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「ゆきめ、ちょっといいかしら?」


縁側で食堂のおばちゃんから頂いた団子をもそもそと頬張っていると、くのたま唯一の六年生である松崎莉子先輩がやってきた。


「ふぇんふぁい?ほーひはんへふは?」

「口の中のもの飲んでから喋りなさいな」

「ん〜……んぐ。はー、おいしかった」

「本当、あなたはおいしそうに食べるわね」

「えへ」

「それはそうとして、明日の授業の事なのだけど…」


莉子先輩は困ったわ、と言うように頬に片手を当てた。一体どうしたというんだろう。明日は私と莉子先輩の2人で町に実習をしに行く予定だったはず。
何かあったんだろうか。


「何か問題でも?」

「問題という程ではないのだけど、明日は忍たまの三年生が女装の授業があるみたいなの。けど担当の先生が体調を崩してしまったらしくて…。かわりに私たちが化粧を教えてあげられないかって依頼があったのよ」

「へぇー、それはそれは…」

「人に教えるのも授業だってシナ先生はノリノリなんだけれどね。ゆきめはどうしたい?一応私とあなたの2人でする手筈にはなっているけれど、授業といえど断ることはできるのよ?くのたまにだってやることがないわけではないのだから」


すとん、と私の隣に腰を下ろした莉子先輩に団子を1本差し出す。「ありがとう」とどこぞのお姫様のように微笑む先輩は美人がぶっちぎっていっそ眩しい。後光で目が潰れまする。

…それはそうと、私たちが授業…ねぇ…
別に嫌ではない。新人教育というのはどこの世界にも必ずある事だし、そのシミュレーションを今できるとなればやらない手はない。
それに、忍たまであろうと後輩には変わりないからね。


「私は構いませんよ。人に教えることによって、自分の復習にもなるんですから。それに、実際に女の私たちがレクチャーした方が彼らにもわかりやすいかと」

「それもそうね。なら、そうシナ先生に伝えるわね?」

「はい、お願いします」

「あの子達には潮江や七松みたいなみっともない女装をしてほしくないもの。仕込むわよぉ」

「ん?お、おう…」


なんか急に莉子先輩が意気込み出したんだけど。あ、腕がなるのね。三年生といえど顔は整ってるもんなぁ〜。
そして潮江先輩や七松先輩、食満先輩の女装を誰よりも近くで見てきた莉子先輩はどうやら徹底的に三年生に化粧のあれこれを叩き込むそうだ。るんるんとかわいらしくスキップしながら去っていく莉子先輩の背中を見て思った。


「…私はサポートに回ってあげようかな」


お淑やかの代表である莉子先輩だが、あぁ見えて結構…いやだいぶスパルタ教育方針である。今では少なくなったけれど、上級生になったばかりの頃はよく泣かされたなぁ…。怖すぎて。

ぼんやりと団子を咥えたまま遠くの方を見つめていると、どこかでカラスが「あほー」と鳴いた。無駄に貶された気になって腹たった。





* *





「…てなわけで、今日の授業は私たちが代理で行います」


三年生の教室にて。今回は3つの組を同時に教えるため、三年い組の組に全員集まっての講義である。
そして彼らは、くのたまが自分の教室にいて、しかも先生の代わりに授業をしているという緊張からなのか恐怖なのか大体の子たちが目をあらぬ方向に逸らしていた。
いや、うん…気持ちはわかるけど露骨過ぎんだろ。逆に傷付くわ。


ーバンッ!!


「「「……………」」」


唐突に黒板を叩いた莉子先輩に教室内が凍りついた。


「いいですか皆さん。私が指導するからには生半可な気持ちでこの授業に臨んでもらっては困ります。皆さんが完璧な女の子になれるよう基礎からきっちり叩き込むつもりです。どこぞの潮江や七松のようなみっともない女装なぞさせるつもりは微塵もありませんので悪しからず」

「(どこぞの…)」

「(潮江先輩と七松先輩……)」

「(もはや匿名ですらない…)」

「(莉子先輩ちょー怖い…)」


笑顔なのにちっとも笑顔に見えない…
そして硬直を通り越してついに震えだした三年生(特に富松と三反田)がさすがにかわいそうになってきたんだけど…。
とりあえずにっこりと(一部からは鬼の笑みに見えている)微笑む莉子先輩の肩を震える手で叩く。


「り、莉子先輩…そろそろ始めましょう…」

「あら、そうね。じゃあまずは自分の思うように化粧をしてみてくださいな」


その言葉を合図に各自思い思いに化粧道具に手を伸ばす三年生たち。その様子を莉子先輩と分担して、個々がどのように化粧をするのか顔の特徴と共にしっかりとメモる。


「終わりました」


そうこうしているうちに、どうやら1人目が化粧をし終わったみたいだ。
意外にも一番乗りは浦風藤内で、莉子先輩に軽く目配せして私が彼の元へ向かった。


「一通り見てたけど、手際がよかったよ」

「予習してきたので!」

「…うん、予習してるだけあってバランスも取れてるし、色使いもいい感じ。かわいい系を目指したのかな?かわいいよ、浦風」

「あ、ありがとうございます…」


なんだ、もじもじと。かわいいかよ。


「強いて言うなら……浦風さ、その化粧って予習した時と同じようにしたでしょ?」

「え?あ、はい。そうですが…」


浦風の予習を怠らない気概は素晴らしいものだと思うけれど、逆に言うと応用がききにくいのが難点だ。
女装といえど立派な変姿の術の1つで、同じ化粧しかできないとなると変装をするにはかなりの痛手になる。臨機応変に、その場に合わせて化粧を変えないと目敏い人や同業者にはすぐに見破られてしまうのだ。

それを浦風に噛み砕いて伝えると、いまいちピンときてなさそうな顔をしていた。まぁ、まだ下級生だし三郎のように常に変装してるわけじゃないものね。


「つまり、女装の任務で標的から情報を聞き出す時に、その標的の好みの女の子に化けた方が都合がいいってこと」

「なるほど、俄然わかりやすくなりました!」

「浦風の場合、顔立ちは整っているんだよ。目も大きいし鼻筋も通ってる。だからこそもったいない。ちょっと手直しするね?
普通に瞼の上に色を乗せるのもいいんだけど、目尻に色を持ってきてあげて、こうすると…ほら、切れ長の美人顔になった」

「ほ、本当だ…!全然雰囲気が変わった…!」

「色を乗せるポイントを変えてあげるだけでも結構印象って変わるんだよ。浦風は基礎はちゃんとできてるから、あとは化粧のレパートリーを増やそうね」

「はい!さっそく部屋に戻ったら復習しなきゃ…!」


意気込む浦風に一抹の不安を覚えた。
うーん…そういう事だけどそういう事じゃないんだよなぁ…。でもまぁ、復習は大事だもんね。うんうん。
どうにか自己解決させた私は、次に呼ばれた子のところに足を運んだ。途中ちらりと見えた富松は莉子先輩に化粧の手直しをされていて顔が真っ青になったり真っ赤になったり冷や汗をかいたりなんか1人でめっちゃ忙しそうだった。





「…だいぶ様にはなったようね。約2名程怪しい子がいたけど、とりあえずは及第点とします」


一通り全員にアトバイスを終えたところで莉子先輩が声を上げた。その言葉に神崎と次屋がさっと顔を背けたけど、莉子先輩はにっこりと微笑んだだけであった。


「今回は異例の授業でしたが、それでも多少動揺することはあれど皆さんの授業態度は素晴らしいものでした。
自分の未熟さを受け入れ、新たな知識を素直に取り入れられるというのは難しい事です。
それに、この中には何人かくのたまを怖がる子もいるでしょう。それは決して間違いでも恥ずべきことでもありません。恐れることは悪いことではないのです。恐れて始めて警戒心が生まれ、敵を侮ることがなくなる。慢心は身を滅ぼします。技術とは常に精進であり、完璧などどこにもないのです。
ですので、今回の授業でたった1つでも構いません。自分ができることから日々の授業に取り入れてみてくださいね」

「「「はい!」」」


これが莉子先輩のすごいところなんだよなぁ。莉子先輩の締めを聴きながら思った。
ただ厳しいだけじゃなくて、ちゃんと1人1人の努力を認めて評価しているんだもの。教えるのはスパルタだけど、その分真っ直ぐと素直に評価をしてくれるから、悔しくても次にちゃんと頑張ろうって思える。

そんな莉子先輩だから、怖かろうが厳しかろうが泣かされようが尊敬の念が消えることがないんだ。

…まぁ、怖いことには変わりないんだけどね。見た目とのギャップが凄まじすぎていっそ詐欺だよな。

授業開始から明らかに私たちを見つめる三年生の目が変わったのを感じながら、ヘムヘムが打つ鐘の音を聞いたのだった。





ただ怖い女子の集団だと思ってました!

「今日の授業、すっごいわかりやすかったよな」

「そうそう!1人1人に的確なアドバイスだったり、自分の顔の特徴を活かした化粧の方法を教えてくれたり!」

「女装って結構自信なかったけど、あのくのたまの先輩方のおかげでなんか頑張れそうな気がするよ…!」

「作法委員でする女装の訓練とはまた違った事も教えてもらえて新鮮だったなぁ」


わいわい、がやがやと賑やかな萌黄色の集団とすれ違った2つの群青色は、きょとん、とお互いの顔を見合わせた。


「くのたまの先輩方って…」

「…三年生の女装の授業、あの2人がしたのか?」


また珍妙なこともあるもんだな。
高野豆腐を食べながら呟いた兵助に隣にいた勘右衛門は「いやそうじゃなくて」と突っ込んだ。