#10
「鳩間さん、これ…」
ある日、我妻くんが数珠をくれた。透き通った綺麗な赤い数珠だけど、中にほんのりと何かの模様がある。
「これは…?」
「昨日じいちゃんが帰ってきてさ、作ってもらったんだ。ほら、鳩間さんめちゃくちゃ引き寄せるじゃん…?聞けばこの前も変な列に並んでたって言うし…」
「あー…あれは…」
思い出したくもない事実である。死にそうな顔であらぬところを見ていたからか、我妻くんがわたわたと慌てて「ご、ごめん!思い出させるつもりじゃ…!」と両手を振った。いや、違うんだよ…気を遣わせてごめんね…
「ありがとう、我妻くん。大事にするね」
「へ?あ、いや、うん…ウィッヒヒ」
ウィッヒヒって…笑い方よ…。
くねくねと照れ笑いする我妻くんに軽く引いた。…あの時から、我妻くんはこまめに私を気遣ってくれるようになった。昼休みの度に教室を覗いてくれたり、話しかけてくれたり、逆にこっちが申し訳なくなるくらいに。
何か、彼にお礼ができないだろうか。いつもしてもらってばかりだから、今度は私が我妻くんに何かしてあげたい。何がいいかな…
しばし思考……………………あ、そうだ!
「ねぇ、我妻くん、今度の土曜日ってなにか予定ある?」
「土曜日?いや、特に何もないけど…」
「ならさ、一緒にどこか行かない?」
「え」
「今までのお礼をさせてほしくt」
「エエェェェェェェェ!!!?」
「!?」
我妻くんの突然の絶叫に鼓膜がやられた。
くっそうるさい!!なに!?なんなの!?なにがあったの!?てか、叫ぶから!!周りにいた人たちがめっちゃ見てるじゃん!!やめてくれる!?
なんて、心の中で(弱い)叫びながら未だキンキン言う耳を押さえて我妻くんを見る。…………なんか、変顔が極まっていっそ怖い。打ち上げられた魚みたいになってる。
「………我妻、くん…?」
「それってさァ!!それってさァ!?デート!?デートだよね!?え、ほんと!?嘘じゃない!?夢!?死んだ!?死んだの俺!?ついに!?イィヤアアアアアア!!!嬉しいけど死にたくない!!!あ、でも夢ならこのままでも…!!」
「ちょ、落ち着いて我妻くん!!夢じゃないし死んでもないから!!物騒な事言わないでくれる!?」
「ゆ、夢じゃ、ない…?」
「現実です」
「嘘じゃない…?」
「本当です」
「………へへ」
さっきまでの変顔と打って変わって、ふにゃりと頬をゆるめる我妻くんに心臓が変な風に鳴った。…え、何今の音。
謎の感覚に首を傾げつつも、我妻くんに声をかける。
「我妻くんはどこに行きた、」
けれど、それ以上は言葉にならなかった。
さっきまでのふにゃ顔はなんだったんだってほど顔を真っ青にして、心無し涙目になっている我妻くんの背後に佇む影。
髪の長い女の人だった。ボロボロだけど、どこかの学校の制服を着てるのはわかった。異様に細くて血塗れのその人はあちこちから顔が生えていて、しきりにぼそぼそと何かを呟きながらも、何をしてくるでもなくただその場に佇んでいる。それが余計に私たちの恐怖を加速させた。
『ありエないよね』
『マジうけル』
『どう思ウ』
『あいツさァ』
『ほンとウザぃ』
『ねぇ』
『おィ』
『ねぇ』
『ねェ』
『ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ』
「あ、我妻くんッ!!」
めちゃくちゃ怖い。今にもちびりそうだし、この前竈門くんと遭遇したあの列や、親分が追い払ってくれたやつの比じゃないくらい怖い。
けど、震えそうになる声を押し込めて、恐怖で張り付いた喉を無理矢理こじ開けた。
白目を剥いて今にも失神しかけていた我妻くんが帰ってきた。
私は彼の手を引き、踵を返す。
「我妻くんのクラス、次は移動教室じゃなかったっけ…!?早くしないと置いていかれるよ!」
「えッ、あ、うん…!そう!次体育なんだよね…!いやー、危ない危ない…!教えてくれてありがとう鳩間さん!」
「どーいたしまして!」
お互いに謎のハイテンションで喋りながらその場を去る。ビシビシと背中に突き刺さる視線、だけど、憑いて来る気配は…ない。廊下の角を曲がり、階段の踊り場に差し掛かったところで詰めていた息を全力で吐き出した。
「何あれ何あれ何あれ…!?怖すぎでしょなんなの嘘過ぎない!?前あんなんいなかったじゃん誰だよつれてきたのはッ!!」
「ね、ねぇ我妻くん…あぁいうのって前みたいに祓ったりできないの…?」
一人泣きながら騒ぐ我妻くんの袖を掴みながら聞くと、途端にしょん、としおらしくなってこぼした。
「あぁいうのって、あまりむやみやたらと祓わない方がいいんだ…。今のあいつも、多分だけど…学校特有の色んな負の感情の寄せ集めなんだと思う。下手に祓って余計に悪化させたり、怨みを持たれた方がよくないから。…だけど、前の鳩間さんみたいに悪意を持って近付いてくるようなやつはちゃんと祓うよ?じゃないと危ないし…」
「そう、なんだ…」
「…見える人とか、そういう敏感な体質の人には結構キツいかもしれないんだけど、本当は見えないフリをするのが一番いいんだよ。うっかり見えてるってバレると、どこまでも憑いてくるし、下手すれば殺されるかもしれない…。だから、できるだけこれを肌身離さず持ってて」
「…わか、た…」
「気休めかもしれないけど、ないよりかは絶対にマシだから」
どうやら私が思ってる以上に、祓い屋さんにも事情や理由があるらしい。まぁ、でも納得はする。そこにいるからってぽんぽん祓ってしまえば恨まれもするよね…
我妻くんからもらった数珠を手首に通し、ふと何となしに横目で階段を見上げた。
そこには、さっき我妻くんの背後にいた女性が壁から覗き込むように顔を出していて、目が合う前に逸らした私は今度こそ我妻の腕を掴んで走った。
first ◇ end
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