if 未来から不可抗力で来ました
※
付き合ってる
募集箱より
鬼の頚を斬ったと同時に、鬼が血鬼術を放ったようだった。けれど私自身に何かあるかと言われればそうでもなく。不発だったのだろうか…なんて首を傾げていた矢先に彼は現れた。
「あでッ!ちょ、何!?どこよここ!俺さっきまで屋敷にいたんだけど!?」
「………え?」
突如として目の前に降ってきた、なんとなく見覚えのある男性をぽかん、と見つめた。長い金髪。黄色い三角模様の散らばる羽織に落ち着きのない言動は随分見覚えがあるけれど、あの人は目の前の彼程背も高くないし髪だってこんなに長くはない。
何がどうなっているのだろうか…。一人騒ぎまくる男性を呆然と見つめていると、不意に彼がくるん、とこっちを振り返った。「え?」驚いたような声が彼の口からこぼれる。そうして徐々に目を見開いていき、ぶわッとべっこう色の目いっぱいに涙を溜めた瞬間、なんだか嫌な予感がして一歩後ずさる。………前に、がばちょ!!と黄色い塊に抱き込まれた。
「うわああああ羽炭ぃぃぃーー!!よかッ、よかった俺一人なのかと思ったあああ!!何なの!?どうなってんの!?俺さぁ、ついさっきまで縁側で大福食べてたんだよ!?そしたらいきなり落とされるわ知らないところにいるわでもうどうしたらいいか…!!」
「ちょ、ちょっと待ってください…!」
「待って“ください”!?なんでそんな他人行儀なの!?も、もしかして昨日無理矢理やっちゃった事怒ってる…!?だってあれは羽炭がえっちな格好してるから…あああああごめん!!もうしない!もう言わないからそんな目で見ないで!!やだ!!」
この人は一人で一体何を口走っているのだろうか。昨日…何?無理矢理?それがわからない程私は鈍感ではない。
そもそもそれをされたのは私ではないけれど、同じ名前のその人にしてると思うと目が冷たくなるのも仕方ないと思う。
…いや、というか。
「だから!あなたは誰ですか!!」
「誰…!?」
「容姿がその…知人に似ていて…もしかして知人の皮を被った化け物…!?」
「なんて事言うのお前は!!………あれ?」
唐突に善逸似の男性は動きを止めた。体を少し離し、私の頭から爪先までまじまじと見つめられる。…居心地が悪い…
「羽炭…だよね…?」
「羽炭ですけど…ていうかなんで私の名前知って…」
「え?縮んだ?」
「は?」
「それは大変ですねぇ」
ちっとも大変そうじゃない声音でしのぶさんは言った。「し、しのぶさんだ…!」嬉しがっているのか悲しがっているのかよくわからない匂いをさせて善逸が呟くけれど、それを気にせずしのぶさんは続ける。
善逸似のこの男性と会話をしてみて、恐らくは未来からやって来た善逸本人なのではないのかというのがしのぶさんの見解であった。にわかには信じられない話ではあるけれど、信じざるを得ないのは間違いない。…なぜなら、炭治郎として生まれた私がこの世界に存在しているという真実がある限りありえない話ではない。
「善逸くんには申し訳ないのですが、他の隊士たちが君を見て混乱するのを避けたいので、できるだけ部屋から出ないでもらえますか?」
「まぁ、そうなるのはわかってましたけど…」
「いつになるかはわかりませんが、きっと元の世界に帰れますよ。それまで羽炭さん、お願いしますね」
「わ、私ですか…?」
「今更善逸くんが一人や二人増えた所で変わりないでしょう?」
「え、待ってしのぶさんそれ俺の事ディスってる?」
「はいはい、怪我をしていないのなら部屋から出てくださいね!」
「ちょ、しのぶさッ…!」
ぴしゃり。無情にも閉められた襖に呆然とした。隣の善逸を見上げて、襖を見て、もう一度善逸を見上げて、はぁ、ため息を吐く。「何今のため息!?」善逸うるさい。
「とりあえず、部屋に行こうか。ここにいて誰かに見つかったら面倒だから」
「羽炭の部屋ってこっちだったよね?」
「え?あ、うん」
「行こ行こ!」
「わーい、羽炭の部屋だー!」だなんてスキップしそうな勢いで廊下を歩く善逸の背中を見つめる。迷いのない足取りが自然なのか不自然なのかわからない。
「ねぇ、もし仮にあなたが未来の善逸だとして…」
「いや、仮にもなにも本人だからね?」
「今何歳なの」
「歳?いくつだったかなぁ…この前誕生日迎えたから…21だな」
「21…」
この善逸はお酒が飲める歳なのか。へぇ。
改めてまじまじと隣を歩く彼を見つめた。こっちの善逸は私よりいくらか目線は上だけれど、未来の善逸は頭一つ分以上は大きくて見上げないと顔が見えない。「なぁに?じろじろ見て」茶化すように善逸が言うけれど、私はそれを無視して靡く金色の髪に触れた。
「…随分長いんだね、髪の毛」
「何言ってんの?羽炭が言ったんじゃん。一緒に願掛けしようって」
「願掛け…」
「忘れちゃった?ほら、羽炭が鋼鐵塚さんに会いに刀鍛冶の里に行く前にさぁ、言ってたじゃん。俺は覚えてるよ。羽炭の事なら全部」
「ッ…」
するり、と大きな手が頬を撫でて思わず俯いた。だって、善逸なのに善逸じゃないみたい。わかってる。この人は善逸だけど未来の善逸なんだって。だけど、慈しむように触れてくれる手の優しさも温かさも同じだから、つい照れてしまう。
「羽炭は今いくつ?」
「…15」
「5年前かぁ…確かにこんな感じだったなぁ。懐かしい」
「未来には私もいるの?」
「当たり前じゃない。今じゃ一緒に晩酌したりするからね」
「私お酒飲むの?」
「めっちゃ弱いけどね」
そっかぁ、私未来ではちゃんと生きてるんだ…。善逸と一緒に未来を歩けてるんだ…。よかった、なんて安堵の息を吐いた時、どこからともなく「ドドドドドッ!!」とものすごい足音が聞こえてきて、次の瞬間には曲がり角から飛び出してきた黄色がそのままの勢いで崩れ落ちた。
「羽炭ぃぃぃ…!!聞いてよ聞いてよもうほんとさ…!死ぬかと思ったのもうやだ単独任務やだ!!次こそ耳から脳髄を吸われて死ぬ、ん……だ……」
「…………」
「…………」
顔から出るもの全部出した善逸が顔を上げた瞬間、不自然にフリーズした。「え」思いっきり困惑の匂いをさせた善逸と、隣でぽかん、と呆ける未来の善逸。あ、やばい。そう思った時にはもう遅かった。
「えッ、えええええ誰!?誰なのこの人ォ!!どっかで見た事のある顔だけど誰!?というか気安く羽炭に触らないでもらえます!?」
「お、落ち着いて善逸…この人は未来の君だよ…」
「はああああああ未来!?どッ、えッ、み…何!?」
「え、俺昔こんなんだったの…?えー嘘すぎじゃない…?」
「今と対して変わらないよ」
「まじか」
「ほのぼのと会話しないで!?」
べちッと善逸の手を叩き落とした善逸(ややこしい)は「がるる…」と犬のように唸る。こら、威嚇しない。
そんな善逸にかくかくしかじかと未来から来た事と、帰れるまでしばらくここに厄介になる事をどうにか説明し、そして…
「断固拒否ッ!!」
声高らかに吠えたてた。
「いくら未来からの俺だとしても!!見知らぬ男と同じ部屋とか何考えてんの!?ダメです!!許しません!!」
「今の言葉の中に果てしない矛盾が生じたのに気付いてる?」
「見知らぬも何も俺はお前なの。年齢食ってるから見た目は違うけど…」
「だとしても!!ダメです!!」
「善逸…」
「えー…この時の俺ってこんなに余裕なかったの…?呆れ通り越して憐れだわ…」
「うるさいよ!」
なん、だろう…同じ顔が喧嘩してるのってちょっと面白いかも…
なんともシュールな絵面に人知れず笑っていると、それを目敏く見つけたらしい善逸(今)がぶすッとむくれた。「ちょっと、あまり善逸を煽らないで」「俺も善逸…」今度は善逸(未来)がしょぼくれた。もおおおお!!めんどくさい!!
心なし痛み出した頭を押さえていると、ぐいッと唐突に腕を引かれた。びっくりして受け身を取ろうとしたけれど、その前に体がぽすん、と暖かいものに包まれる。「ア"ーッ!!」善逸(今)の汚い悲鳴が響いて鼓膜が死ぬかと思った。
「はぁー…小さい羽炭かわいい…懐かしいなぁ…かわいい…」
「そんな…連呼しないでください…」
「照れてるの?かーわいー!」
「ちょ、おまッ…離れろよ!!」
「えー?やだ」
「ギィイイイイ!!」
私を抱きしめて頭に頬ずりする善逸(未来)を善逸(今)が怒鳴り飛ばすけれど、当の本人はどこ吹く風である。かく言う私も、すっぽりと背後から抱きしめられるこの状態に少なからず緊張していて、どきどきとうるさく鳴り響く心臓の音が善逸に聞こえないか冷や冷やしている。熱くなった顔を見られたくなくて俯けば、不意にくるん、と体を反転させられた。
「ちょ、あの…」
善逸よりも大きな手が両頬を包み、上を向かされる。片手が肩を伝い、するり、背中から腰にかけて滑って、少しずつ善逸の顔が近付いてきた。
待って、待って待って待って!あまりに唐突で身動ぎすれば「動かないで」ぴしゃりと言われ、固まる。少しだけ大人っぽくなった顔つきに、頬に触れる大きな手に、腰に添えられた力強い腕に心臓が暴れ回って、のぼせる頭じゃ思考が何も回らない。「ぜんッ…」今にも触れそうな唇に、唐突に我に返る。これは、善逸であって私が好きな善逸じゃないのだ、と。
そうして私が善逸の胸を押すのと、後ろから腕を引かれるのはほぼ同時であった。
「いくらお前が未来の俺だとしても、こっちの羽炭はあげないから」
「…ふーん、そっか」
残念そうな、けれどどこか安心したような匂いが未来の善逸からした。胸に顔を押し付けられるように抱きしめられているため、こちらの善逸の顔はわからない。けれど、静かな怒りの匂いがするから怒っているというのはわかった。
「…善逸、苦しい…」
「あ…ごめん…」
「んーん、大丈夫。…私こそごめん、驚いたとはいえ動けなくて…」
「いやまぁ仕方ないといえば仕方ないけど…あ"ー!!悔しい!!一瞬でも羽炭の心が奪われるだなんて!!」
「誤解を招くような事言わないでくれる!?」
た、確かにどきどきした事は否定しないけど…!だなんて誰に言うわけでもなく言い訳をしていれば、ふと未来の善逸の匂いがさっきより薄くなったことに気付いた。
「善逸…?」
「え、何?」
「いや違くて…」
振り返れば、未来の善逸がなんだか薄くなっているような…。未だ私を抱きしめる善逸と共に困惑していると、未来の善逸は困ったように笑った。
「あー…もしかするとお帰りの時間かもしんない…」
「そんな…いくらなんでも早過ぎない?」
「いや、きっとこれでいい。未来の人間がいつまでも過去にいるものじゃないし。…それに、少しでも羽炭が惜しんでくれたのならそれでいいや」
「惜しんでねーよ!図に乗るなよ!」
「いやだから俺はお前…はぁ…まぁいいや」
少しずつ、少しずつ、未来の善逸が薄くなっていく。…最後に一つだけ、どうしても聞きたいことがあって善逸の腕から抜け出した。
「聞かせてほしい事があるの」
「なぁに?」
「…未来の善逸は、ちゃんと幸せになれてる?」
幸せが壊れる時は、いつだって血の匂いがする。善逸が生きる未来に、そんな匂いはしてほしくない。問いかければ、善逸は少しの間考え込んで、にやり、いたずらっ子のように笑う。
「秘密」
そうして次の瞬間、まるで空気に溶けるみたいに未来の善逸はいなくなってしまった。
ふと気付けば、見覚えのある庭が眼前に広がった。長いような、短い夢をみていたようで、なんらかの拍子に過去に飛んでしまった俺が、そこでの俺自身と羽炭に出会う夢は、仲睦まじい二人を見て無性に寂しくなった。
右手に持つ大福を口の中に一気に詰め込んで、立ち上がる。音を探し、ばたばたと子供のようにやかましく足音を鳴らして目的の場所に向かえば、縫い物をしている後ろ姿を見つけた。がばり。倒れ込むように細い体を抱きしめれば「わッ!!」だなんて色気のない悲鳴が聞こえて、それになんだか安心して泣きたくなった。
「善逸?どうしたの?いきなり抱きついてきて…危ないじゃない」
「……」
「…善逸?」
ぎゅ、と無言で抱きしめる力を強めれば、俺の様子がおかしい事に気付いたらしい彼女が、縫い物道具を置いて振り返った。ぽふり、やわくも暖かい手が頭に乗って、そのまま左右に揺れる。
あぁ、幸せだなって。そう思った瞬間、夢の中で言われた言葉をふと思い出した。
ーー未来の善逸は、ちゃんと幸せになれてる?
「………うん、幸せだよ」
「何か言った?」
「ううん、なんでもない。ただ…なんだかすごく羽炭に会いたかったんだ」
「なぁに?それ」
おかしそうに笑う羽炭に、俺も釣られて笑った。大丈夫、俺はちゃんと幸せだよ。だから過去の俺、ちゃんと羽炭の事幸せにしろよな。
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未来から柱善逸が来ちゃう話。
素敵なネタをありがとうございました!