神話に触るみたいに
「無理だって無理すぎるって!なんで俺なの絶対役に立たないのに立つはずないのに!え、死ねって事!?そうなの!?だってあの怪物攻撃効かないじゃん!!つまり死ねって事じゃんッ!!イヤアアアアア!!」
「ごちゃごちゃうっせーぞ!!それ以上言ってみろ、ぶっ飛ばすからな!!」
「怖い!!怖いよクリスちゃんやだぶっ飛ばさないで!!ねぇ響ちゃんこの子怖い!!」
「あはは…」
響は己の腰にしがみつき、ギャンギャンと泣き喚く善逸とそれに対して眉を吊り上げるクリスを困ったように見つめた。「おい!その馬鹿から離れろ!」「響ちゃあああん!!」歳の近い男の子にしがみつかれるものの、抱きつく本人がこんな感じであるため“恥ずかしい”よりも“大丈夫かな”の心配の方が強い響であった。
「案ずるな、我妻。アルカノイズはノイズと違って、通常武器での攻撃が通じる相手だ。触れられなければ死ぬ事はないだろう」
「触れられなきゃでしょ!?翼さんたちはあんなあはんうふんな素敵装束のおかげで大丈夫だろうけど俺たちはそうじゃないかんね!?死ぬからね!?」
「だッ、誰があはんうふん装束だ!!」
「ぶごッ」
ついにクリスの右ストレートが炸裂した。ぴくぴくと痙攣しながら地面に伏せる善逸を、珍しく響は何とも言えないような顔で見つめ、そしてどうしようもなくため息を吐きたくなった。
「ま、まぁまぁ!要するに、そのアルカノイズ?って奴に触られる前に倒しちゃえばいいのよね?だったら大丈夫!任せて!」
「紋逸はなんで地面で寝てんだよ。地面が好きなのか?」
ふんす、と意気込む恋柱ーー甘露寺蜜璃と、地面に倒れる善逸をつんつんつつく嘴平伊之助。そしてーー
「何はともあれ、柱が二人もいるんだ。ぶっ飛ばしてやろうぜ。ド派手にな」
音柱ーー宇髄天元は善逸を踏みつけながら高らかに言い放った。
今回、炭治郎及びアリス奪還作戦のメンバーが耀哉によって集められた。装者三人と行動を共にするのは、善逸、伊之助、蜜璃、宇髄の四人である。
「ちょっと!!人を足蹴にすんのやめてくれます!?俺はあんたの足置きじゃないんですけどおおお!!」
「何はともあれ、炭治郎及び白い少女…アリスの奪還作戦に選ばれた俺たちなわけだが…」
「聞いて!?」
「お館様直々に頼まれたんじゃ、断るわけにはいかねぇからな」
ようやく宇髄の足から逃れた善逸は逃げるように響の背中に隠れ、宇髄を睨め付ける。そんな善逸にもはや諦めた響は、何もないものとして宇髄に向き直った。
「ありがとうございます!私たちの手助けをしてくれて…」
「あの方に頼まれたからな。それに、お前らが扱う力はド派手でおもしれぇ!」
「は、はぁ…」
「…とまぁ、御託はさておき、お前たちの相手の事、それと、憶測でも何でもいい、今わかる事を全部話してくれねぇか?」
そう聞く宇髄に、翼、響、クリスはこくり、頷いた。
敵ーーアダム・ヴァイスハウプト。響たちの世界にてパヴァリア光明結社と呼ばれる錬金術師たちが集まる組織の統制局長で、確かに響がその手で、その拳で倒したはずであった。
響たちがわかる範囲で錬金術の事、それにより創られたのであろうアダムのホムンクルス、それに自身の記憶を転送・複写する事によってホムンクルスが以前のアダムと同じ目的、行動をしているのではないかという事、そしてーー
アリス。ファウストローブを纏い、けれどアルカノイズからなほ、すみ、きよを守るような動作をした白い少女。未だアリスが何者かわからないが、決してアダムと徒党を組んで悪い事をしようとするような子ではないと響は信じていた。
「アダムがどうしてアリスちゃんを探していたのかはわかりません…けど、よくない事をしようといているのはわかります。…もう二度と誰かを傷付けさせない、悲しませない!だから私たちはここにいる!」
「…いいねぇ、そのド派手な心意気、気に入った!」
す、と宇髄は響に向かって片手を差し出した。「へ?」きょとり、目を瞬かせる響だけど、その差し出された手に込められた意味を理解し、力強く握り返した。
「改めて、俺たちの手を貸してやる。お前たちの力の前でどれ程立ち回れるかはわからねぇが、これでも柱だ。存分に使え!」
「はい!存分に使わせていただきます!」
「何はともあれ、まずはそいつを見つけださない事には何にも始まらねぇ。おい善逸」
「はいはいなんですか」
「お前、炭治郎の音がどこにあるのか辿れねぇのか」
「音…?」
「我妻くんはとっても耳がいいのよ!その人から発せられる音を聞き分ける事によって、その人が今何も考えてるのかもわかっちゃうの!」
「お前…ヘナチョコのくせにすげー特技持ってんだな…」
「ヘナチョコって言わないでくれる!?ちょいちょいクリスちゃん俺に対して辛辣なんだけ…あだッ」
「話の腰を折るな!辿れんのか、辿れねぇのか、どっちだ」
「辿れるよ、辿れますぅー!…けど、この世界にはありとあらゆる音で満ちてるから、いくら聞き慣れた炭治郎の音だとしても、この広い中からたった一人の音を聞き取るのは砂の中から一粒の砂金を見つけるようなもの。少し時間をください」
「いいだろう」
そうして善逸は目を閉じ、静かに耳を澄ませた。
「伊之助、お前はここら一帯の把握だ。できるだろ」
「へッ、誰に物言ってやがる!」
ーー獣の呼吸・漆ノ型 空間識覚
伊之助は優れた触覚をさらに研ぎ澄まし、広範囲の索敵を行う。風の流れる感覚。物がぶつかり生じる振動。全てを意識し、捉える。
善逸は音を。生き物の息づく音。揺れる木の葉。水。ありとあらゆる音を注意深く聞き分ける事。
二人が作戦に組み込まれたのは、優れた聴覚と触覚を持っているからであった。二人の二段構えでどこかに潜むアダム、そして連れ去られた炭治郎とアリスをより見つけやすくするため。
そうしてしばらくした頃、炭治郎の音を聞く前に、ふと善逸の耳が不思議な音を捉えた。金属が擦れるような、何か波紋が広がるような、形容しがたい音を確かに聞いた。
「なん、だ、この音…」
「何でもいい、言え」
「炭治郎の音じゃない…すごく嫌な音…耳が痛い…遠い、けど、少しずつ大きくなってきてる」
「…おい、おいおいおい…!なんかこっちに近付いて来てるぞ!!」
弾けるように伊之助と善逸が顔を上げた。瞬間、地響きのように大地が激しく揺れる。地球全体が揺さぶられているような錯覚を起こす程激しい揺れによろける彼らだが、どうにか踏ん張り、空を見上げた。
ーー瞬間、そう遠くない山向こうから天に向かって一条の光が放たれた。赤く、禍々しく輝く光は周囲一帯を照らし、広がる。そしてそれが徐々におさまる頃、その光の中から姿を現したものにその場にいた全員が目を見張った。
「なんだ、あれは…」
たらり、宇髄のこめかみに汗が滑り落ちる。蜜璃は絶句してそれを見つめ、善逸と伊之助はおおよそヒトが出すには禍々しい程の音と感触を聞き、感じて体を震わせた。
鬼殺隊となり、それなりの修羅場、死線を潜り抜けて来た二人と、柱として様々な鬼と対峙し、数字を持つ鬼を退けて来た二人ではあるが、未だかつて、あんなものに出会った事はただの一度もなかった。
それは全身は黒い鱗で覆われていて、赤く発光する幾何学模様が体に浮かんでいる。後頭部に大きな光輪と鋭い角を携え、白い髪に毛先に向けて紫がかった髪の先端には蛇のようなものが蠢いており、首をもたげて周囲を見渡していた。
巨大で膨大。ただそこにいるだけなのに、どうしようもなくそれは“化け物”であるとむざむざと知らしめられた。思わぬ化け物を目にして固まる四人。…だが、そんな彼らの前に小さな三つの背中が立ち並んだ。
「あれは、ディバインウェポン…!?」
「形状は似ているが、恐らくはまた別のものだろう。…しかし、アダムはあんなものを召喚して何をしようと言うのだ…」
「考えたってどうしようもねぇ。あの人でなしがやりそうな事だ。とっ捕まえて吐かせりゃわかるだろ。…けどまずは」
化け物の周囲にいくつもの紫の術式が広がる。その中でも一際大きな二つの術式から、巨大なアルカノイズが放たれ、さらにそのアルカノイズから夥しい程のアルカノイズが量産さらる。
三人はシンフォギアたらしめるコンバータを握りしめ、振り返った。
「宇髄さん、甘露寺さん。周囲に散らばるアルカノイズとあの化け物は私たちに任せて、あなたたちはまず竈門の捜索を優先してください」
「…できるのか」
「今更アルカノイズ如きが、あたしたちの敵じゃないんだよ。…正直に言う。多分、あのデカブツの相手は生身の人間じゃ無理だ。できるだけアルカノイズをそっちに近付けさせないようにはする。だけど、全部は無理だ。…あたしたちが取りこぼした分は頼んだ」
「任せて!これでも柱だもの、なんとかしてみせるわ!」
「…きっと、近くに竈門くんがいるはず。私たちも戦いながら探してはみますが…」
「いや、大丈夫」
「え?」
「た、炭治郎は俺たちに任せて、響ちゃんたちは自分たちの戦いをして…。正直ほんと…今日で俺の命尽きるんじゃないかとか思ってるし死にたくないし、怖すぎるし逃げたいけども!!炭治郎は仲間で友達ですからね!!泣きながらでも!頑張りますけど!!」
「我妻くん…」
「権八郎の事は俺たちに任せとけ!んでもって白豆も助けてやる!なんたって俺は親分だからな!」
「嘴平、お前…」
「つー事だ。俺たちができる事は俺たちでやる。…だが、悪いがメンバーは俺が決める。風鳴、お前はこっちだ。んで善逸、それと甘露寺、お前らは立花たちと行け」
「はあああああ!?今の聞いてた!?ねぇ聞いてた!?冗談なのはその筋肉だけにしろよ!?生身じゃ敵わないってわざわざ言ってくれてんのにそんな事言うの!?」
「宇髄さん、お言葉ですが我妻の言う通り、あそこはもはやシンフォギアを持たぬ者が行く場所ではありません。ならば…」
「いいや、こいつらでいい。むしろ、こいつらじゃないと駄目だ。こっちも色々予定が狂ってるんでな、炭治郎探しは伊之助だけでいい。だから善逸、甘露寺、お前らはアリスを探せ」
「は…」
「…あぁ、なるほどな」
宇髄の言葉に合点がいったクリスは納得したように頷いた。しかし、胸を燻るのは一抹の不安。耳がいいと言うのはわかった。けれど、戦場に立つ人間があぁもビビり倒していては元も子もない。クリスの危惧はそこであった。
そんな彼女の言いたい事を察した宇髄は、にかり、と不敵に笑う。
「安心、は、できないかもしれねぇが、こいつはいざと言う時はちゃんとやる奴だ。泥舟に乗ったつもりでいりゃあいいさ。それに甘露寺もいるんだ。そうそう下手な事は起こらないだろうよ」
「沈ませたらどうしようもねぇだろ!!」
「ひどくない!?」
「ま、まぁまぁ…!何にせよ、頑張りましょうね!」
クリスの最もな言い分に善逸が咽び泣き、そんな善逸を励ますように蜜璃が握り拳を作った。
「雪音、立花、何はともあれ、そっちは頼んだぞ」
「はい!」
「任せとけ」
「我妻も、甘露寺さんも、無理はしなくていい。危ないと思ったらすぐに雪音たちから離れるんだ」
「翼"さ"ん"ッ!!」
「わかったわ!翼ちゃんも、頑張ってね!」
「翼ちゃん…!?」
宇髄、伊之助、翼は炭治郎を探すため。響、クリス、善逸、蜜璃はアルカノイズの討伐及びアリスの捜索。それぞれはそれぞれの目的を果たすため、駆け出した。
そうしてまもなくして聞こえてくる歌は、終焉か、それとも奇跡か、まだ誰にもわからない。
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