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農業を家業とする生徒のための長期休暇だからといって、宿題がないわけではない。下級生はともかく、じきにプロの忍となる上級生ともなれば長期であろうが短期であろうが、先生からの課題の手紙が届く。

その中でも飾磨村出身の私と三郎は少し特別だ。学園長先生はこの長期休暇の際に行われる飾磨村の秋祭りを避けて任務の日程を決めてくださるから、本当にありがたい。

私の…というより、私“たち”の任務は、マキアカダケ城の銃火器、勢力の調査である。なんでも、最近不穏な動きが目立つマキアカダケ城を学園長先生は懸念なされていて、その調査に選ばれたのが私と三郎であった。


「…浮かない顔してるじゃないか。そんなんだと、せっかくのおめかしが台無しだよ」

「おふみ姐さん…」

「こっち向きな。紅塗ってあげる」

「うん」


おふみ姐さんに向き直れば、白粉が崩れないように顎に手を添え、上を向かされる。朱に近い色の紅がついた筆が私の唇を滑る。その感覚のなんとも言えないくすぐったさに身を捩れば、おふみ姐さんからすぐに叱咤が飛んでくる。


「動かない!口裂け女みたくなっても知らないよ!」

「だって、紅おいしくない…」

「舐めるからだよ。…はい、おしまい。鏡見てごらん」


手渡された手鏡を覗き込めば、さすがおふみ姐さんだ。とても綺麗に化粧をしてくれて、普段自分でするのと全然違う。「ありがとう、おふみ姐さん」そう言えば彼女はにっこりと笑って手を振った。

今日は秋祭りの二日目。つまり、私が巫女役となり皆の前で神様に五穀豊穣の感謝の祝詞を捧げなければいけない。緊張する、なぁ…


「袂も帯も大丈夫そうだね。裾踏んずけるんじゃないよ」

「おふみ姐さんじゃないんだから…」

「ん?」

「いや…なんでもない…」


圧が…あの一瞬で無言の圧がすさまじかったんだけど…。
去年の巫女役はおふみ姐さんだったみたいで、三郎から姐さんが裾を踏んずけて転んだ事は聞いていた。薮をつつくもんじゃないな。
最後の確認として、頭の中で何度も祝詞を復唱していると唐突に支度部屋の戸が叩かれた。


「私だ。ゆきめはまだいるか?」

「あら、若様。もう支度は終わったから入っても大丈夫だよ」

「おー」

「ち、ちょっと待った…!」


入るぞー。なんて、制止する前に開かれた戸に絶句した私である。中越しのまま不格好に戸に向かって手を伸ばす私。そんな私と目が合うなり、まるで石化したかのように固まる三郎を半目で睨みつけた。

…てっきり馬子にも衣装だー、なんて言われるのかと思ってたから、逆にそんな反応をされたらこっちもどうすればいいかわからないんだけど。


「あーら…じゃ、私はここいらで退散しようかな。ゆきめ、遅れるんじゃないよ」

「うん、わかった。ありがとうね、おふみ姐さん」

「いいって事よ」


ひらり、手を振って部屋を出て行ったおふみ姐さんの背中を見送る。…三郎は、未だ固まったままだ。


「…とりあえず、座れば?」

「はッ…あ、あぁ…」


さっきまでおふみ姐さんが座っていた座布団を差し出せば、三郎は遠慮なくそこに腰かけた。そわそわ、なんか、落ち着かない。


「…今年の巫女装束、随分気合いが入ってるんだな」

「ん?あぁ、これ?おふみ姐さんが私のためにってわざわざ繕ってくれたんだよ。器用だよね」


繊細な刺繍から細かい装飾品まで、全部手作りなんだそうだ。元来器用な人ではあったけど、これはその…三郎の言う通り気合い入りすぎって言うか…。髪も、装束に合わせて結ってもらったから、本当にこれが私に似合っているのか果てしなくわからない。


「…変?」

「そんなわけあるか!」

「うわッ、びっくりした…!」

「ッ、その…似合ってるぞ。ちゃんとな」

「ちゃんとなって何さ…」

「そのままの意味だな」

「意味わからん…」


けどまあ、三郎が似合ってるって言ってくれるのなら、きっとそうなのかなって。思ってしまう。
ふへ、と頬が緩む。そうすると頬に暖かいものが触れた。三郎の手だった。
…あれ、三郎の手ってこんなに大きかったっけ?


「…紅が、」

「へ?」

「紅が、ずれてる…」

「え、嘘!さっき触っちゃったかな…」

「私が直してやるから、目を閉じてろ」

「なんで?別に目閉じなくても紅は塗れ…」

「い、い、か、ら!目閉じる!」

「は、はい…」


あまりの剣幕にぎゅーッと目を閉じてしまった。なんたってあんな怖い顔するんだよ…急すぎてビビるわ…。
依然、頬に添えられた手はそのままに口の端が軽く擦られる。そして唇に筆の当たる感覚がして、それで…


「ゆきめー!来てやったぞ!これお土産の草餅な!」

「豆腐もあるぞ。たんと食べろ」

「…何してんの?三郎」


急に騒がしくなった部屋にびっくりして目を開ければ、入口付近に集まる兵助、尾浜、竹谷、雷蔵がいて、その中でも特に雷蔵の顔が般若みたいだった。
三郎と言えば、なんか知らないけど座布団に突っ伏して震えてる。


「なんっで…何でなんだよお前らは…!」

「えー?なんの事ー?」

「勘右衛門は絶対にわかっててやっただろ!ほんと、そういうのよくない!」

「まぁ、とりあえず豆腐でも食べて落ち着け」

「いらんわ!てか、どこから出したそれ!」


なんか、急に賑やかになったなぁ。気付けばさっきまでの緊張が嘘のように解れていた。

わちゃわちゃと問答を始めた三郎たちを眺めていると、竹谷が苦笑いしながら隣に胡座をかいた。


「うるさくしてごめんな?」

「いや、むしろありがとうね。初めて巫女役するからさ、緊張してたんだ」

「そっか。解れたんならよかった。装束似合ってんぞ」

「へへ、ありがとう」


ぽふぽふ、結った髪が崩れない程度に頭を撫でる竹谷。
そんな竹谷を見た三郎の足が出るのはまた別の話。





少しは気を遣え!


「誰の許しを得て触ってるんだ!」

「ぎゃッ!!ちょ、おま、三郎!いきなり回し蹴りかけてくんなよな!!」

「うるさい!お前らのせいで…!お前らのせいで…!!」

「だから、ごめんって言ってんじゃん!ちょっとからかってやろうと思って開けたらまさかあんな口付」

「黙れ貴様あああああ!!」

「くち…?なんの事?紅直してもらっただけだけど…」

「あー、うん、ゆきめはそれでいいよ」

「?うん」

「とりあえず豆腐を食べろ」

「お前は豆腐から離れろ」