×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
おやすみなさいの祈り



がさり。がさり。生い茂る背の高い草を掻き分けながら、炭治郎は薄暗い獣道をひた歩いていた。鬱蒼とした木々のせいで空の色はわからないが、木々の隙間から差し込む薄明かりが今がまだ深夜であると知る。細く欠けた三日月の夜の事だった。

ここに来たのは別段任務があるからとか、そういうのではなかった。なんとなく。ただ足が向かうままに歩き続けていたら、気付けばこの森に入り込んでいた。

歩けど歩けど代わり映えしない景色は随分久しぶりで、炭治郎はひっそりと肺に溜まった二酸化炭素を吐き出す。
まだ朝は来ない。鬼が世を跳梁跋扈するこのご時世で、鬼殺隊であろうともフラフラと見通しの悪いこの森を歩くのは得策ではない。だけど炭治郎には目指すべき場所があった。

ぽっかりと拓けた白い花が群生する花畑ーーここは、炭治郎がアリスと初めてであった場所だ。
あの時から数ヶ月の月日が経つのに、どういうわけかこの花畑の花たちは枯れることなく、あの時のままみずみずしく花弁を開いている。深く息を吸った。花特有の甘い香りに紛れて、ふと違う匂いをとらえた。
はッ、と目を見開き、花畑に目を向けると、ちょうど真ん中ぐらいに、花の白とは少し違う白を見つけた。
鼻が利く炭治郎は匂いで人と鬼の区別がつく。すん、ともう一度鼻を鳴らし、ばくばくと脈打つ心臓を抑えて歩き出した。
そうして白い花に紛れる白の全貌が明らかになった時、炭治郎はまるで流れる時が止まったような錯覚に陥った。

それは、ただ純粋に白かった。人の形をした、どこまでも白い少女が花々の中に体を横たえている。そんな少女を、細い三日月の月明かりが白銀に照らしていている様子は、神々しくも儚いものであった。

そっと少女の傍らに膝を着く。あまりにも眠る顔が安らかだから、一瞬呼吸をしていないのでは危惧したが、規則正しく上下する胸を見て安堵の息を吐いた。瞼に隠れる透き通った藤色が見たくて、炭治郎はそっと少女の頬に触れた。


「アリス」


名前を、呼んだ。太陽の日差しを纏う、木漏れ日のように暖かく、優しい声だった。ふるり、と睫毛が震え、ゆっくりと瞼が持ち上げられる。そうして、少しの間宙をさ迷っていた藤色が炭治郎を捉えた瞬間、まるで砂糖菓子を溶かしたようにとろりと目元が緩んだ。


「炭治郎」


最後に別れた時より随分流暢な言葉遣いになったなだとか、どうしてここにだとか、どうやって来たのかだとか、色んな事が頭の中を高速で駆け巡ったのだけど、アリスの自分を呼ぶ声を聞いてしまえばそんな事どうでもいいや、だなんて思ってしまう。
ゆったりとした動作で起き上がったアリスの体を炭治郎は抱き締めた。


「エルフナインがね、この世界の座標を探してくれたの。ナンムを通してわたしの中に入ってきた炭治郎の…し、深層領域?を辿っていけばできない事もないって言ってて、それで…」

「ちょ、ちょっと待ってくれアリス…話がその…難しすぎて…」

「わたしもよくわからないけど、とりあえずあっちとこっちの座標にアンカーをさしたから、これから自由に行き来ができるって言ってた」


どうやらアリス自身もいまいち理屈を理解できていないらしい。お互いに疑問符を大量に浮かべながら首を傾げた。


「…もう、会えないかと思った」

「わたしも」

「また向こうに帰ってしまうのか…?」

「ううん、ずっとここにいるよ。炭治郎がわたしをいらないって言うその時まで、ここにいたい」

「そんな事言うわけないだろ!?アリスはもう兵器でも道具でもなんでもないんだ、だから、これからは君の心のままに生きる事」

「心のまま…?どうすればいいの?」


きょとり、炭治郎は目を瞬かせたあと、おかしそうに笑いながらアリスの手を引いた。
あまりに勢いよく立ち上がったせいで足元に咲く花の花弁が千切れ、ぶわ!と宙に巻き上がり、炭治郎とアリスに降り注いだ。


「アリスが感じた事、やりたい事、全部やろう!」

「…うん!」


花畑の中、二人は手を繋いで駆け出した。木々の隙間から降り注ぐ三日月の光を宙に揺蕩う花弁が吸い込み、まるで蛍が飛んでいるみたいだった。
ふわり、吹く風が背中を押す。泥人形であった少女は人の心を手に入れた。それはかつて、彼女の“友”とも呼べるとある王の願いであり、祈りであった。託された少年は想いを胸に、少女と共に大地を踏み締める。





これは、人の想いを知った泥人形と陽だまりのような少年の小さな物語である。




prev * 34/36 * next