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 #18





意識はある。はっきりばっちり。上下左右、どこを見渡しても一面の闇は常人ならきっとすぐに気が狂ってしまうであろう。けれど、視界は依然不良ではあるが俺には“音”がある。例え暗闇で目が見えずとも、音を注意深く聞けばどこに何があるかある程度はわかる。

……だから、今俺の背後にいる何かをどうにかしたくて仕方ない。


「(怖い怖い怖い怖い怖い!!怖い!!何!?誰!?俺の後ろにいる奴誰なの!?お菊ちゃん!?)」


振り返ったところで見えはしないのだけど、絶対に振り返ってはいけないようなプレッシャーがひしひしと背中に突き刺さっている。お菊ちゃんの音ではある。が、俺が今まで聞いていたお菊ちゃんのものとは似ても似つかわしくない、怨みや怨念に満ちた禍々しい音で、ほんと…やめてほしい…


『ここは私の領域だ。あの世とこの世の狭間、とでも言えばお前はわかるか』


冷ややかな声。刺々しさを隠しもせずに言葉を紡ぐお菊ちゃんは続けた。


『ヘタレで、臆病者で、どうしようもなく情けないお前になぞ頼みたくはなかったのに』


へーへー、情けなくて悪ぅござんした。


『どうしたってお前以外にあの子を救える奴なんぞいなかった。私じゃあいつの足元にすら及ばない。返り討ちにあい、むざむざ這いつくばってお前に助けを求めるのは屈辱だったけど、けど…』


唐突にお菊ちゃんの纏う空気が変わった。音も、淀んだ恨みが一瞬で和らぐ。
なんだかお菊ちゃんが泣いているような気がした。


『頼む、善逸。杜羽とあの子を助けてやって…私じゃ救えない、私じゃあの子を導いてやれなかった』


ふと、急激にお菊ちゃんの声が遠のいた。待って、待ってお菊ちゃん!俺まだ君に聞きたいことがあるんだ!あの子って誰?取り憑かれたのは鳩間さんだけじゃないの!?


『今の杜羽はただの入れ物だ。あの子は杜羽をーーれーーこのまーー』

「待って!!なんて言ってるんだよ!全然聞こえない…!俺の耳が君の声を拾えない…!」

『水ーなんーーなまーをーーーー』

「お菊ちゃん!!消えちゃダメだ!!君が消えたら、鳩間さんが悲しむだろ!!鳩間さんは本当に君が好きで…!だから…!!」


どんどんお菊ちゃんの声が聞こえなくなっていく。少しずつ、少しずつ、闇に解けてしまうみたいにお菊ちゃんの声も気配も音も消えていってしまう。
あれほど怖かったのにいとも簡単に振り返って手を伸ばす。何も掴めない、何もいない。だけど…


『杜羽を、杜羽をお願いね。今までありがとうって、どうか、どうか…善逸ーー』










「お菊ちゃんッ!!」

「うわッ!!」


自分の存外でかい声に、急速に意識が戻ってきた。伸ばした手はなぜか目の前にいる炭治郎の腕を掴んでいて、ぽかん、と呆ける俺を伊之助はわけのわからない奴を見るような目で見ていた。


「何やってんだお前」

「え…え…?」

「善逸!よかった、目が覚めたんだな…!」

「目が覚めたって…」

「ここで倒れてたんだよ。チュン太郎に呼ばれて来てみれば、倒れてるし、息もしてなかったし…」

「息…」


そういえば、お菊ちゃんはあの暗い場所はあの世とこの世の狭間だって言ってたな…。え?俺死にかけてたの…?嘘すぎじゃない…?


「それより善逸、鳩間さんはどうしたんだ?病院に行ったんだろう?」

「そ、そうだ…!大変なんだ炭治郎…!」


かくかくしかじか。掻い摘んでではあるけど、大体の現状を二人に伝えればさッと顔色を変えた。「子分がいる場所の見当はついてんのかよ」いや、わからない。耳で鳩間さんの音を拾おうとしてるけど、何かに邪魔をされているかのようにちゃんと耳が働かない。

考えろ、考えるんだ。鳩間さんが好きそうな、行きそうな場所ーーーーーあ。


「どうした、紋逸」

「俺…わかったかも…」


確信なんてない。自信も、確証も、これはただの憶測で、この時間のない中にかなりリスキーな賭け。だけど…


「多分、あそこかもしれない…」


少しでも可能性があるのなら、俺はそこに向かって走るだけだ。そう思い足を踏み出した瞬間、この場に似つかわしくない軽快な電子音が響いた。発信源は俺のスマホで、その画面に表示された名前を見て思わず目を瞬かせた。


「じいちゃん…?」








first ◇ end

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