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どこにもない心臓の行き先



ただの泥人形であったわたしに人のあたたかさを教えてくれたのは王様だった。


ただの造り物であったわたしに人の醜さを教えてくれたのは王様だった。


ただの兵器であったわたしに“しあわせ”を教えてくれたのは王様だった。


きれいな事ばかりじゃなかった。たのしい事ばかりじゃなかった。
きれいがあるのと同じくらいきたない事がたくさんあって、たのしいと思うのとおなじくらい苦くて辛い事があった。


心も、感情も、めんどうだ。


ーーどうしてそんな物を持ち続けているの?めんどうなら、棄ててしまえばいいのに。


誰かが言った。心底胡乱であると目に見えてわかるような物言いだった。


そんな問い掛けに対して王様は言った。


それが“心”と言う厄介な代物を持って生まれた人間の性なのだ、と。


王様はおもしろそうな、つらそうな、それでいて愛おしそうに笑いながら言っていた。





ごぽり。吐き出した息が気泡となって昇っていく。わたしは今、どこにいるのだろう。何をしていたのだろう。…これから、どこへ向かうのだろう。


ーーどこにも行かないさ。君はただ、兵器としてその力を振るえばいい。今までしてきたようにね。


耳元でだれかが囁いた。
なるほど、わかった。歌えばいいのね。


ひたり、ひたり、体を這いずるように何かが蠢く。手足を掴み、末端から少しずつ黒い何かが覆っていく。


口を開き、旋律を紡ぐ。言葉なんてない、ただの音階の羅列は空中に溶けた途端に呪いに変わる。
神様がわたしにくれた歌は、だれかを不幸にしたり、悲しませたりする呪いの歌だった。


暗闇の中で歌い続けていたら、時々すごく体が痛くなる。手足がもがれるような、全身を引き裂かれるような、言葉では言い表せない程の痛みに悲鳴を上げるけれど、それでもわたしが歌うのをやめる事は許されなかった。


歌う。歌う。歌う。


「ーー!」


けれど、あれ?わたしはどうして歌っているんだろう。


「ー、ーー!!」


歌って、こんなに苦しい事だったっけ。


「ーー、ー、ー!」


歌って、こんなに楽しくない事だっけ。


「ー、ーー…!」


だれかが言ってた。わたしの歌は呪いじゃないって。だれが言ってたんだっけ。わかんない、だれか教えて。だれが言ったの?


ねぇ、だれか…


「アリス!!」


ーーパリーーーンッ!!


暗いこの空間に、ガラスが割れるようなけたたましい音が響く。ひび割れるそこから降り注ぐ眩しい程の光に目を細め、けれどその中から降りてくる“だれか”に目を奪われた。


「アリス」


光の中から傷だらけの大きな手を差し出したのは、赤混じりの髪を携えた人間だった。「アリス」優しい優しい声のその人は、だれかの名前のようなものを口にした。


「もういいんだ!これ以上はもう歌わなくていい!傷付かなくていい!」


傷付くって何?どうして歌わなくていいの?


「アダムの言いなりになんてなるな!」


言いなり、違う。わたしは言いなりじゃない。これが正しい事。あるべき形。何も間違いじゃない。


「違う!!」


人間の絶叫がこだました。苦しそうに顔を歪める人間は、なんだかつらそうだ。
つらそうで、かなしそうで、今にも泣き出してしまいそうな…


ーーずきッ


え?


胸が、いたい。なぜか、人間の苦しそうな顔を見ていると、わたしの胸が重たく、じくじくと痛む。


困惑。そして疑問。


そうしたら、目の前の人間はわたしに向かって手を伸ばしてきた。


「君は兵器なんかじゃない。笑ったり、泣いたり、悲しんだりできる人間だ。それは君と接してきた誰もが思っている事で、だからこそ善逸も、伊之助も、響たちも、君を助けるために戦っているんだ。…もちろん、俺も」


するり、大きな手が頬を撫でる。ほんのちょっぴりかさついた、だけどあたたかい人の温もりを感じた。わたしはこれを“知っている”ような気がした。


「帰ろう、アリス」


体中を這いずる黒い何かを無視して、片腕を伸ばした。黒い何かはそうはさせまいと、わたしを飲み込もうとぶわッ!と大きく広がるけれど、それらがわたしに届く前に“ばちん!”と弾けて消えた。

懐かしい、気配。“前”にもこんな事があったような気がする。

手を伸ばした。ずきり、ずきりと痛む頭を押さえて、目の前の“だれか”の手を掴んだ。




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