#21
「話…」
さっきより幾分か落ち着いた声音で彼女は呟いた。
「そう。俺は、君と話がしたいんだ。どうして鳩間さんに取り憑くの?君が水子で、鳩間さんのことを“おねえちゃん”って呼ぶのと何か関係がある?」
小さい子に語りかけるように、そっと、そっと話しかける。そうすれば彼女は、今まで抵抗していた力をふ、と抜いて顔を俯かせた。
「おねえちゃんは、おねえちゃんだよ…。産まれる前からおねえちゃんとずっと一緒で、生きていたらあたしはおねえちゃんと同じ歳なの」
ぽつり、ぽつり、彼女は呟く。
「けど、あたしはおねえちゃんと違って体が弱かったみたいで…お母さんのおなかから出てくる前に死んじゃった」
初めは子供の霊だから、年上である鳩間さんのことを必然的に“おねえちゃん”と呼んでいるだけなのだと思っていたけど…
鳩間さんに取り憑いているこの子は本当に鳩間さんの妹で、双子の片割れだった。流産、したんだ。
「鳩間さんは、そのことを知ってるの?」
「知らないよ。おねえちゃんはあたしのことは知らないし、お父さんもお母さんも言わなかったから。別によかったの、それで。おねえちゃんにあたしのことを黙っていたとしても、二人の心の片隅に“あたしがいた”んだって覚えてくれてたらそれでよかったの。けど…」
「忘れられて、悲しかったんだね…」
「そうだよ!悲しいよ、寂しいよ…!だって、あたしがいた証拠も何もない、悲しんで、忘れて、はいおしまい…だから、みんな死ねばいいって思った」
だけど、おねえちゃんだけは殺せなかった…
ぽたぽた。彼女の足元を涙が濡らす。次から次へと、とめどなく雨のように落ちていく。
「だって大好きだもん!おねえちゃんはあたしのこと知らないけど、おなかの中でずっと一緒にいたのはあたしで…!だから、おねえちゃんに近付く奴みんな大っ嫌いで、誰かに取られちゃうなら、あたしが向こうに連れてってやろうって…」
「けど、そんなことをしても意味ないって本当は気付いてるんだろ?」
「わかってるよ!そんなことしたっておねえちゃんはあたしを見てくれないことくらい!けど…!」
「寂しいんだよな…」
「、…」
わかるよ、その気持ち。誰にも相手にされなくて、誰にも気にかけてもらえなくて。俺もこんな体質だから、普通の人に視えないものが視えてすごく気味悪がられたし、耳もいいから余計に化け物扱いされて。
だけど、だからって鳩間さんを道連れにするのは違うと思うんだ。あの子はわかっている。わかっているからこそどうしようもなく自分を止められないんだ。
「善逸」
ゆっくりと両手を解いた俺に炭治郎が鋭く名前を呼んだのに、緩く首を振る。炭治郎は伊之助と顔を見合わせて、短くため息を吐いた後に手に握る縄をそっと地面に置いた。ほんと、つくづく話しがわかる奴だ。
そうすると目一杯張られていた縄が緩み、彼女を縛り上げていたそれはぼとり、と地面に落ちた。
なんで、と言いたげに目を見開く彼女に、震える膝を叱咤して近付く。身構える彼女だけど、俺から一切の敵意を感じないからかその場に座り込んでいる。彼女のすぐ目の前まで来るとゆっくりと地面に膝をつけ、小さな体をそっと抱きしめた。
「!」
身を固くする彼女の背中を、子供をあやす様に優しくなでる。
「大丈夫」
ぽん。ぽん。ぽん。
「大丈夫」
彼女に、自分に言い聞かせた。
「どうしたら、君は誰も恨まずにいられるの?」
「………な、まえ…」
本当に本当に小さな声で彼女は呟いた。
「あたしの…あたしだけのなまえがほしい…忘れないように、あたしがいたって知っていてもらえるように。それで、それで…おねえちゃんに呼んでほしいの…」
「…わかった」
誰かの、しかも女の子の名前をつけるだなんて超絶責任重大だ。今後誰かと結婚して子供ができない限り、ないであろう。
名前、かぁ…
少し逡巡して、ふと頭に浮かんだものをそのまま口にした。
「何のしがらみもなく、永遠(とわ)に、羽ばたき続けれますように。君の名前はーー」
first ◇ end
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