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透明な言葉、体



さわさわ。さわさわ。少女が歩く度に足元の草花が揺れる。素足に直接触れる土はさらりと柔く、暖かい。少女の体重がかけられる度に浅く沈む。
優しく、軽やかに響く草が擦れる涼し気な音は、紺碧の青が広がる空に溶け、ふわりと一陣する風に流されて消えていく。

白銀の大きな満月が、煌々と草原を照らす。行く宛てもなく、ただふらりふらりと歩き続ける少女の真っ白な髪が、時折吹く風に巻き上げられて宙を踊った。
少女に嵌め込まれた淡い藤色の瞳には、ただ広大な草原が広がるのみ。


「アリス」


ふと聞こえてきた少女の名前を呼ぶ声に少女ーーアリスは、くるりと白い髪を翻し、振り返る。
けれど、振り返った先には誰もいなかった。誰もおらず、先程アリスが歩いてきた草原が静かに揺れているだけの静寂の空間。

誰が自分を呼んだのか。姿は一体どこにあるのか。ぼんやりと思考をめぐらせながら、けれど、結局何もわからなくて、アリスは踵を返し、再び足を動かした。

ほんの数歩をアリスが歩いた頃、唐突にぱたぱたと足元に雫が落ちてきた。雨が降ってきたのかと思い夜空を見上げたアリスだけれど、夜空には雲一つなく、何ら変わりない白銀の満月と、たくさんの砂金を撒き散らしたような夥しい数の星々が瞬いているだけで雨なんて降っていなかった。

瞬きを数回。

すると、再びぱたぱた、と雫が落ちてきて、そこでアリスはようやくその雫が自分の目からこぼれ落ちている事に気付いた。

ーー涙。

そう理解した瞬間、とめどなくアリスのライラックの瞳から涙が溢れ出る。それが満月の光によって瞳のライラックを反射させ、まるで目から葡萄の飴玉が落ちていくかのようだった。

涙は悲しい時、辛い時に流れるもの。アリスは首を傾げた。なぜなら彼女の胸に悲しみなどは一切なく、むしろ晴れ渡る晴天のように清々しい。

…なのに、どうして涙が溢れるのだろうか。


「アリス」


また、声が聞こえた。太陽の日差しを纏う、木漏れ日のように暖かく、優しい声に、くしゃり、今まで一切表情が変わらなかったアリスの顔が歪んだ。

ゆっくりとアリスの腕が持ち上げられる。煌々たる月に手を翳し、届かないとわかりながらも掴もうとした。


「ーーー…」


アリスの口から紡がれたものは、静かに夜に溶けていく。
誰の耳にも届かず、響かず、ただただ静謐を揺蕩う風に揺られて空に溶けた。




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