ざくざく、ざくざく。
小気味のいい音を立てて地面に鍬が突き刺さる。
今日は絶好の耕し日和だ。
「ふー。こんなもんかね」
鍬を片手に額の汗を拭う。いつの間にかお天道様も真上にきていて、私が相当畑仕事に集中していたんだなって思った。
やりだしたら止まらないんだよなぁ。漸く一段落付いたし、ちょっくら休憩でもしようかな。
「おーい、ゆきめー!」
ごきゅごきゅと水分補給していると、鍬を肩に担いだ父さんが畑の向こうから手を振っていた。あの様子を見るに、どうやら父さんも午前中の分は終わったらしい。
軽く手を振り返して父さんの元へ駆け寄ると、ぽん、と大きな手が頭に乗った。
「精が出るのう。昨日の今日やき、ちっくとゆっくりすりゃえい」
「父さんが手伝えって言うたんやん」
「そうじゃったか?」
「ん」
「はっはっは!そうかそうか!にしてもゆきめ、おまんわしの言葉がうつっとるぜよ」
「………気の所為だよ」
「そういうことにしといちゃる」
からからと景気よく笑う父さん。全く、この人はすぐにそういうこと言う。人をからかうのが好きというか、根本はなんとなく三郎に似てるって思う。
というか、言葉の事を言われても身に染みたそれはそう簡単に直せるはずもなく。
じっとりと前を歩く父さんの背中を睨めつけていると、向こうの方から三郎が歩いてきてるのが見えた。
「おーい」大きく手を振るとそれに気付いたらしい彼もひらり、と手を振った。
「もう手伝ってるのか」
「まぁね。今一段落したところだよ」
「ならちょうどよかった。一鉄さん、しばらくゆきめをお借りても?」
「おーおー、構わんぜよ!道具はわしが持っていっちゃるき、ゆきめは若と行ってくるとえい」
「わかった。ありがとう、父さん」
道具を父さんに任せ、軽く一礼をした三郎について行く。
「どこ行くの?」
「昨日言っただろう?親父がお前に会いたいんだと。親父ときたら、実の息子よりゆきめの帰りの方が楽しみにしていたとはどういう了見だ、全く」
「はは、頭領らしいよ」
「親父は昔から素直なゆきめがお気に入りだったからなぁ。久しぶりにお前が村に帰ってきてくれて浮かれ返ってるさ」
「うーん…」
「そこは喜んでやれよ」
三郎が呆れたようにため息をついた。
嫌というわけではないんだけどね。昔から何かと頭領には気にかけてもらってたし。だからか、長いこと村にかえってこなかったことに多少なりとも罪悪感というものがだな。
悶々と考え込んでいると、まるで私のことなんてお見通しとでも言うように正面に回ってきた三郎が、私の額をぺしり、と指で弾いた。
じ、地味に殺傷能力が…!!
「そら出たぞ。ゆきめの気にしぃ問答が」
「うぐ…」
「何度も言うが、お前はお前のままでいいんだ。申し訳ないとか、変な罪意識は持たないことだな」
「三郎が優しくない…」
「何を言う。私はいつだって優しいぞ」
全く、この若様は人をからかいたいんだか励ましたいんだか。…けど、これが三郎のいいところではあるんだけどね。
彼の不器用さに、いつも助けられている。
なんて思っていると、不意に目の前に手が差し出された。言わずもがな三郎の手ではあるのだけど、いまいち目的がわからない。
「……はぁ、お前ってやつはそういうやつだよ。この鈍ちんめ」
「なぜ貶す」
「いいから、さっさと行くぞ」
「わッ!」
ぐいっと握られた手を引かれ、そのまま歩き出す。意味がわからずに三郎の顔を見上げるけれど、彼は彼でどことなく楽しそうにしているだけだ。
それに…
「(懐かしいな…)」
昔はこうやって、三郎と手を繋いで畦道を歩いていた。
なんとなく胸が暖かくなって頬を緩ませると、それを横目で見ていたらしい三郎の目尻がやんやりと柔らかくなっていたのを私は知らない。
懐かしや、幼き日
(よかった、ゆきめがちゃんと笑えてる)