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春の獣


「たんじろぉー!」


任務の帰り道、もうすぐ蝶屋敷だという所で不意に聞こえてきた声に炭治郎は目を瞬かせ、そして背後の茂みから急速に迫ってくる匂いに心底慌てた。


「ガッハッハッ!親分とその子分のお通りじゃー!」

「じゃー!」


茂みから飛び出してきたのは猪……の、頭を被った同期の伊之助と、その背後にちらつく白。


「い、伊之助!ダメじゃないか、アリスを蝶屋敷から連れ出しちゃ!」

「なんでだよ」

「なんでって…しのぶさんに言われただろう?アリスは屋敷から出ちゃダメなんだ」

「だから、なんで。なんでこいつは出られねぇんだ。俺たちは出れて、こいつはダメなのはなんでだ」

「だから…」


なんでも、という答えを伊之助が求めているわけではない事を炭治郎はわかっていた。わかっていたけれど、伊之助の質問に明確に答えられるのかと問われれば否、だった。
そもそもしのぶがアリスの行動を屋敷内だけに限定しているのは、アリスの出自があまりにも謎だらけであるためである。今となってはしのぶ自身もアリスの事を深く疑ってはいないものの、一応の念の為という事でそう決めていた。
と言っても、その真意を知る炭治郎ではないため、伊之助の疑問も言いたい事もわかってはいるのだけれど、反論できなきでいた。


へちょり、眉を垂らして答えあぐねている炭治郎と、猪頭を被っていて表情はわからないものの、どうしてなんだと言いたげな雰囲気を醸し出す伊之助。
そして、未だに伊之助に背負われたままの#name1はきょとん、と二人を交互に見つめた。


「ねぇ、おやぶん、さっきの。ぶわーッてやつ。もっかいやって!」

「ん?おぉ!いいぞ!」

「だ、ダメだ!」

「んだよ権八郎!さっきからダメしか言わねぇじゃねぇか!」

「もし何かあったらどうするんだ!」

「ハァアーン!?んなの、俺様がいるんだから大丈夫に決まってんだろ!」

「でも…」


炭治郎の中で二つの思いがせめぎ合う。しのぶの言いつけを破る事への罪悪感と、伊之助の言うように、屋敷の中だけじゃなくて外にも自由に行き来させてやりたいという気持ち。
腕を組み、唸って……くい、と袖を引かれた事で視線をそっちに向けた。


「たんじろ、おこってる…?」


伊之助の背中から手を伸ばしていたアリスが、目一杯眉を垂らして炭治郎を見上げていた。


「だって、おかおこわい…」

「、それは…」

「そとにでるの、よくない?」

「……」


炭治郎は思わず、口を噤んだ。アリスからする悲しみと戸惑いの匂いに、なんて答えたらいいのかわからなくなった。
本当は、屋敷の外にある花畑や、きっと珍しがるであろう町に連れて行ってやりたい。けれど、それができるのはちゃんとしのぶの許可が降りてからで、それが降りないと言う事は、何か理由があるはずなのだ。

けれどその理由を知らない炭治郎は、ダメだと言うしかできない。藤色の視線を浴びて、炭治郎はバツが悪そうに目を伏せた。


「…おやぶん、おろして?」

「いいのかよ」

「うん」


不意に手のひらに温もりが滑った。弾けるように顔を上げた炭治郎の目に、藤色の瞳が写り込む。いつの間にか伊之助の背中から降りていたアリスが、炭治郎の手を握っていた。

今度は炭治郎が目を瞬かせる番だった。


「たんじろが、だめっていうなら、わたし、やらない」

「え、でも…」

「たんじろが、いいよっていったときに、もっかいおやぶんに、ぶーんッてしてもらう。それだったら、いい?」


随分、人間らしくなったと思った。初めて出会った時は、ぼんやりと、人形のようだったアリスが人の感情を敏感に感じ取るようになって、喜ばしい事なのに、こうして“約束”で縛り付けてしまう事にひどく申し訳なさを感じ、唇を噛む。
そんな炭治郎に気付いたアリスが、指先で唇に触れた。


「きにしないで!わたし、たんじろのこと、だいすきだから、かなしいの、こまる」

「アリス…」

「おやぶん、ごめんね?また、こんど!あそんで!」

「…しゃーねーな。子分の頼みとありゃ、親分が聞かねぇわけにはいかねぇからな」

「へへ、おやぶんも、すき!」

「!な、何言ってやがるまっしろしろすけ!そんな事言われてもッ、嬉しくもなんともねぇよ!!」


がさッ!と大きな音を立てて伊之助は再び茂みに姿を消した。
ぽつねん、残された二人。少しの間静寂が包まれたが、それを先に破ったのは炭治郎だった。


「…ごめんな、アリス。本当はもっと自由に動き回りたいだろうに…」

「どうして?」

「どうしてって、さっき…」

「だって、たんじろがそとのおはなし、きかせてくれるでしょ?」

「、…」

「わたし、しらないことたくさん!だから、たんじろがいっぱい、おしえてね?」

「…あぁ、あぁ…教えるとも」


アリスの小さな手を、炭治郎は握り返した。ふとそこで、彼女が草履も何も履いていない裸足だと言う事に気付き、サッと顔を青ざめた。


「な、裸足じゃないかアリス!履き物はどうしたんだ?」

「ないよ?」


ころん、と首を傾げるアリスを見て、炭治郎は全てを察した。おおよそ伊之助の事だから、見つけたアリスをそのまま連れて行ったか、もしくは、履こうとしたけれど「そんなもんいらねーよ!」と一蹴したかのどちらかなのだろう。
はぁ。ため息を一つ。そして徐にアリスの背中と膝裏に手を回し、そのまま持ち上げた。


「わッ、わー!たんじろすごい!ちからもち!」

「ちょ、危ないから…!落ちないように羽織を掴むか、首に手を回すんだ」

「うん!」


ぎゅ、とアリスが握ったのは、炭治郎の羽織だった。本人としては特に何も考えずに、たまたま目の前にあったから掴んだだけなのであるが、ほんのちょっぴりだけ、炭治郎は寂しく思った。


「もう裸足で出歩いちゃダメだぞ?」

「うん!」

「履き物はわかるか?」

「うん!」

「…大丈夫かなぁ…」


依然として楽しげに足を揺らすアリスに何となく、一抹の不安を覚えたのだった。




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