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前田の魔の手に引っかかる話


募集箱より





「羽炭、それ、どうしたの…」


ぷるぷると震える指で私の隊服を指す善逸に、あぁ、とため息をこぼす。


「鬼にやられちゃって。結構ざっくりいかれたから、もう着てられないんだ」


と言うのも、任務帰りに偶然鬼と出会ってしまい、交戦していると攻撃を避けきれずにそのまま正面を爪で裂かれてしまったのだ。夜だったし、羽織を手繰り寄せて隠せばどうにか蝶屋敷に帰るに至ったけれど、今後活動するにあたってこれじゃあまともに動く事ができないわけで。


「どうしよう…さすがにこれは裁縫でも直せないや…」

「でしたら、新しく新調してみてはどうですか?」

「しのぶさん」

「そういえば最終選別のあと、裁縫係の人たちに体の寸法とか計られたような…。その人たちに頼めば隊服新しくしてもらえるんじゃない?」

「ただ気を付けてほしいのが、あの裁縫係の中に厄介なゲス眼鏡がいてですね…」

「ゲス眼鏡…?」

「もし、万が一に変な物が届いたのなら、即行で燃やしてくださいね」


そう言ってしのぶさんにマッチを渡されて、私と善逸は戦慄した。
や、やけに念押しするなぁ…。そのゲス眼鏡たる、人?が何をするのかはわからないけれど、果てしなく謎だけれど!私たち鬼殺隊のために隊服を作ってくれる人たちなわけで。
そもそも入隊した時も渡されたのは普通の隊服だったし、しのぶさんが言う程心配する事はないと思う。「くれぐれも、許してはいけませんからね」あの、お顔が怖いですしのぶさん…善逸が涙目になってますので…

というか、許されないような隊服って一体なんなんだろう…。一抹の不安を抱えながら、私は裁縫係に修繕を依頼した。


そして数日後。


「……これは…」


届いた隊服を広げてみると、下がなぜかスカートになっていた。上は多分問題ない。…と思う。というか下…え?なんで?
思わぬ事態に困惑しかない。それに…


「短くない…?」


腰にスカートを当ててみるだけしてみれば、カナヲが履いているものよりはるかに短い丈のスカートで、ほんのちょっと激しく動けばきっと中が見えてしまうだろう。
なんたって私の隊服がこんな仕様になって返ってきたのか…大量の疑問符を頭上に飛ばしていると、ふとしのぶさんから言われた言葉を思い出した。「もし万が一に変な物が届いたのなら…ーー」これは、変な分類に入るのだろうか…いやでも、違ったのは下だけで上は何ともないから、きっと裁縫係の人が間違えてしまったんだ。スカートに変わったくらいで騒ぐのは大袈裟だし、今回はこれで我慢しよう。…めっちゃスカート短いけど。

そう自分に言い聞かせ、とりあえず不備や丈感の確認で届いた隊服を着てみた。


「羽炭、隊服届いたんだって?」


着てみて、愕然とした。「わ、スカートじゃん!羽炭がスカートなんて珍しい」背後で善逸がそんな事を言う声が聞こえるが、それどころじゃない。だって、だって、だって…!!


「ぜ、善逸…どうしよう…」

「え、何?どうし、うわ音!なんだよその絶望に満ち溢れた音は!!一体化何があッ…」

「隊服の釦がしまらない…!!」

「ぶふぉッ!?」


なんか善逸がめっちゃ吹き出したのは気にしない事にして、そう、しまらないのだ。釦が。一番上と下から数個の釦はちゃんとしまる。だけど、胸元の部分だけどれほどシャツを引っ張っても釦が届かないのだ。太った、のだろうか…いやでも、食べたら食べた分以上に動き回っているから脂肪に変わる事はないと思うけど、ならどうして…はッ…!もしかして、筋肉…!?筋肉なのこれは…!

愕然としながらシャツを眺めていると、勢いよく肩を掴まれた。犯人は善逸で、何やら鼻息荒く、けれど困惑した匂いをさせながら私に詰め寄ってきた。


「な、何!?何なのその格好!!短いスカートと言いそのシャツと言い!!かわいすぎるしすっげーえっち!!俺をどうしたいの!?かわいい!!」

「えっち…!?どッ、どうもしないから!!というか、好きでこんな胸元あいた隊服頼むわけないでしょ!?包装解いた時は普通だったのに、着た瞬間全っ然釦がしまらないから、ふ、太ったんじゃないかって焦ったのに…!」

「太ってないよ!?太ってないから!!羽炭はどっちかと言うとスレンダー…」

「胸がないっていいたいの!?」

「誰もそんな事言ってないけど!?」


きッ、と睨み付ければ善逸は「理不尽だ!!」と泣き崩れた。
…というかこれ、今思ったけど甘露寺さんと同じデザインじゃない…嫌じゃない、嫌じゃないよ…?ただ、胸が大きい甘露寺さんが着るからこそのあのデザインなわけで、胸が小さい私が着たらただのギャグにしかならないじゃない…釦しまらないし…

ため息を吐きながら自分の胸を見下ろした。甘露寺さんはおろか、カナヲの半分程もないささやかな胸を大衆の眼前に晒すだなんて…なんの拷問なの…


「…あの、羽炭…」

「何…」


あまりの胸のなさに人知れず落ち込んでいると、いきなり善逸が正面から抱き締めてきた。


「な、何…?どうしたの…」

「羽炭はさ、その…すっごい嫌がってるけど…似合ってるよ…?」

「それは…褒めてるの…?」

「どう聞いても褒めてるからね!?疑心暗鬼過ぎじゃない!?俺が羽炭に嘘言った事ある!?」

「…ない」

「でしょ!?だってさ、普段から羽炭はズボンだし、こう言う機会がない限り絶対にスカートだなんて履かないだろ?」

「まぁ…ひらひらして気になるし…」

「だから、俺的には嬉しいの!!普段見られない羽炭の格好が見れてすこぶる嬉しいし、すっごくかわいいし似合ってる。胸の事気にしてるみたいだけど、俺は控えめでかわいくて好き」

「善逸…」

「だから、大丈夫。もっと自分に自信持って」


私の両手を握りながらそう言う善逸に、少しだけ胸が軽くなった気がした。途中露骨なセクハラ発言があったような気がするけど、私とて褒められて悪い気はしない。むしろ、善逸にこんなに言ってもらえて嬉しい。
…正直まだこの隊服には抵抗があるけれど、善逸がここまで言ってくれるのなら少しの間だけ我慢して着てみようかなって思った。


「善逸、ありがとう。ひどい事言ってごめん…私…」

「あ、待てよ」

「へ?」


唐突にすん、と表情を削ぎ落とした善逸に疑問符を浮かべた。


「これが新しい隊服って事は、羽炭はこれ着て色んな所に任務に行くって事だよね…?」

「え?そ、そうだと思うけど…」

「てことは、羽炭のこの姿が色んな人に見られる…?」

「まぁ、そうなるね……ん?」

「知らない男との合同任務だった場合、動き回る羽炭の隊服が捲れてもしそいつにかわいくて控えめな羽炭の胸を見られでもしたら…!?」

「善逸待って、ストップ」

「見られるだけじゃない、万が一そいつが欲情して羽炭が押し倒されたら…!?」

「ねぇ待っ」

「もしそうなりでもしたら俺はそいつを一生許さないッ!!!!こんな服を着せて俺の羽炭を傷物にした事を七代先まで呪ってやるうううう!!!!」

「落ち着けよ!!」

「これが落ち着いていられますかッ!!」


鼻息荒く青筋を浮かべる善逸に頭が痛くなった。ダメだ、妄想が膨らみすぎて暴走してる…!なんでそこまで膨らんだのか微塵もわからないけれど、こうなったらただただ面倒くさいでしかないのを私は知っている。
どうにか止めないと…じゃないと今にも裁縫係に乗り込んでいきそう…なんて思った時「チャキッ」と抜刀する音が聞こ……え?


「え?」

「あいつだな…」

「ま、待った待った!善逸…」

「ゲス眼鏡覚悟おおおおおおお!!!!」

伸ばした手虚しく、持ち前の俊足を無駄に発揮した善逸は瞬く間に見えなくなってしまった。あぁ…血が…血が流れる…


「先程から騒がしいですけど、羽炭さんどうかされまし………」

「し、しのぶさん…」

「あぁ、あのゲス眼鏡ですか…本当、見境がありませんね…。カナヲだけでなく羽炭さんにまでこんな服を送り付けるとは…さて、どうしてくれましょうか」

「冗談の匂いがしない…!し、しのぶさん…!あの、さっき善逸が行ってしまって、だから…!」

「あら、善逸くんが…なら安心ですね。きっとゲス眼鏡を血祭りに上あげてくれるでしょう」

「全然安心できない!!」


底冷えするような笑顔のしのぶさんに戦慄いた私は善逸が人殺しになってしまうかもしれない事を恐れて裁縫係に走る。そしたらちょうど善逸がゲス眼鏡なる人の首を締め上げているところで、慌てて引き剥がして新しい隊服と交換する事で話が落ち着いたのだった。


「やっぱりいつもの隊服が落ち着くなぁ」

「…なぁ羽炭、お願いがあるんだけど…」

「ん?なぁ、に…」

「これ、着てくれない…?」


そう言って取り出したのは、以前ゲス眼鏡さんに突き返した破廉恥な隊服だった。というか…


「なんでこんなの持ってんの!?これ私が着るのすごく嫌がってたじゃない!!」

「だから!!俺と二人っきりの時だけ着て!!お願い!!んでもってできればそれ着たまま押し倒しぶへぇッ!!」

「馬鹿!!」





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ゲス眼鏡の魔の手にかかる夢主の話。

素敵なネタをありがとうございました!