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月の秘密を教えてよ



炭治郎の中でのアリスの印象は、赤子みたいな少女だった。
何も知らない、何もわからない、異国の人間にしてもあまりにも無知で人間たるなんぞやを理解していなかったアリスは生まれたての赤子のようで、けれど日を追う事に人間らしくなっていく彼女はそれでいてただ純粋な少女であった。


「アリス…?」


立ち込める土煙が晴れる頃、目の前に映る光景に炭治郎だけでなく、その場にいた全員が息を飲む。
助けようと手を伸ばした炭治郎も、アルカノイズを追いかけてきた翼や響も、助太刀にと駆け付けたクリスも、ただただ困惑に目を瞬かせた。

アリス、なほ、すみ、きよを囲うように現れた金色の術式は、アルカノイズの攻撃を悉く跳ね除ける。そんな術式に手を翳しているのは、高質量のエネルギーをプロテクターとして錬成させた鎧。かつて響たちS.O.N.Gと敵対し、ついぞ手を取り合う事が叶わなかった錬金術師たちの叡智であるーー


「あれは、ファウストローブ…!」


アリスの口が歌を紡ぐ。手が動く。流れるように、宙に円を描けば緑の術式が浮かび、その中心に風のエレメントたる紋章を放り込めばアリスの周りにいくつもの術式が現れ、アルカノイズたちに向けて突風が吹き荒れた。

風が空を斬り、赤塵が舞う。

赤く発光する瞳には影すらも何も映らず、耳には誰の声も届かない。風。水。炎。土。四大元素を使いこなし、それだけにとどまらず元素を組み合わせて錬成させる。無慈悲に、無差別に、無感情に、歌がもたらす奇跡をただ、目の前の“敵”へ全てを賭して力を放つ彼女はまさしく“兵器”のそれであった。



「なぜアリスがファウストローブを…!?」

「錬金術師だったってのか、あいつは!」


翼とクリスがそれぞれにアームドギアをアリスに向かって構える。…が、そんな二人を制すように立ち塞がったのは、響と炭治郎だった。


「ま、待ってください翼さん、クリスちゃん!」

「アリスに何するつもりですか!」

「見てわからねぇのか!あいつの纏うあれは紛れもないファウストローブ!錬金術師だぞ!今回のアラートだって、もしかしたらあいつが…!」

「錬金術とか何とか知らないが、アリスじゃない!俺が見つけて、ずっと一緒にいたんだ!何か悪い事をするような子じゃないし、それに……ッ!」


不意に響たちに炎の塊が飛んできた。翼とクリス、炭治郎は響に抱えられその場を咄嗟に飛び退けば、先程まで四人がいた場所は真っ黒に焦げていた。
土を焦がすほどの火力に冷や汗が落ちる。


「無差別かよ…!いくらなんでもハチャメチャ過ぎんだろうが…!」

「ダメだよクリスちゃん!」


がこん!アームドギアをクロスボウに変えたクリスはその鏃をアリスに向ける。…けれどすぐさま飛んできた響の声に大きく舌を打った。


「ちッ…!じゃあどうしろってんだ!」

「…俺が、何とかする」

「はぁ!?何とかって…何とかならねぇから今…!」

「何とかするから!」

「あ、おい!」

「ちょ、竈門くん危ないよ!?」


響の手をすり抜け、炭治郎は走った。アリスの目が炭治郎に向けられ、一斉砲火される。放たれ続けていた錬金術がアルカノイズを殲滅したおかげでその驚異に心配する必要はなくなったけれど、逆に今度は少しでも気を抜けば自分が焼き払われる可能性だってある。

炭治郎は息を吸い込んだ。


ー水の呼吸 玖ノ型、水流飛沫


少しでも地面への着地時間、動作を最小限に、四大元素の雨をくぐり抜け、走る。我を忘れているアリスに近付くため、早く、早く、最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に。

不意にアリスの手が動く。手のひらをこちらに向け、真横に向かって。それがただ伸ばされた腕でない事に炭治郎は気付いた。アリスの後ろで固まり、蹲る三つの頭。それ以上近付かせまいと、踏み込ませまいと守っているのだと、気付いてしまった。

だから声の限り叫ぶ。伸ばせる限り手を伸ばす。届かないじゃなく、届かせる。


「目を覚ませ、アリス!!」

「ーー」


破壊を紡ぐアリスの赤い瞳が苦しげに藤色に揺れた。その時ーー


目の前で、風の塊が吹き荒れた。


あと少しで届くはずだった炭治郎の手は風によって吹き飛ばされ、呆気なく体を後方に飛ばす。アリスが咄嗟に防御の術式を展開させたおかげで、その後ろにいたなほたちも事なきを得た事に炭治郎は安堵の息を吐くけれど、唐突に降ってきた声にその場のーー響、クリス、翼の纏う空気が変わった。


「こんな所にいたのかい?随分探したよ」

「お、お前はッ…!」

「なんたってここにてめぇがいやがる…!閻魔様の目掻い潜って逃げてきたってのか…!?」

「蘇ったのさ!言葉の通りね!だが僕であって僕じゃない。オリジナルが作り上げた予備躯体に想い出をコピペしたのがこの僕さ」


上空に浮かぶこの時代には不釣り合いな白いスーツを見に纏った男は嗤う。
響は拳を握り締めた。以前この手で倒したはずの敵が再び現れた事に、なぜ、どういう事なのか、色んな疑問が頭を巡るが、それらを抑えて真っ先に出てきたものは“また誰かを悲しませるのか”だった。


「アダム・ヴァイスハウプト!!」


普段明るく笑う響からは想像できないような怒りの匂いに、炭治郎は目を剥く。響だけじゃない、翼、クリスもまた同じような匂いをさせて宙に浮かぶ男ーー人でなしを睨んでいた。
響の雄叫びを聞いたアダムは口元を歪め、凄まじい熱量を集めた手のひらを響たちに向けた。


「久しぶり、忌々しい装者たち。…そしてさようなら。それを返してもらおうか」




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