#22
真っ暗だった。
ただの闇じゃない。どろどろと、粘着質な空気で満たされたここは体にまとわりつく様に渦巻いている。
『おねえちゃん』
ぼーっと虚空を見つめていると、ふと私の目の前に誰かが立っているのに気付いた。ぼんやりと暗闇に浮かぶその人の顔は寸分違わず私と同じで、あまりに突然の出来事に思わず一歩後ずさった。
『おねえちゃん、ごめんなさい。ずっとおねえちゃんを傷付けていたの、あたしだった。色んなものをもらっているおねえちゃんが羨ましくて、そんなおねえちゃんと一緒にいたくて…』
その子の青白い手が私の頬にそっと触れる。体温も何も感じない、冷たい手。
『でもあの人に言われたの。こんなことしたってあたしはおねえちゃんと一緒になれないって。だからあたし、あっちに帰ることにしたの』
知らないはずだった。向こうは私のことを知っているようだけど、私はこの子を知らない。
…知らない、のに。どうしてこんなに胸が苦しいんだろう。頭では覚えていないけど、魂が覚えている、そんなふわっとした複雑な感覚だ。
『けどね、あたし名前をもらったんだよ。あの人がつけてくれたの。あたしの、あたしだけの名前…』
私の頬から冷たい手が離れた。そうしたらその子がどんどん遠のいていって、離れてほしくなくて手を伸ばした。
待って。ねぇ待って。
『ねぇおねえちゃん、あたしの代わりに、あの人に“ありがとう”って言ってくれないかな?』
お願い、置いていかないで。
『あの人からあたしの話を聞いて、時々でいいから名前を呼んで。…それだけで、あたしは嬉しいよ』
ねぇ、私を一人にしないで。
『何言ってるの?おねえちゃんはもう一人じゃないじゃない』
さようなら。あたしのだいすきなおねえちゃん。
そう声が反響した瞬間、目の前が白く弾けた。
「待って!!」
がばり、勢いよく体を起こせばすぐ近くで「うわ!」と悲鳴があがった。びっくりしてそっちを見れば、どういうわけか我妻くんが血塗れの姿で尻もちをついていて、私は卒倒するかと思った。
「あ、我妻くん…!?なんでそんな…!大丈夫!?ち、ちが…!」
「だだだ大丈夫…!大丈夫だから…!これは、その…こ、転んだんだ!打ちどころが悪くてこんな血塗れになっただけだから…」
「善逸、その誤魔化し方は少し無理があると思うぞ…」
「か、竈門くんも…!」
「平気か?」
「嘴平くん…!ど、どうしてこんな勢揃い…?」
「…鳩間さん、覚えていないの?」
我妻くんのその言葉が妙に引っかかって、思わず俯いた。
教室で吐血して、救急車で運ばれて、正直な話、そこからぷっつりと記憶が途切れてしまっているものだから、何が何だかわからない。
…けど。
「あの子が、いた…」
「!」
ぼんやりとだけど、覚えている。夢の中で私と対面したあの子。
「私と同じ顔の、誰かがいて…それで、ごめんねって、我妻くんにありがとうって言ってほしいって…」
「鳩間さん…」
「私、あの子を知ってる…けど、誰だかわかんなくて…!ねぇ、我妻くん、あの子は誰なの?きっと、忘れちゃいけない子なんだろうけど、私、わかんなくて…!」
「…鳩間さんには、双子の妹がいたんだよ」
唐突に、我妻くんが言う。あまりにも突飛な言葉だったから思わず竈門くんたちに目を向けるけど、二人が真剣な顔で頷くから、私はまた我妻くんに視線を戻した。
それから我妻くんは私に色々教えてくれた。私には流産してい双子の妹がいたらしい。事故をきっかけに急に霊感が強くなったり、霊たちを引き寄せていたのは私の中にその妹がいて、悪い気を吸い続け、結果自分でもコントロールができなくて無意識に垂れ流しにされていたそれに霊たちか引き寄せられていたんだそう。
…そういえば、今思い返してみたら、クローゼットの中に私が着ていたベビー服の色違いがあったのを思い出した。それだけじゃない。おしゃぶり、お人形、靴下。両親が何も言わないから私も聞かなくて、年月が過ぎていったんだ。
「名前をつけてって言われて、俺がつけちゃったんだ…ごめん…」
「どうして謝るの?」
「え?」
「私とその妹を助けてくれたのは、我妻くんじゃない。それに、きっと我妻くんに名前をつけてもらえて嬉しかったと思うよ」
「鳩間さん…」
「…本当にありがとう、我妻くん。竈門くんも、嘴平くんも、私と妹を助けてくれてありがとう…!」
感謝してもしきれない。
したたる涙をそのままに深く、深くおじきまをすれば途端に三人がわたわたと慌てだす。
「本当に、ありがとう…!」
こうして帳を下ろした夜は更けていき、一連の騒動は幕を下ろしたのであった。
first ◇ end
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