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今でこそ明るく笑えてはいるが、当時のゆきめは目も当てられないくらいに憔悴しきっていたのをよく覚えている。魂が抜け落ちた、と言っても過言ではないくらいに、飲まず、食わず、喋らず、家から出ることもせずにひたすら殻に閉じこもっていた。
そんな時、忍の里ということもあって忍術に触れたゆきめは没頭するように忍術にのめり込んだ。朝も、昼も、夜も。それこそ寝る間を惜しんで鍛錬を続けた。そのおかげもあってゆきめの実力は忍術学園の六年生に匹敵するほどであるし、私自身それを誇らしく思っている。

…けど、何でもないような笑顔の奥に辛いことも苦しいことも全部隠し込むゆきめは嫌いだった。


「ゆきめちゃーん!文字教えて!」

「はいはい、ちょっと待ってね!」


慌てて家から硯と筆、半紙を持って出てきたゆきめは村の子供たちと手を繋いで歩いて行った。
すっかり顔色もよくなった彼女に安堵の息を吐くが、同時に言い様のない不安が胸を燻った。
ゆきめが誰よりも朝早く、誰よりも夜遅くまで鍛錬をするのは眠るのが怖いからだ。昔、言いつけを破ったゆきめは母親を追いかけて里の外に出てしまい、うっかり忍同士の抗争に巻き込まれた母親がゆきめを庇って死んでしまったのだ。
ゆきめは、母親が死んだのは自分のせいだとずっと自分を責め続け、自分を恨んでいるのだとそれを悪夢として見るようになった。

ゆきめの母親ーー知世さんは恨んでなんかいない。誰もが何度もゆきめにそう告げたが、ゆきめは頑なに聞き入れはしなかった。むしろより一層罪悪感に押しつぶされそうになり、いつしかゆきめの前で知世さんの話は禁句になってしまったのだ。


「ねぇゆきめちゃん、これはなんて読むの?」

「これは“柿”だよ」

「これは?」

「桃」

「こっち!」

「栗…って、さっきから食べ物ばかりじゃないの。お腹減ってんの?」

「さっき父ちゃんが祭壇にお供えしてた!」

「なるほどねぇ…」

「あぁ、秋祭りか。もうそんな時期になるのか」

「うお!さ、三郎…!いつからいたの」

「ずっといたさ」


じっとりと私を睨めつけてくるゆきめに肩を竦めてみせる。
この時期、飾磨村は秋の収穫と実りに感謝して秋祭りを行うのだ。祭りは二日間執り行われ、そのうちの最終日には毎年順番に村の女が一人、巫女の役となり、神様に祝詞を捧げる昔からのしきたりがある。

…そういえば。


「今年の巫女役、お前じゃないのか」

「……………」


目線をあらぬ方向に逸らしたゆきめはどうやら巫女の役が嫌らしい。普通女は着飾るの嫌いじゃないだろうに、こいつは本当変わってる。「ゆきめちゃん、みこ様になるの?」キラキラと目を瞬かせる子供たちに囲まれたゆきめは言葉に詰まらせた。


「わ、私は…」

「わー、楽しみだなぁ!ゆきめちゃんのみこ様!」

「うッ…」

「おふみ姉ちゃんがね、ゆきめちゃんにお着物作ってあげるんだって張り切ってたよ!」

「ぐはッ…」

「あっはっは!こりゃあ逃げ場がないな!どれ、なら化粧は私がしてやろう」

「悪ノリすんな!はぁ、今年は逃げ切れると思ったのに…」

「まぁ、諦めることだな」


広場に目を向けると、村の連中が心無し忙しなく動き回っている。秋祭りは三日後。本腰を入れるにはちょうどいいくらいだ。


「さて、お前たち、今日はここまでだ。両親の手伝いに行っておいで」

「はぁーい…」

「わか様、ゆきめちゃん、またね!」

「気を付けてね!」


きゃらきゃらと笑い声を響かせながら帰っていった子供たちの背中を見つめた。全く、年下に言いくるめられているようじゃ忍者になんぞなれないぞ。


「はぁ、まいったな…秋祭りの巫女役のことすっかり忘れてたよ」


遠い目をしたままゆきめが呟いた。


「ここに帰ってくること自体久しぶりなんだから、無理もない。…それより、大丈夫なのか?」

「巫女役のこと?まぁ、何とかなるでしょ。祝詞は村の姉さんたちの練習相手になってたおかげで覚えてるし、裾さえ踏んずけなきゃ…」

「違う…いや、それもあるが…」

「なぁに?言葉なんて濁してさ」

「…あまり、無理はするなよ」

「変な三郎」


ゆきめはくすくすとおかしそうに笑った。
あぁ、お前の言う通り今日は少し変だ。いやに昔を思い出してしまったからなのか、胸がざわついて仕方がない。


「私たちも手伝いに行こうか」

「…そうだな」


硯と筆を片したゆきめと並んで歩きながら、巫女役であるゆきめの紅の色を何にするか頭に浮かべる私であった。





唐紅の想い出


「そう言えば、最終日に雷蔵たちがゆきめの巫女役見に来るって言ってたぞ」

「ちょ、なんで言ったの!!?」

「減るもんじゃないしいいだろう。それに、あいつらなら毎年来てるぞ」

「暇かよ…」