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病に似合う花の色



がさり。がさり。生い茂る背の高い草を掻き分けながら、炭治郎は薄暗い獣道をひた歩いていた。鬱蒼とした木々のせいで空の色はわからないが、隙間から東の空がほんのりと白んでいるのを見るに、東雲が近い事を知る。

久しぶりの単独任務の帰りだった。蝶屋敷からそう遠くない村での任務だが、いくつか山を超えなければいけなくて、だからといって、炭治郎は山育ちであるがために山越えは別段苦だと思わない。
…むしろ、今は別の事に苦だと感じていた。


「なぁ、本当にこっちであっているのか…?」

「コッチ!コッチ!コノママ真ッ直グ、一直線!」

「(本当かなぁ…)」


鎹鴉の案内の元、森の中を歩いているわけなのだが、先程から結構な距離を歩いているにも関わらず一向に森を抜ける気配がない。
炭治郎の鎹鴉は物知りで優秀だが、些か意地が悪かった。怪我をしようが肋が折れていようが問答無用でそのまま任務に行かせるし、子供相手にも「啄き回すぞ」などと遠慮はない。それをよく知る炭治郎だからこそ、今回のこれも鴉の悪癖が出ているのではないのかと杞憂しているわけだが…


「真ッ直グ進メー!」


杞憂ではなく普通に不安であった。

歩けど歩けど代わり映えしない景色に炭治郎はひっそりとため息を吐く。もうじきに朝が来る。けれど、薄暗く日が当たりにくいこの森に長居するのは得策ではない。ないとは思うが、万が一にでも鬼が現れでもしたら…。そう考えれば炭治郎の足は自然と早くなる。

念の為に周囲を警戒しながら歩いていると、唐突に視界が開けた。ぽっかりと森に穴が空いたような開けた空間で、そこだけにたくさんの白い花が密集するように群生している。

突然現れたその空間に目を瞬かせた炭治郎だが、ふと花畑の真ん中ぐらいに、花の白とは少し違う色の白を見つけた。
鼻が利く炭治郎は匂いで人間と鬼の区別がつく。すん、と鼻を鳴らし、その白い物体が鬼ではない事を確認するが、念の為、いつでも刀が抜けるように臨戦態勢をとったままゆっくり近付く。できるだけ足音も、草の音も立てずに、ゆっくりと。
そうして謎の白い物体の全貌が明らかになった時、炭治郎はまるで流れる時間が止まったような錯覚に陥った。

それは、ただ純粋に白かった。人の形をした、どこまでも白い少女が花々の中に体を横たえている。身につけている衣類までも白く、それでいて異国の物なのか見慣れないものであった。
そんな少女を、夜が明けたらしい朝焼けの日の光が照らしている様子は神々しくもある。

ーー炭治郎は息を飲んだ。

あまりに突飛で神聖的な光景に息をするのも忘れて、そっと少女の傍らに膝を着く。男として女性の寝顔を覗き込むのは些か憚られたが、それが頭からごっそりと抜け落ちるくらいには少女に見入っていた。
あまりにも眠る顔が安らかだから、一瞬呼吸をしていないのではと危惧したが、規則正しく上下する胸を見て安堵の息を吐いた。同時に、その瞼に隠れる瞳を見てみたいと思ってゆっくりと手を伸ばした。

ーーが、そこでようやくはッと我に返る。慌てて反対の手で伸ばしかけた自分の腕を掴み、息を吐いた。


「(俺は一体何をしようとしていたんだ…)」


炭治郎は自分で自分の行動に驚く。何はともあれ、このままこの少女をここに置いていくわけには行かない。今は日が当たっているものの、夜になれば瞬く間に鬼に襲われてしまう。
そう思い直し、一度深く深呼吸をした炭治郎が少女を起こすべく再び彼女に視線を向ければ、まあるい目玉が至近距離で炭治郎の顔を覗き込んでいた。


「ッー!!?」


悲鳴こそあげなかったものの、あまりの近さと唐突さに思いっきり上体を反らした炭治郎はそのまま勢いよく尻もちを着く。その拍子にぶわ!と千切れた花びらが舞い上がり、炭治郎と少女に降り注いだ。


「(び、びっくりしたああああ!!)」


ばくばくと、変な風に脈打つ心臓を押さえつける。少女は眠っているものだと思っていた炭治郎は完全に虚をつかれていた。まさか起きて、しかも覗き込んでいるとは誰が思おうか。

どうにか心臓を鎮めてから少女に声をかけた。


「す、すまない…!少しびっくりして…。君は誰だろうか。こんな所で寝ていては風邪を引くぞ?」


さっきまで閉じていたはずの目がぼんやりと炭治郎を見つめる。透き通った淡い藤色の瞳に見つめられ、妙な緊張感を胸を走らせた炭治郎は所在なさげに視線を彷徨かせた。
少女は炭治郎の問いかけに答えず、じぃ、と炭治郎を見つめたまま。そんな少女の様子にへちょり、と眉を垂れ下げた炭治郎はもう一度少女に声をかけた。


「そういえばまだ名乗ってなかった。俺は竈門炭治郎。この森を抜けたくて歩いていたら君がここにいたんだ。君はどこから来たんだ?もし帰り道がわからないのなら、俺と一緒に行かないか?」

「……」


ーー無言。
表情一つ変えず、なんなら首を傾げる少女にいよいよ炭治郎は困惑した。

自分の声は聞こえているはず。なら、なぜ答えないのだろうか…。

そこまで考えて、二つの可能性が頭に過った。
まず一つは声が出ない事。そしてもう一つは、少女の見た目や服装から推測して、異国出身であるために言葉がわからないのではないか。という事だった。
同期の善逸ほど異国情緒に詳しくはないが、異国の人は見た目や言葉が違うという事はさすがの炭治郎でも知っていたからこその推測である。

とりあえず、まずは前者を試した。ジェスチャーをつけながら、声が出るかどうかを問いかける。こてり、首を傾げた少女に、今度は言葉が通じるかどうかを確認した。


「俺は、竈門、炭治郎」


ゆっくりと、まずは自分を指さす。


「君は?」


次に、手のひらを少女に向けた。そうすると少女は、ぱちり、瞬きを一つ。そして…


「たん、じろ?」

「!!」

「アリス」


たどたどしく紡ぐ炭治郎の名前。そして、自分を指差しながらそう言った。


「!しゃ、喋れるんだな!よかったー!てことは君は…、アリスは、言葉がわからないのか。困ったなぁ…」


少女…アリスが声が出ないわけではない事を知った炭治郎は喜んだものの、一瞬にしてその喜びは萎む。そう、次に浮上した問題は、言葉がわからないなら迂闊に近くの町に連れて行けない、という事だった。

表情が変わらないアリスではあるが、見目はとてもいい。それに加え言葉がわからないとなると、万が一変な輩にアリスが捕まって遊郭に売られでもしたら…

炭治郎の顔がさッと青ざめた。


「それはダメだ!!」

「?」

「……しのぶさん、怒るかなぁ…けどなぁ…」


ちらり。アリスを振り返る。当の本人は藤色の目を瞬かせて炭治郎を見つめていて、その視線に炭治郎の中の長男が掻き立てられたのか、一つ頷き、アリスの両手を握った。


「アリス、俺と一緒に行こう!」


こうして炭治郎は、朝靄燻る白い花畑の真ん中で、白い不思議な少女と出会ったのだった。




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