暗い道だった。
今自分がどこを向いているのかも分からない。
上かもしれない。下かもしれない。
はたまた右かもしれない。左かもしれない。
何かに突き動かされるようにただ走り続けた。
走って走って走って。前方にうっすらと光が見えた。
それに手を伸ばしながら必死に足を動かす。
徐々に光が大きく鮮明になっていく。あともう少しで届く。
潜り抜けた。
一面は木の実がたくさんなった木々。流れる小川。
『お、たくさん採って来てくれたんだ。ありがと』
優しくて暖かい声。お日様みたいな手が私の頭に乗せられる。顔はぼんやりとしていてわからない。けど、私はこの人が大好きだったということだけ覚えている。
ふと、その人がぐにゃり、と歪んだ。
歪んで、ドロドロと全身が崩れていく。
白くて細い腕は焼け爛れ、足はあらぬ方向にひん曲がり、目は落ち窪み、髪はボサボサで落ち武者のようだった。
悲鳴をあげた。腹の底からけたたましい悲鳴をあげて踵を返した。
逃げないと。ただその感情に突き動かされるがまま元来た道を走る。
すると、何かに足を取られてすっ転んでしまった。
振り返ると、足に巻き付く大量の髪の毛。
ずり、ずり、体が引っ張られる。髪を振り払おうにも逆に強固に絡まって、体を起こそうにもその素振りを見せた瞬間引っ張られて地面に逆戻り。
「ゆきめ…!ゆきめー…!」
地を這うような声が私の名を叫ぶ。
恨み。妬み。怒り。そういった負の感情全部を綯い交ぜにしたようなドロドロとしたもの。
「ゆる、さない…!ゆ、る…さな、い…!!ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさない」
ずる、ずる、ずる。
地面に突き立てた指が擦れようと、爪が割れようと、逃れる術はないのだと言うように体が引き摺られていく。
全身が恐怖に支配される。
やだ、やだ、いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!!!!
「おかあさん…!」
絶叫
空気を裂くような悲鳴は村中に響き渡った。
ある家族は飛び起き、ある見張りは身を強ばらせ、ある忍は考えるよりも先に体が動いていた。
とある家に人だかり。三郎は集る人々を押しのけ、家に足を踏み入れた。そして、絶句。
「ゆきめ…!しっかりせぇ、ゆきめ…!」
父親に抱き起こされて、うわ言のように「ごめんなさい」と呟き続ける少女の目は虚空であった。
三郎は何もできずに、ただその光景を見ていることしかできなかった。