5000年後の今日も
『こノ後ニ及んで奇跡ダト!?笑わセルな!!』
ナンムの光輪が涼し気な音を立てて広がる。その光輪と、首をもたげた蛇たちの口に光が収束する。それぞれの口に紫の術式が現れ、宙を降り立つ装者三人に向かって一気に放射された。
けれどそれは素早く回避した三人に当たる事はなく、遠くの山を一つ消し去っただけであった。
クリスは腰のギアを限界まで広げ、さらに大量の巨大ミサイルを展開させる。
翼は足のギアとアームドギアを巨大化させ、青い光を纏わせた。
響は両手のギアを一束に束ね、巨大化させたのちにそれの回転を限界まで稼働させた。
三人同時に放たれるそれらはナンムの全身に撃ち込まれる。轟音を響かせ、土煙を上げてはいるもののあれで倒せたなどと思っていない三人は、さらなる追撃のために次の攻撃準備をした。
『この程度!!』
アリスの“再生”の権能で瞬く間に受けた傷をなかった事にしたナンム。けれど、そこから立て続けに受ける攻撃に防御を余儀なくされる。
そこはホムンクルスであれど、パヴァリア光明結社を取り纏めていた統制局長。怪物になれど馬鹿げた力は健在だった。
巨大な防御壁を張り、装者たちの攻撃を防ぐ。
「はあああああ!!」
『なッ…!』
だけど、エクスドライブモードとなった響たちにその程度の防御壁はガラスも同然。打ち付けた響の拳がナンムの防御壁を砕く。その横を夥しい程の紫の矢がナンムに向かって降り注いだ。
『ガッあ"ァ"ァァあァァああ』
全身を襲う痛みに蛇たち共々悶え苦しむナンム。攻撃は通っている。止めどない攻撃にナンムは“再生”の権能を使う暇さえない。
「翼さん、クリスちゃん!あのコンビネーション!やりましょう!」
「あぁ!」
「わかった!」
言葉を交わさなくても、お互いが考えている事がわかる。それは彼女らが共に訓練を重ね、修羅場を潜り抜け、培ってきた意思の共有だった。
響を真ん中に、翼、クリスがそれぞれ手を繋ぐ。息を吸い、吐き出す旋律は命を燃やす歌である。
「「「Gatrandis babel ziggurat edenal
Emustolronzen fine el baral zizzlーー」」」
再生し終わったナンムの目が、絶唱を紡ぐ装者たちに向けられる。“ぽーん”そんな音を響かせて、再びナンムの後頭部に浮かぶ光輪が広がった。
光輪に、蛇たちの口に、光が収束する。
「「「Gatrandis babel ziggurat edenal
Emustolronzen fine el zizzlーー」」」
絶唱を歌い終え瞬間、装者たち三人を中心に膨大なエネルギーが天に昇った。
「スパーブソング!」
「コンビネーションアーツ!」
そしてその負荷が一身に響へと流れる。エクスドライブモードで底上げされた適合係数のおかげでバックファイアに蝕まれる事はない。が、それでも骨を軋ませる程度には絶唱がかける体への負荷は大きかった。
『消エろおおオオオおオオお!!!』
ナンムの前に巨大な紫の術式が現れ、それに向かって閃光を吐き出した瞬間、一束に纏められたそれが巨大なエネルギー波として響たちに向かって放たれた。
「セット!ハーモニクス!!」
腕のギアを束ねた響は、三人分の絶唱を纏い、振りかぶった。
響から放たれる絶唱のエネルギーは七色を弾けさせながら、ナンムが吐き出した閃光と激突する。巨竜の咆哮のように轟くそれはせめぎあいを初め、衝突した場所の地面を深く抉った。
エクスドライブモードに、三人分の絶唱。互角だと思われたせめぎあいだけど、少しずつ、ほんの少しずつナンムが放つ閃光が装者たちを推していく。
「何なんだよ!エクスドライブモードでの絶唱なのに、押されるなんて…!」
「耐えろ、雪音!!今ここであいつを倒さなければ、この世界が滅びるぞ!!」
「わかってんだよそんな事!!」
わかっているからこそ、クリスは焦燥感に苛まれていた。もしこのまま押し切られたら。もしあの光に飲み込まれたら。この世界を守れなかったら。最悪のケースを常に考えてしまうクリスは歯を食いしばる。あと一歩。あともう一歩の力が足りない。この光を押し返すだけの、もう一人…ーー
瞬間、背中に小さくも暖かい手が添えられた。
「諦めないで!!」
アリスだった。錬金術で飛翔するアリスは響の背中に手を添え、周囲に四大元素の術式を展開させた。炎、水、風、土、それぞれの象徴たるエレメントが浮かぶ術式を重ね、そこから放った膨大なエネルギーをヘキサコンバートに合わせる。アリスの錬金術と相まって増幅されたエネルギー波は、押されていたナンムの閃光を押し返し始めた。
「まだ!まだわたしたちは負けてない!諦めないって事を教えてくれたのはみんなだよ!胸の歌を信じて!!」
「…!そうだとも!これしきのピンチはいつだって想定内!踏ん張れ!!」
ヘキサコンバートにアリスを加え、四人は歌った。暗い夜空に弾ける閃光は少しずつナンムの錬金術を押し返していく。
歌った。歌って歌って歌い続けてーーそんな中で、アリスは今日までの出来事を走馬灯のように思い出していた。
白い花畑で初めて炭治郎と出会った事。蝶屋敷で過ごした日々。接して関わった人々。ほんの数週間という短い間だったのにも関わらず、その短い間の中で様々な事を教えられ、学び、繋がりを得た彼女の中には必ず炭治郎がいた。
優しく、暖かい、陽だまりのような彼は蝶屋敷まで逃げる事ができただろうか。
禰豆子という家族が待つ場所へたどり着けただろうか。
そうな事ばかりが頭に浮かんでは消える。だけど、もうそれすらも思い出す事ができなくなるであろう。
優しい想い出も、暖かな想い出も、愛しく、切ない、かけがえのないものがあったとしても、大好きな炭治郎がいるこの世界を壊さないために想い出を力に変えた。
記憶を封じられていたとはいえ、アリスは5000年という果てしない年月を存在し続けた神造兵器である。5000年分の想い出も、大好きな炭治郎やみんなと過ごした想い出を、全部、全部、全部ーー
「全部燃えて力と変われええええ!!!!」
巨大なエネルギーの波となったヘキサコンバートがナンムの閃光を飲み込み、押し返していく。『ナぜだ…!この力は神殺しをも殺すモノのハずだ…!!たかダカ装者三人程度の力二なんて…!!ナンで、なンで、ナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ!!!! 』ナンムーー否、ナンムへと成り果てたアダムの絶叫が響く。
「人と人の繋がりを踏み躙ったお前になんか!!私たちは負けたりなんかしない!!繋がりを、開く拳を、馬鹿にするなああああ!!!」
響の咆哮に呼応するようにヘキサコンバートのエネルギーが増幅した。世界を覆い尽くす様に膨れたそれは、断末魔にも似た悲鳴を上げるアダムを飲み込み、大規模の爆発を起こす。
それはさながら、ひとつの惑星が消滅するような光景であった。
「(さようなら)」
地上に向かって、白い流星がこぼれ落ちた。
prev * 30/36 * next