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 #番外編:初めて自分と同じ人に出会う話






昼から夜に移り変わる逢魔が時は、文字通り“魔と逢う時”とも言う。そうじゃなくても厄介な体質である私は、背後から追いかけてくる気配を感じながら死に物狂いで走っていた。


「ッ…し、しつこい…!」


放課後に先生に呼び止められて、うっかり雑用を押し付けられてしまったがために遭遇してしまった所謂悪霊と言う名の類。ぼーっとして歩いていたのが悪かったのか、突然目の前に現れたそれにびっくりして声を上げてしまったのが運の尽きだった。

おおよそ人の姿とは程遠い、後ろを追いかけてくるあいつ。ほんとしつこい。体中に目玉みたいなのがたくさんあるし、複数ある手足を動かしてカサカサと這いずる様はまるでゴキちゃんだ。
やだやだやだほんとやだ。あの私のオンボロアパートにでさえ未だかつてゴキちゃんなんて出たことないのに、なんでこんなところで遭遇するの!?ゴキちゃんじゃないけど!!


『ア"…アァ"…!ア"ア"ァ"…!』

「(怖い怖い怖いって!!)」


いよいよ唸りだした悪霊に涙が出てくる。
この時間帯は他校の部活帰りの生徒やサラリーマンの帰宅ラッシュだからか、そんな中を血相変えて爆走する私に奇っ怪な目が集まる。だけど今の私はいちいちそれに反応できる状態じゃない。一刻も早くにどこかの神社に駆け込まなければいけないんだ!


「わッ…!」


唐突にガッ!と足がもつれた。あまり運動が得意じゃないうえに、普段の運動不足がたたってこのタイミングでもつれさすだなんて、本当に間抜けすぎる…
投げ出される体と、背後から迫り来る悪霊の気配。地面に倒れ込む痛みに耐えるためにぎゅッと目を固くするよりも早く、引き上げられるように腕を引かれた。


「こっちだ!」

「え…!?」


半ば無理矢理に体勢を立て直され、そのまま腕を引かれて再び足を動かす。「まだ走れるか!?」私の手を引いて走る彼に何とか頷いてみせた。
手を引かれるまま、導かれるまま走り続けた私たちは、ふと前方に見えてきた赤い鳥居の中に飛び込むようにして駆け込んだ。ずっと追いかけてきていた悪霊は、鳥居より中に入れないからかぐるぐると名残惜しげにさ迷ったあと、ふ、と煙のように消えた。


「大丈夫か?」


荒く呼吸を繰り返していると、目の前に差し出される手。そこで私は初めて今まで手を引いてくれていた人物の顔を見た。


「か、竈門くん…!?」


特徴的な耳飾りを揺らす彼は、同じクラスの竈門炭治郎くんだった。


「なんッ、ど…え!?」

「お、落ち着いてくれ!まだ呼吸も整っていないだろ?ほら、深呼吸して」


吸って、吐いて。竈門くんの言うままに息をすれば、少しずつ落ち着いてきた。「もう大丈夫」にっこり、笑う竈門くんをよそに、私の頭上には疑問符がたくさん舞っている。どうして助けてくれたの?とか、なんでここにいるの?とか、聞きたいことはたくさんあるはずなのに、あと少しのところで声にならずに喉の奥に消えてしまう。そんな私の様子を察してくれたのか、竈門くんは困ったように眉を下げながら口を開いた。


「鳩間さんは、“視える”んだよな」


視える。それを誤魔化せる程竈門くんはふざけた顔をしていなかったし、何よりも目が真剣なのを見て私は渋々、小さく首を縦に振った。


「店の手伝いしてたら、鳩間さんがよくないものに追いかけられてるのが見えたんだ。思わず引っ張ってしまったけれど、手は痛くなかったか?」

「あ、それは大丈夫…いや、いやいや、あの、竈門くんさ…」

「俺も視えるんだ」


あぁ、やっぱり。竈門くんの言葉が妙に腑に落ちた。彼も私と同じなんだって、喜べばいいのか、安心すればいいのか、同情すればいいのかわからないけれど、きっとそのどれもちがうんだろうなって思う。


「…竈門くん、助けてくれてありがとう」

「例を言われる程じゃない。…それより、鳩間さんはどうしてあんなやつに追われていたんだ?自分が視えるって知ってるなら、多少の撃退方法くらいわかってるはずだろう?」

「………………わかりません」

「え?」

「追い払い方…わからないんです…」


あらぬ方向に視線を向けていれば、信じられないと言いたげに竈門くんが目を見開いていた。
い、色々調べたりはしたんだよ!?けどさ、そのどれもが全然効果なくて、結局は筒状の塩を撒き散らすしか方法はないわけで。


「…なら、これを持ってるといいよ」

「これは…?」

「俺がいつも持っているお守りみたいなものかな」

「だッ、ダメだよそんな大事なもの…!竈門くんだって必要だから持ってたんでしょ?なのに私に渡しちゃったら…」

「俺は大丈夫。祓えないにしても、そこまで引き寄せる体質じゃないから。というか、俺より鳩間さんの方が危ないんだからな!悪霊ほいほいみたくなってるのに、塩だけしか持っていないだなんて…!」

「ご、ごめんなさい!?」


ぷんすこ怒りだした竈門くんに咄嗟に謝った。というか、竈門くん、私を年下みたく扱ってない…?なんだかそんな感じする…


「はい、これを肌身離さず持ってるんだぞ」


差し出された数珠を両手で受け取る。すごく不思議な色だと思った。黒いと思いきや、光に翳せばうっすらと赤に透き通るそれは、なんだか竈門くんの目の色に似ているような気がした。


「…ありがとう、竈門くん」

「どういたしまして。それと、何かあったら遠慮なく俺を頼るといい。…といっても、魔除けを作れるくらいで大した事はできないんだけどな」

「ううん、すっごく心強い!だって私、今まで同じ人と出会った事なんてなかったから…だから、嬉しい」

「…そっか」


自分と同じ、視える人に出会った。誰も助けてくれなくて、誰にも相談できなくて、怖いものから一人で逃げ続けていた私の手を掴んで引き止めてくれた竈門くんに泣きそうになった。

そして私はまだ知らない。存外すぐ近くに、私と同じような人たちがいた事を。








first ◇ end

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