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再び立ち上がる力を



「どうして…」


崩れ落ちる炭治郎を抱きとめた翼が呟く。だけど、わかっていた。炭治郎も気持ちも、アリスの気持ちも、守りたい想いも、使命感も、痛い程。どうして、なんて言ったって、それが野暮である事も。


「ごめんなさい。だけど、これしかやり方が思いつかないの。これ以上みんなを…大好きな炭治郎を巻き込みたくない。お願い、つばさ…」

「………不承不承ながら、了承しよう」

「ありがとう…」


炭治郎を背負い、足のブースターを起動させた翼。踏み出そうとしたほんの一瞬、ちらりと横目でアリスを見た。彼女はもうこちらを向いてはいなかった。藤色の目を原初の怪物に向け、睨み付けているのだろう。

誰につくわけでもなく、翼は短く吐いたため息を地面に落とした。





遠のくブースターの音を聞きながら、アリスは地面を蹴る。真横に薙ぐように腕を振るうと、アダムに向かって道のように緑の術式が宙に浮かぶ。高く跳躍したアリスはその術式を足場にしてアダムに接近した。


『小癪ナ…!!自覚しタ程度で、この僕ガ負ケルとデも!!』


アリスに向かって蛇たちが襲い来る。すぐ目の前に来た瞬間、アリスは一匹の蛇に飛び移り、今度はその胴体を駆け抜けた。自分を取り込もうと次々に襲い来る蛇たちを双剣で切り刻み、時に錬金術で蹴散らし、蛇から蛇へと飛び移りながら駆ける足は止めない。

ばくん!!足が蛇に噛まれ宙ぶらりんになったまま高く持ち上げられる。が、すぐ様風の術式を展開させ鋭い風の刃を作り出し蛇の首を切り落とす。落ちていく中で体勢を変えて再び蛇の胴体を走る。

走って走って走って走って走って走って走って走って!!

アリスの瞳が赤く瞬いた。眼前に四大元素の大きな術式を展開させる。


「散れ!!」


アダムの顔面目掛けて放たれる錬金術。膨大な力は想い出を糧とし穿たれる。大きな爆発音。足場を失くしたアリスは重力に従って落ちていく。やったか。そう思った瞬間、ばくん!!下から伸びてきた蛇の頭に胴体を噛まれた。


「がふッ!!」


口から飛び散る鮮血。まさか、と上空を見上げる。想い出をも燃やした一撃にも関わらず、アダムは倒すどころか、むしろようやくアリスを捕まえれた喜びに口元を歪めていた。


『捕まエタぞ。悪イ子だ、お前はつくづく、あの忌々しき王に洗脳サレテいるノだな』

「洗脳、だと…違う、わたしは学んだだけ…王様は教えてくれただけ。世界のあり方、人としてのあり方、それは全て尊く愛しいものだと、何もなかったわたしにあの人は教えてくれたんだ!!」

『尊いワけがナいダロう、そんなチッポけなモのが!所詮ゴミ屑さ!守る価値モ敬う理由もナケレば無意味なものさ!!』

「違う!!」


ダンッ!!突如上空から降ってきた響がアリスを咥える蛇に飛びついた。夜空を飛来する巨大なミサイルに、あれに乗ってここまで来たのかとアダムは気付く。
響は蛇の口に手をかけた。


「無意味なんかじゃない!!ゴミ屑なんかじゃない!!人と人が手を繋ぎあえる事は素晴らしい事だ!!それを教え、伝えたその人が貶される言われはない!!握った拳を開いて繋ぐ勇気は、お前みたいな人でなしにはわからない!!」


雄叫びを上げた。アリスを噛み締める蛇の口をこじ開けんと、力の限り叫んだ。腕のギアが稼働のし過ぎで黒煙を上げ、火花を散らす程回転させた。ギチギチと音を立て、少しずつ蛇の口が開いていく。そうして僅かにできた隙間にギアを引き上げた腕を捩じ込ませ、蛇の上顎目掛けて拳を突き上げた。

吹き飛ぶ蛇の頭に、すかさずアリスを抱きかかえた響はその場を飛び退く。同時に、タイミングをはかったように現れた翼が足のブースターをフル稼働させ、響の首根っこを掴んでアダムから離れた。


「ひびき、つばさ…!なんで…」

「もう、一人で全部やろうとするなんて水臭いよ!」

「え?」

「立花の言う通りだ。何のためのシンフォギアだと思っているんだ」

「た、炭治郎は…」

「案ずるな、ちゃんと宇髄さんの元へ送り届けてきた」

「そっか…」

「けど、本当にいいの?竈門くん、本当にアリスちゃんの事…」

「いいの」


響の言いたい事は十二分に理解している。けれど、それでもアリスは選んだのだ。この災厄を終わらせるため。もう誰も傷つけさせないため。「わかった」響は笑った。


「だけど、あいつを倒すのは私たちにも手伝わせて!」

「元々これがあたしたちの目的だからな。お前にばかりいい格好させらんねーっての」

「そういう事だ」

「ひびき、つばさ、クリス…」

「……だけど、正直な話、今の私たちであのアダムに勝てるかどうかわからない」


怪物と成り果てたものの、その根源は最古の兵器たるアリスの権能が組み込まれた、原初の怪物である。かつての人間はあれを“ナンム”と呼んだ。
それに加え、カルマノイズが憑依している事によって底上げされた力は、装者三人とエンキドゥたるアリスだけでは心もとないのも事実。「せめてエクスドライブモードが使えるフォニックゲインがあれば…」ぼやくクリスに、はッ、と顔を上げたアリス。


「なれれば倒せる?」

「なれればって、エクスドライブモードに?だけどそれには…」

「ねぇ、倒せるの?」

「…少なくとも勝算は上がる。だが、雪音が言うように私たちだけではフォニックゲインが足りない。それこそ、奇跡の一つでも起きない限り…」

「一瞬」

「アリスちゃん…?」

「ほんの一瞬でいい。わたしに時間をちょうだい。必ずその一瞬をわたしが永遠にしてみせる」


響たちを見つめるアリスの目は、どこまでも真っ直ぐだった。あの目を響は知っている。諦めないと、だとしてもと貪欲に吼え立て、抗う人間の目だ。
響の脳裏に一人の錬金術師が浮かぶ。手は取り合えなかったけど、想いは胸に受け取っていた。


「わかった。私、アリスちゃんを信じるよ」


胸の前で結んだアリスの手を響は握り締めた。その上を翼、クリスの手が覆う。


「背中は預けたぞ」

「吠えたからには大船に乗せさせてもらうぜ」

「ッ…うん…!」


響、翼、クリスはアダムーー否、原初の怪物、ナンムに向かって駆け出す。その背中を見送ったアリスは深く息を吐き、目を閉じた。


「ーー♪」


歌を紡ぐ。コトバを伴った音の旋律は、兵器にしてはあまりにも優しく、戦場に似合わないものだった。
アリスの足元に黄金の術式が広がる。さらにその周りに浮かぶアリストテレスの術式から溢れる膨大な力の風がアリスの髪を巻き上げた。

ナンムと戦闘を繰り広げる響たちが押され始めた。焦るな、焦るな、焦らせるな。

歌い続けた。刹那を奇跡に変えるために。呪いを祝福に変えるために。記憶の中の“誰か”が言ってくれた事を真実にするために。


「ひびきーー!!!」


膨大な力の柱がアリスを中心に、空を覆う分厚い雲を突き抜けた。それはナンムと戦う響たちをも飲み込んでいく。
アリスのフォニックゲインは、ただの一人で70億の絶唱を口にするキャロルに勝るものであった。エンキドゥであるからこそ世界と溶け合い、調和する事によって龍脈の力をも取り込む事を可能にさせた。


『ナに…!?』


雲が裂かれたことによって、そこから月明かりが大地を照らす。光が収束し、その中から姿を現したのはアリスの絶唱によってエクスドライブモードへと至った装者たちであった。


「もうこれ以上、お前の好きになんてさせない!!」




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