鉢屋三郎は幼馴染みであり、同時に何かと共通点の多い関係だった。
誕生日が同じで。
家が隣りで。
同じくらいの年の子供が私と三郎しかいなくて。
いっそ生き別れの兄弟か何かではと疑われるかもしれないが、血は繋がっていない他人である。
幼い頃の三郎は大変大人しく、人見知りが激しい子で、家族以外に生まれた時から一緒にいた私にしか心を開かないような子だった。
顔を面で隠すか、あるいは当時から得意だった変装で私に化けているかのどちら。
外で遊ぶより室内で本を読む方が好き。
虫が苦手。
どこにいくにしろ、何をするにしろ私のあとをちょこちょこ着いてくるような子で、ほんの少し目を離せば年上のガキ大将どもにことごとくいじめられていた。
大体が私が暴力と腕力に訴えてのしてやったんだけど。
そんな事がしょっちゅうあったもんだから、三郎は余計に私から離れなくなったし、私や家族以外の誰とも関わりを持とうとしなかった。
そして、三郎のお父上は鉢屋の忍衆を束ねる頭領だ。私たちの生まれ故郷である忍の隠れ里…飾磨村を治める長。顔は怖いが子供好きな頭領。そんな彼は、常に私にべったりな三郎をどうすべきか悩みに悩んでいたらしい。
ある日、私と三郎と頭領の3人で修行のために数週間に及ぶ山篭りをしていた時、私は足を滑らせて川に落っこちてしまったのだ。
幸い、頭領がすぐさま引きあげてくれたおかげで命に別状はなかったのだけれど、なかなか目を覚まさなかったらしい私に向かって三郎は散々泣き腫らしたのであろう、真っ赤に腫れ上がった目を釣り上げてこう言い放った。
「何からも、誰からもわたしがゆきめを守ってみせる…!ゆきめがけがしたり、泣いたりしないようにわたしがつよくなるから…!」
それからというものの、三郎は人が変わったように修行に打ち込むようになった。元々才能があった彼はますます技術に磨きがかかり、得意の変装もいつのまにか里一番と謳われるほどの実力を身につけていた。
そうして三郎が10歳になった頃、正式に鉢屋衆の次期頭領…若頭として襲名したのだった。
それと同時に、三郎はもっと広い見聞を持つために修行の一環として、そして私は忍衆の一人として忍の腕を磨くために忍術学園に入学したのだった。
「ゆきめ?」
ふと、三郎は縁側で猫のように丸まって寝こけるゆきめを見つけた。所々汚れが目立つ装束から察するに、どうやら自主練をしていたようで、しかし部屋に辿り着く前に微妙な場所で力尽きたようだった。
「ゆきめ…おい、ゆきめ。起きろ。こんな所で寝てると風邪引くぞ」
「んぅー……なな、ま、つ…せんぱ……勘弁して…」
「今日は七松先輩に捕まってたのか…」
苦悶の表情を浮かべるゆきめに妙に納得した三郎。暴君と謳われる六年生に散々引きずり回されたのであろう彼女の苦労が目に浮かんでしまって一瞬虚空を見つめたものの、すぐに気を取り直してゆきめの肩を再び揺らしたのだった。
ゆきめは鍛錬を怠らない。朝も夜もしっかり自主練に励む彼女を見て、忍術学園一忍者している会計委員長やいけどん暴君が監督と称して引きずり回しているのはもはや恒例になっていた。
昼間は温かいとはいえ、夜になると途端に冷え込むこの季節に縁側で寝そべるものではない。三郎はため息を一つこぼし、肩を揺するのではなく顔をペちペちと叩き出した。
「ゆきめぇー。起きろー」
「うっさ…………あ…?」
「おはよう。夜だがな」
「さぶろ?なんでここに…あれ、ここくのたま長屋じゃないの…?」
「残念ながら、ここは五年生長屋だ」
「嘘…」
「ほんと。…歩けるか?」
「ん、だいじょーぶ…。少し寝たらマシんなった。ごめんね、わざわざ起こしてくれて」
立ち上がり、ぐッ、と伸びをするゆきめの関節がバキベキと不吉な音を鳴らしたのを聞いて三郎は真底同情した。
「夕餉は食べたのか?」
「あー…食堂向かう途中で七松先輩に捕まったからなぁ…」
「……食いっぱぐれたんだな」
「……………おう」
「はぁ…」
そんなことだろうと思った。
忙しなく視線をさ迷わせて顔を引き攣らせるゆきめをじっとりと見つめたものの、ため息を一つ吐き出し徐に懐に手を入れた。
「ほれ」
「…何、これ」
「開いてみればわかるさ」
手渡されたのは懐紙に包まれた大ぶりの何か。ゆきめは訝しげに三郎を見つめた後、恐る恐るそれを開く。中から現れたのは、ふっくらとした丸い饅頭であった。どういう事だ、と言いたげに疑問符を浮かべて饅頭と三郎を見比べるゆきめに三郎は今度こそ呆れを顔に出した。
「お前今食いっぱぐれたって言ったろ。やるって言ってるんだ」
「え」
「……なんだ、その顔は」
「いや、三郎がそんな事言うなんて珍しいなーって…」
「いくら私でもそこまで薄情じゃない」
「あーはいはい、わかったって!私が悪かったから!ぶすくれないでよ…」
「誰がぶすくれているものか」
「あんただよ、あんた」
子供か。内心で突っ込んだものの口には出さなかった。
再び手元の饅頭に視線を落としたゆきめは、すっかりいじけたらしい三郎に。
「…ありがとうね」
柔らかくはにかみながらそう呟いた。
とりあえず今は寝かせてくれ
「ん"ん"ッ……」
「ど、どうした急に蹲って。貧血?」
「違う…(神様ありがとう私は今日も生きられる…)」