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 #11





四角い窓の外から見える景色は瞬く間に後ろに流れていく。近いものほど速く、遠くにあるものほどゆっくりと移ろう。私は電車から見えるこの光景が好きだった。

今日は我妻くんと約束した日。結局どこに行くか決まらなくて、無難に遊園地になった。

電車のドアを入ってすぐの手摺りがある位置。そこが私の定位置で、一番窓が見えるお気に入りの場所でもあるのだけど…


『みエてる…ミえテル…みえテル…』


窓ガラスに反射して写るソレ。つまり、私の背後。常備していた塩はついさっきじょッ、と言う音とともに黒く溶け、早々に意味がない事を知る。唯一の心の支えは、我妻くんのおじいちゃんが作ってくれたらしいこの数珠だけ。
これのおかげが、そいつは私の背後にいるものの近付いては来ない。

ぐちゃぐちゃで、何人もが寄せ集まって塊になったみたいなやつ。


「(はよつけ…!はよつけ…!はよ駅つけ…!)」


もう念じるしかない。半泣きになりながら手首の数珠を握りしめていると、ピロリン、と鞄から軽快な音が聞こえてきた。
震えそうになる手でどうにかスマホを取り出し、画面を開く。


“お土産よろ!”


どうやら友人からのようだ。ほっと息を吐き、返信を打とうと画面をタップした瞬間。ぶちり、電源が落ちる。


「えッ…?」


真っ暗な画面に焦りつつも、とりあえず電源を入れようと電源ボタンに指を付けた時…


『みェ…てる…?』


目の前に落落ち窪んだ顔。落ち武者みたいに髪が抜け落ち、血塗れで、もはや顔の原型さえ留めていないそれは、ご丁寧にもドアをすり抜けてわざわざ私の目の前に回ってきたらしい。

ぴしッ。握り過ぎてスマホの画面が割れた。


「…………………………」


ぎゅーッ、と唇を噛み締める。大丈夫、大丈夫、大丈夫ッ…!!平常心、平常心よ杜羽…!!今の私には我妻くんのおじいちゃんが作った数珠があるんだからッ…!怖いものなんて…!!

ーぱきんッ!


「(ええええええ!!ひッ、ヒビ入ったああああああ!!?!?)」


動揺した。それはそれは大いに動揺した。だ、だって!!我妻くんのおじいちゃんが作ってくれたやつなんだよ!?きっとめちゃくちゃ力が強いやつで、なのにヒビとか…!!嘘でしょ!?

そんな私の動揺を感じ取ったらしいソレの気配が変わった。


『みてる…ミえてる…みえてるみえてるミえテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテルミエテル』


ぎゃああああああああ!!!!どどどッ、どうするのこれどうするのこれええええ!!!
え、嘘でしょマジなのマジマジなの!?き、切り抜けないと!!どうにかして切り抜けないとマジでやばい!!
手首の数珠が次々とヒビ割れていく音を聞きながら必死に頭をフル回転させる。

そんな時、唐突にスマホの画面がついた。


“ごめん、少し早く着いちゃった。改札の前にいるね”


送り主は我妻くん。それにひどく安心し、もう一度大丈夫、と心の中で唱えて、す、とスマホをソレに向けた。


「わー、すっごくでかい積乱雲ー…でかすぎてびっくりしたー」


かしゃり。シャッター音。些か棒読みが否めないが、声が震えなかっただけ頑張った、私。
カメラに映り込むソレに泣きそうになりながらも写真を撮り続ける。そうしたら、私が見えていないと思ったのかぐちゃぐちゃのソレは『チガウ…ミえてナい…』とぼそぼそ呟きながら離れていった。

どッ!と滝のように流れる汗。私が降りる駅のアナウンスが聞こえ、崩れ落ちそうになる膝を叱咤してどうにか歩く。


「あ、鳩間さん!こっちこっ……!?」


改札の向こうに元気よく手を振る我妻くんが見えた。一人じゃなくなった安心感からか、私の限界が来たのか、ぼろぼろと両目からこぼれ落ちる涙を見た我妻くんがぎょッと目をひん剥いた。

周りの人も、急に泣き出した私をちらちらと見ながらも足を止めることなく脇をすり抜けていく。

ようやっと改札から出た瞬間、我妻くんがめちゃくちゃ慌てながら駆け寄ってきた。


「どどどどうしたの!?どこか痛いところでも…!?あ、お、おなか痛い!?大丈夫!?あそこのベンチあいてるから座ろう!!ね!?」

「うッ…うぅ〜…!あが、つまくんッ…!」

「!………大丈夫、もう大丈夫だから」

「うんんん…!」


色々と察してくれたらしい我妻くんは、泣きじゃくる私が落ち着くまで背中をさすってくれていた。
私が我妻くんになにかお礼がしたくてこの日を設けたのに、結局は気を遣わせてほんと、申し訳ない。

けど、ちゃんと挽回するから。今だけは我妻くんの優しさに甘えさせてほしい。
なんて、思いながら背中を撫でてくれる暖かい手を甘受した。








first ◇ end

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