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永遠までは泣かないで



慌ただしくも、朝はやってくる。
明け方頃に蝶屋敷へと戻ってきた一行は、しのぶが用意してくれていた空き部屋に崩れ落ちるや否や、死んだように眠りについた。
響の腹や足に頭を乗せるクリスと翼。寝苦しそうにしながらも身動きが取れない響。壁に凭れて眠る宇髄。善逸は仰向けに転がり、その胸元に伊之助の足が乗せられてこちらも苦しそうである。蜜璃は猫のようにまるくなっていて、炭治郎とアリスは寄り添うようにくっついて眠っていた。「あらあら」部屋の様子を見に来たしのぶとアオイは顔を見合わせて笑う。そして、それぞれに風邪をひかないよう毛布を被せながら呟いた。


「おかえりなさい、皆さん」





そうしてほぼ丸一日に近い時間を寝こけてしまった彼らではあるが、起きてからは隠の手も借りて、ボロボロになってしまった蝶屋敷の修理に忙しなく動き回っていた。
その間に、今までうんともすんとも言わなかった通信機にS.O.N.G本部からの通信が入ったり、ギャラルホルンを通してこちらの世界とあちらの世界が繋がったり、事態は着々と終焉に向かって進んでいた。


「帰ってしまうんですね…」


無事に蝶屋敷の再建が終わり、カルマノイズやアダムを倒した事で目的を果たし終わった響たち。元の世界に帰るべく佇む彼女らと、そんな彼女らを見送るために並ぶ炭治郎たち。


「う"ッ…うぅ…響ちゃああん…行かないでよぉ…響ちゃん強いんだからさ、ここで俺を守っておくれよぉ…」

「あはは…」

「まだんな事言ってやがるのか、お前は!いい加減にしろ!」

「びぇッ…!」


ばびゅんッ!瞬く間に今度は炭治郎の背中に隠れた善逸に、クリスは頭が痛くなるようだった。そもそも、あの時自分を庇った時の頼もしい威勢は一体どこに行ったのか。その出来事は、クリスの中での最大の謎となっていた。


「何だか寂しくなりますね…」

「派手に楽しい奴らだったからな」

「派手に楽しい…?」



宇髄の言葉に翼は大量の疑問符を頭上に浮かべた。


「……なぁ、アリス…」


ふと、今まで黙っていた炭治郎がアリスの名前を呼んだ。呼ばれた本人はこてん、と首を傾げながら振り返る。「どうしたの?」そう聞くと、炭治郎は俯いたままアリスの手を握った。


「本当に、お前も行ってしまうのか…?」

「…うん、行くよ。だって、わたしは元々あっちの世界の存在だから、本来あるべき場所に帰らないといけない」


アリスが響たちと共にギャラルホルンを通る事。この提案はS.O.N.Gの総司令官である風鳴弦十郎が提示したものだった。
生ける聖遺物であるアリス。そしてアダムによる無理矢理な神造兵器化に、聖遺物エヌマ・エリシュを媒体に想い出の復元を行ったメディカルチェックをしなければならないのも理由の一つ。

寂しくない、と言えば嘘になる。というか普通に寂しいし、会いに行こうにも、炭治郎の世界にはギャラルホルンなんてものは存在しないし、そもそもの話、ギャラルホルンを通るにはシンフォギアを纏うのが前提である。それは逆も然りで、響たちがこうしてこの並行世界にこれたのはカルマノイズというイレギュラーがあったからこそなのだ。

炭治郎は唇を噛み締めた。引き止めたい。だけど引き止めれない。アリスがあのゲートを通ってしまえば、もう二度と会う事はできないから、悲しさも、寂しさも、こぼれ落ちそうな涙も“長男だから”と無理矢理腹の奥底に押し込めた。


「…たんじろう」

「…うん、ごめん。大丈夫……いや、大丈夫じゃないけど…なんて言うか…その…」

「また、あおう」


ばッ!と弾けるように顔を上げた。アリスの藤色の目が真っ直ぐと、炭治郎の赫灼色の目を射抜く。それだけで色んな感情が綯い交ぜになっていた心が落ち着くのだから思議な話だ。


「いつか…いつかもしまた出会えるのなら…その時はたんじろうのそばにいてもいい…?」

「…あぁ」


にっこり、アリスは笑った。そして改めてぎゅ、と炭治郎の手を握り締めて、するりと離れていく。
今度は炭治郎は止めなかった。すり抜ける手も、踵を返し揺らめく白い髪も、きつく握り拳を作って無理矢理下ろした。
響たちの隣でアリスが振り返る。瞬きする藤色溜まった涙は、だけど重力に従うことはなかった。別れの言葉はいわない。言いたくない。言ってしまえばもう叶わなくなる。たとえ可能性がなくとも、ほんの少しの“もしも”があるのならその奇跡に縋って願おう。
だから彼らはこう言うのだ。


「またね」


光が瞬き、視界いっぱいを覆う。そうして眩いほどのそれが収まった時、そこに彼女らの姿はなかった。地面の木の葉を風が巻き上げ、どこかへと流れていく。なんとも言えない寂しさに拳を握りしめ、空を仰いだ。

ある風の強い日の事だった。




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