも変わらず優しい音をさせるんだから…こんな、こんな穏やかな音聞かされたらさ、もう…………………


「うわ!」


がば!と羽炭の肩を掴んで引き剥がす。「ぜ、善逸?どうしたの?」目に見えて困惑しているようだけど、俺は今それどころじゃない。むしろ俺の方が困惑してる。


「え…え…?あの、羽炭、さ…俺に言う事なくない…?」

「え?任務に行こうとしてごめんね…?」

「違う違う違う!…え?気付いてないの?嘘でしょ、嘘すぎでしょ…!?」

「ねぇ、さっきから何を言ってるの?気付いてるとか気付いてないとか…さすがに熱があるとかないとかはわかるよ?」

「だから違うってば!」


「ちょッ、何?」戸惑う羽炭の声を無視しておなかに耳を当てた。小さな小さな音だ。羽炭の優しい音に紛れて聞こえるそれは確かに生きている命の音で、今までの吐き気や食欲不振の理由がようやくわかった。


「赤ちゃんだ…」

「へ?」

「羽炭のおなかの中に…赤ちゃんがいる…」

「嘘!?」

「嘘じゃないから!!てか、なんで気付いてないんだよ!!」

「だ、だっておなか大きくなってないし…吐き気も食欲ないのも風邪の引き始めだと思ってたから…」


まぁ、確かに羽炭のおなかはよく見る妊婦のように膨らんでいない。むしろいつもと変わらず薄いままだ。
今までの体調不良がつわりであるなら、知らなかったとはいえこの子はおなかに赤ちゃん抱えたまま任務に行こうとしてたのか…いや、気付かなかった俺も悪いんだけど、それにしては危なすぎる。


「と、とにかくすぐに蝶屋敷行こう!」

「でも任務…」

「もおおお!!お前はそればっか!!俺が行くから!!羽炭は蝶屋敷に行って!!いいな!?」

「は、はい…」


それからの俺の行動は早かった。素早く隊服に着替えて、自分で歩けると騒ぐ羽炭を抱えて蝶屋敷まで送り届け、そこから任務先まで呼吸を使って全力疾走し、二日と掛けないで任務を終わらせて蝶屋敷に帰ってきた俺だった。
後にアオイちゃんから「いつもそんな感じだったらいいのに」なんてぼやかれたのはまた別の話。

ドタドタと廊下を走って(途中でなほちゃんにめっちゃ怒られた)目的の部屋に飛び込めば、ちょうどカナヲちゃんに診察をしてもらっていたらしく聴診器を当てられていた。


「羽炭!!」

「善逸うるさい。黙って」


カナヲちゃんの辛辣な言葉が飛んでくるが、俺は任務の間も気が気じゃなかったんだから!!
ズザァーッ!と滑り込むように羽炭の元へ行けば、今度こそカナヲちゃんの拳骨が飛んできた。
…最近俺に遠慮ないよね、カナヲちゃん…


「で?で?どうだったの?何ヶ月!?」

「妊娠6ヶ月ってところ。羽炭が普通の妊婦みたいにおなかが大きくならなかったのは、長年鍛えた腹筋があったから。だからあまり目立たなくてわからなかったの」

「腹筋…」

「だけど、しばらく鍛錬も任務も控えた方がいいよ。絶対安静、とまではいかなくても、あまり無理をしないで。わかった?」

「あはは、肝に銘じます」

「……何はともあれ、相手が善逸なのがあれだけど…」

「ねぇあれって何?ねぇカナヲちゃん!どういう事!?」

「懐妊おめでとう」

「…うん、ありがとうね」


そ、と羽炭のおなかを撫でたカナヲちゃんのなんと優しい目の事。…その後の俺を見る目が怖すぎて白目剥いた。ほんと、あの子俺にだけ当たり強い…


「まさか6ヶ月だったとは思わなかったよ」

「心臓に悪すぎ…カナヲちゃんも言ってたけど、これを機にちゃんと休んでよね。もう羽炭だけの体じゃないんだから」


羽炭のおなかに耳を当てれば、小さく聞こえる命の鼓動。それと同時に、ふと胸に渦巻くなんとも言えない不安感。「善逸」どうやら彼女には俺の思いなんて筒抜けらしい。優しい優しい声で羽炭が俺の名前を呼んだ。


「不安?」

「…知ってると思うけど、俺さ、名前もつけられずに捨てられた捨て子だから、世話したり、愛してあげたり、できるのかなって…ちゃんと“お父さん”ができるのかなって…」

「善逸なら大丈夫。だって、善逸は誰かを思いやる事ができる素敵な人なんだよ?思いやって、愛して、もしそれでも不安なら、2人で考えよう?だって、善逸がお父さん初心者なのと同じで、私もお母さん初心者なんだから」

「…うん」


小さな命は、接するのが少し怖い。それは俺が未だかつて触れた事のない未知の存在だからそう思うのであって、だけど、羽炭と一緒ならなんとかなるような気がする。
……達観的すぎる?もしそうなら羽炭のがうつったのかも。

幸せだ。幸せすぎてバチが当たりそうな気がするけど、今ならそんなバチでさえ吹っ飛ばせそうな気がするほど幸せすぎて泣けてきた。
べそべそ泣きながら羽炭のおなかに顔を押し付けると、困った音をさせながら俺の頭を撫でてくれた。


「これからもよろしくね、お父さん」

「う"ん"…!ぐずッ、こちらこそよろしく。元気な赤ちゃん産んでね、お母さん」





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夢主から昔聴こえた夢主以外の音とはまた別の音で妊娠が発覚する話

腹筋の有無によって妊娠時のおなかが目立たなくなる事は実際にあるみたいです

素敵なネタをありがとうございました!