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昼夜の淡いに欠けてゆく花



てくてく。アリスは蝶屋敷の廊下を歩いていた。特に何か目的があったわけではないが、いつも一緒にいる禰豆子が昼寝をしているため、暇を持て余していたのだ。


「あ、アリスさん!」


炭治郎はどこにいるだろうか、とふらふらしているアリスに声が掛かる。振り返ると、なほ、すみ、きよの三人が後ろに立っていた。


「なほ、すみ、きよ!こんにち、は!」

「こんにちは!」

「わぁー!お喋りが随分お上手になりましたね!」

「へへ、たんじろが、いっぱいおしえてくれた」

「そうなんですね!」


廊下に少女四人の楽しげな声が響く。まさかこんなにも早く誰かと出会うとは思っていなかったアリスは嬉しそうに笑いながら順番に三人に抱きつこうとして、ふと三人が大きな鉢植えを持っている事に気付く。よく見ると鉢植えの中にはスコップやら肥料やらが所狭しと入っている。


「これ、なぁに?」

「今から菜園のお手入れをしに行くんです」

「さいえん?」

「しのぶ様が使う薬草などを育てている所ですよ」


蝶屋敷にはたくさんの隊士が運ばれてくる。それは単に怪我をした隊士だけではなく、病気やら、鬼の血鬼術による毒、その他もろもろに使う様々な薬草が栽培されているのだ。

毒の知識に博識なしのぶは、同じくして薬などにも精通している。けれど彼女は一柱であるため、一人で全てをこなす事は難しい。であるからして、しのぶの代わりに菜園の世話をしているのはなほたち三人なのだ。

アリスは目を瞬かせた。菜園にはまだ行った事がないため、好奇心旺盛な彼女はその場所に大変興味を抱いた。
きらきらと藤色の目を輝かせる。


「おてつだい、する!」





***



「すみ、おわった!」

「ありがとうございますー!じゃあ、次はこの肥料をまいてもらってもいいですか?」

「うん!」


すみから肥料の入った袋を受け取ったアリスは言われた通りに土に肥料をまいていく。ただまくだけであるのだが、とても楽しそうにこなすアリスを見てすみも胸がほわほわとした。


「?」


夢中で肥料をまいていたアリスが菜園の端に来た頃、ふと何かが目についた。
それは大きな大木の根っこで、よく見てみれば所々腐っていて今にも倒れてきそうな桜の木であった。


「あ!アリスさーん!そっちは危ないので、戻ってきてくださーい!」


桜の木を見つめるアリスに気付いたすみが慌てて声をかける。振り返ったアリスは、こてん、と首を傾げた。


「これ…」

「随分前から倒れそうだから、しのぶ様に近寄らないようにって言われてるんです…」

「しぬの?」

「し…?まぁ、これだけ腐っていれば…」


「春には綺麗な桜が咲いてたんですよ」残念そうに呟くすみを見つめ、もう一度桜の木に向き直った。
きっと、長い年月を生きた木だったのであろう。今は枯れているものの、かつてはどっしりと大地に根を下ろし、太い幹は大の大人が腕を回しても届かず、広大な空に向かって広々と枝を伸ばしていたのだろうことが想像できる。

ふらり、アリスが徐に桜の木に近付いた。


「だ、ダメですよぅアリスさん!それ以上近付くと危ないです!」


すみの制止の声も聞かず、桜の木に向かって足を進めた。ついに根元まで来た時、アリスはそっと木に触れ、額をつけた。ざらりとした枯れ木特有の感触を額と手のひらに感じながら、アリスは問うた。


ーーいきたい?


アリスには聞こえていた。朽ちかけではあるものの、この桜の木はまだ僅か、ほんの微かな生命を息吹いている音が。


ーーいきたい?


もう一度、問いかけた。ただ純粋なアリスの問いに、桜の木は応えた。


ーーいきたい


「わかった」


アリスの口から、旋律。
言葉のない、ただ“音”と“音階”だけを並べた旋律は、けれど確かに、この菜園に響き渡った。
それは、離れたところにいたきよとなほの耳にも入り、顔を見合せた二人は旋律が聞こえる方へ走る。


「ー、ーー♪」


ぽわり、ぽわり、旋律に合わせてアリスの体が淡く明滅し、そして彼女の髪から、腕から、脚から、小さな光の粒子が飛び交う。
そんな幻想的で、けれどどこか現実離れした不思議な光景にすみはただ魅入った。アリスから湧き出る粒子が桜の木に吸い込まれ、同じように発光していく。まるでアリスと桜の木が一つになるような、そんな錯覚に陥る。


「♪ー…」


音だけの旋律ーー否、言葉のない“歌”に、この世界のありとあらゆるものが呼応した。


「おねがい」


気付けば歌はやんでいて、けれど依然として桜の木に額をつけたまま、アリスは呟いた。


「さいて」


祈りを込めた、願いの言葉だった。
それに、桜の木は応えた。みるみるうちに木に活力が戻っているのが目に見え、腐りかけた木は瑞々しさを取り戻し、だらんと垂れ下がった枝は力強く空に向かって腕を広げ、そして……


「わぁ…!」


ぽつり、ぽつり、蕾を増やしたそばから、枝々に桃色の花が渦のように咲き溢れる。初めは少しずつだったものが、気付けば満開の桜が雲一つない晴れ上がった空を背景に、この菜園に咲き誇っていた。


「すごい…」

「花が、咲いてる…!」


わぁ!と喜ぶ三人に、アリスも嬉しくなってくるくる回る。
ひらり、ふわり、風に吹かれた桜の花びらが菜園に降り注ぐ。


「でも、どうして急に咲いたんでしょうか…」


そしてあの時、アリスが歌うとどうして光に包まれたのか。
一部始終を見ていたすみだったけれど、考えても結局わからなかったから、とりあえずあとでしのぶに聞いてみようと今だけは咲き誇る桜にはしゃいだ。




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