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運命なんてない



虹色に瞬く光の柱が天高く登っていくのを見た。





錬金術とシンフォギアが織り成した決死の大技が、カルマノイズ諸共ナンムへと至ったアダムを塵にした。
倒したのだ、ついに。この世界の異変たらしめるカルマノイズと、再び立ち塞がったアダムを。だけど響たちは喜んでいる場合ではなかった。


「アリスちゃん!!」


地面に向かって真っ直ぐに落ちていくアリスを追いかけた響は、咄嗟にアリスを抱きかかえて地面に降り立つ。ぐったりと目を閉じるアリスの様子に既視感を覚えた。


「まさか、想い出を燃やしたのか…!」

「そんな…!どうして、アリスちゃん…!想い出を燃やしたら、もう竈門くんたちの事思い出せないよ…」


アダムもカルマノイズも倒した。なのに、どうしたって胸を燻る悲しさや虚しさをどこへやればいい。想い出は記憶とイコールである。想い出を燃やしてまでアダムを倒す事に尽力してくれたアリスに響は涙した。


「アリスちゃん…だめだよ…忘れちゃだめだ…だって、悲しすぎるよ…せっかく友達になれたのに…忘れちゃうの…?」

「立花…」


ぽん。翼は響の肩に、クリスは何も言わずに響の頭に手を置いた。
こんな結末誰も望んじゃないなかった。自分たちがアダムに力負けさえしそうにならなければ、アリスだって想い出を燃やさずにすんだかもしれない。
色んなたらればが三人の脳裏を過ぎる。だけどそれらは全て過ぎ去ってしまった事柄で、時間でも巻き戻さない限りどうにもならないのだ。

不意に、アリスを抱き締める響の肩を誰かが叩いた。弾けるように顔を上げた響はその人物を見て目を見開き、そしてクリスや翼も揃って困惑の声を上げた。


「竈門くん…」

「お前、なんで…」


そこにいたのは、もうすでに蝶屋敷にまで撤退していると思っていた炭治郎であった。
よくよく見てみると、少し離れたところに宇髄、蜜璃、伊之助、善逸とつい先程共闘した彼らが佇んでいて、響たちは余計に困惑した。


「アリスと話がしたい」

「…残念だが竈門、アリスは…」

「知ってます。想い出を燃やしたんですよね?俺と出会う前までの、俺たちと過ごしたあの日々の想い出全部」

「どこでそれを…」

「教えてくれた人がいました」


脳裏を過ぎるのは、アリスとよく似た顔の人物だった。彼だか彼女だか、ついぞ知る事がなかったあの人から託されたものを抱えた炭治郎は響からアリスを受け取り、頬を指でなぞった。
ゆっくり、藤色の瞳が開かれる。少し宙をさ迷わせた視線だけど、炭治郎が声をかけたことによりぴたりと固定された。「おはよう、アリス」こてん、アリスは首を傾げた。


「アリス……アリスとは、わたしのことでしょうか…それとも、べつの誰かのことでしょうか…」

「ううん、君の事だよ」

「…おかしいです。わたしはその呼称を知り得ません。…なにも、わからないのです…自分のことも、なにもかもがわからないのです…」


あなたはわたしを知っているのですか?わたしは一体だれで、どこから来てどこへ行けばいいのでしょう。
機械的に、たんたんと話すアリスは以前の無邪気な面影すらなくなっていた。それに寂しさと悲しさを感じた炭治郎は人知れず唇を噛み締める。…が、すぐに無理矢理口元に弧を描き、優しくアリスに笑いかけた。


「どこにも行かないよ。どこにも行かなくていいんだ。わからなくなったのなら、俺が手を引いてあげる。…だから、泣かないでアリス」


腕に抱えたエヌマ・エリシュの石版が、金色の光の粒子となって炭治郎の体の中に吸い込まれていく。エヌマ・エリシュは世界のあり方を記された七つの石版である。世界を綴ったそれには、ただの一枚で膨大な量の情報が組み込まれていて、それを取り込むという事は、文字通り“世界の断片を脳に刻む”事になる。

半ば自殺行為にも等しく、下手をすれば膨大な情報量に脳が耐え切れずに廃人になる可能性だってある。
だけど炭治郎は、世界の断片が頭の中に入ってくるのを甘受した。あいている手でアリスの目を塞ぎ、顔を寄せる。


「もう一度…今度は俺が授ける。名前も、想い出も、これから歩いていく道標も全部」


ゆっくりと、炭治郎の唇がアリスの唇に触れた。どこかで小さいものと大きいものの悲鳴が聞こえた気がしたが、それらを全部まるっと無視して、炭治郎は口付けたまま「ふ…」と息を込めた。
そうすると、炭治郎の中に溶けていたエヌマ・エリシュの断片が唇を通してアリスに流れていく。世界の断片となっていたエヌマ・エリシュは、アリスの中に入っていくと同時に“世界のあり方”から“人のあり方”という概念に再構築される。それは炭治郎の“アリスは人である”という強い想いがエヌマ・エリシュの概念を捻じ曲げた奇跡であった。

その概念に炭治郎が覚えている限りのアリスとの想い出を混ぜ合わせ、擬似的な記憶として転送・複写した。

唇を離した炭治郎はアリスの目を塞いでいた手をどけた。「アリス」優しく名前を呼べば、髪と同じ色をした睫毛がふるり、と震える。そうしてゆっくりと瞼を持ち上げたアリスは、炭治郎を視界に入れるなり藤色の目からボロボロと涙をこぼした。さながら葡萄ジュースのようなそれは、頬を伝ってしとどに地面に降り注いだ。「わたしは…」小さく口が動いた。


「わたしは、アリスのままでいていいの…?」

「あぁ」

「ずっとずっと、たんじろうやみんなと一緒にいてもいいの…?」

「だめだなんて誰が言ったんだ?むしろ、アリスがいてくれないと俺たちはすごく寂しいぞ」

「…そ、か…そっかぁ…」


泣きながら、だけど嬉しそうに、幸せそうにアリスは笑った。瞬間、アリスと炭治郎を中心に辺り一面が花畑に変わる。突然の出来事にその場にいた全員は戸惑い目を剥くけれど、山間から漏れ出る朝日に反射してきらきら光る花畑に誰もが感嘆の息をこぼし、見惚れた。


「きれい…」


誰がともなく呟いた言葉は宙に溶ける。柔く吹きすさんだ風はほんの少しの花弁を巻き上げ、降り注いだ。
そんな中で、アリスの手を取って立ち上がった炭治郎は微笑みながら言った。


「帰ろうか」




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