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 #番外編:お菊ちゃん






ただの、人形だった。
はるか昔に、名のある職人の手によって作られた私。姿、形、髪の一本に至るまでが至高の作品とされた私は様々な人間の手を渡り歩いた。

私には職人の魂が宿っていた。
想いを込めて作られたものには魂が宿る。正しくそれを体現する私は付喪神のようなものだ。ただ私を手にした家族を見守っていたい。そんな思いで飾られていたというのに、人間はあろう事か、降りかかる不運を私のせいにした。

立て続けに運が悪い事が起こった。

子供が病弱死した。

とある一家が盗賊に襲われ、皆殺しにされた。

名のある階級の人間が大きなミスをおかして鞭打ちにされた。

これらはほんの一握りの出来事でしかない。たまたまだ。たまたまその人間の因果がそうであっただけで、ただの付喪神である私に不幸を呼び寄せる力なんかない。だというのに、人間は、悉く、全て私のせいにして。

棄てられた。何度も何度も棄てられて、何度も何度も拾われて、その度にまた何度も棄てられた。あの職人が一本一本丁寧に梳かしてくれた髪も、手ずから紡いだ着物も、宿した想いも、全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部。

なじられ、踏みにじられ、あぁ、人間とはこんなにも醜くて矮小な生き物なのかと、絶望し、幻滅した。
そんな私の妬みにも似た感情が周りを浮遊するよくないものたちを呼び寄せたのか、私はついに付喪神から呪いの人形へと身を落としたのだった。

脅かしてやったさ。怯えさせてやったさ。私を呪いと宣うのなら、そう振舞ってやる。時に不幸を、時に呪いを、私を手にしたお前たちに振りかけてやる。

けれど、とある家族に引き取られてからは、私はずっと蔵の奥底に仕舞われていた。ずっとだ。蔵は開けられる事がない。暗い中でずっと。
ある日、開けられない蔵から眩しい光が差し込んできた。誰かが入ってくる気配。けれど、何だっていい。誰でもいい。お前を呪い殺してやる。


「あれ、お人形さんがいる」


…そう思っていたのに、そいつが私に触れる手があまりにも優しかったから、思わず拍子抜けしてしまったのだ。
そいつは私を家に持ち帰り、髪をべっこうの櫛で梳かしてくれた。汚れた顔を拭いてくれた。所々解れ、ボロ切れ同然の着物を綺麗なものに変えてくれた。着物の切れ端ではあるが、上品な赤が映えるもので。


「ほぅら、綺麗になった!」


そう言って笑う彼女は正しくお日様のようであると思った。





「今日ね、かわいい小物見つけたんだよ。お菊ちゃんに似合うと思って買っちゃった」


ふと声をかけられて、意識が戻ってきた。人形なのに意識が戻ってくるだなんて変な話だが、実際に自我があるのだからあながち間違いではない。「帯留めにしてあげるね!」嬉々として私の前で袋を逆さまにする杜羽の手元を見つめた。

随分懐かしい事を思い出した。何十年も昔の話ではあるが、それでも鮮明に覚えているのだから記憶とは馬鹿にならない。それが私であるから余計なのだろうけれど。

杜羽は、あいつの孫娘だ。幼い頃から私を大層気に入っていた杜羽は、あいつが他界するのと同時に私を譲り受けた。両親を亡くし、祖母も亡くし、親戚をたらい回しにされた哀れな娘だ。生まれた時から杜羽の中に巣食う“あの子”がそうさせているのであっても、杜羽はそれを知らないのだ。


『杜羽をよろしくね』


あいつが息を引き取る前、唐突に私に向かってそう言ったのをよく覚えている。


「やっぱり桜にしてよかった。帯が黄色いからかわいいよ」

「(お気楽なもんだな)」


人間は愚かで哀れだ。どうしようもないくらいに。だけど、そんな愚かで哀れな人間たちのうちの一人を見守ってやろうと言うのだから、大概私も愚かなのかもしれないな。


「(言われなくともわかっているさ)」


だから、お前の代わりに杜羽を見ていてやるよ。呪いの人形に成り下がったとしても、受けた恩義を返せないほど私は落ちぶれちゃいないのだから。








first ◇ end

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