「じゃあ、また休み明けな」
「気を付けて帰れよ」
「うん、皆も元気でね」
校門前で兵助たちと別れを告げた私と三郎は、寄り道をしながらも飾磨村への帰路を辿る。
忍術学園には実家が農業を営んでいる生徒もいるため、収穫時期に長期休暇が設けられているのだ。もちろん私や三郎も村の収穫を手伝わなければいけないから例外ではない。え?三郎は若頭だろうって?何を言うか。若頭であろうがなんであろうが収穫を手伝わない理由にはならない。頭領だって率先してやってるんだから。
道中見つけた団子屋で父さんへの手土産を買い、自分用に包んでもらった団子を行儀悪くも歩きながら頬張っていた。
「躓いて串が喉に刺さっても知らんぞ」
「さすがにそこまでどんくさくないよ。三郎もいる?あーん」
「いや私は……………あーん」
渋りながらも結局は大口開けて団子に齧り付く三郎であった。にしてもこの団子ほんと美味いな。忍術学園からはちょっと遠いけど、また買いに来る価値はあるわ。今度しんベヱに教えてやろっと。
最後の1本を平らげ、笹に包んで風呂敷に押し込む頃にはすっかりお天道様が西に傾いていた。
「もうこんな時間か…」
「この時期は日が落ちるの早いからね。どうする?このへんで野宿しとく?」
「いや、このまま走ろう。私たちの足ならそう時間はかからないだろうさ」
「ん。わかった」
風呂敷を担ぎ直し、結び目をもう一度確認してから三郎と同時に地を蹴る。ひゅんひゅんと耳元で風を切る音が聞こえる。こんなにも暗い中で俊敏に動けるのは、忍術学園での五年間の賜物であった。
途中で山道を歩いていたらしい狸の親子を驚かせてしまったりと、些細なハプニングはあったものの、確かに三郎の言った通り、さほど時間が経たないうちに村の明かりが見えてきた。
「…ん?わ、若様じゃないかい!」
村を囲っている門の前に辿り着いたとき、不意に物見櫓から声が降ってきた。私たちが上を仰ぐよりも早くそこから影が落ちてきて、切れ長の目をまぁるく開いた。
「こんばんは、おふみ姐さん。元気そうでよかった」
「それはこっちのセリフだよ!ったく、帰ってくるんなら文の一つでも寄越しておくんな!」
「親父には出したんだが…」
「あたしらは聞いちゃいないよ。あの人はサプライズ好きだからねぇ。誰に似たんだか」
「はは……」
「……って、え!?そ、そっちの子はもしかして…!」
「…えへ。おふみ姐さん、久しぶり」
「ゆきめじゃないの!!んま、ちょっと見ない間に別嬪になっちゃってもう!元気だった?体壊したりしてない?」
「うん、元気だったよ」
ばっしんばっしん。豪快に私の背中を叩きまくるこの人は藤咲史。通称おふみ。忍衆の諜報部隊所属の私たちのお姉さん的存在だ。
てゆーか、そろそろ背中が痛い。
おふみ姐さんち抗議すると「ごめんごめん!あまりにもびっくりしすぎてつい、ね…!」と片手を立てた。別にいいけども。
「若様は何回か帰ってきてたけど、ゆきめは本当に久しぶりだからねぇ。あんたの親父さん、寂しがってたよ」
「ゆきめ、私たちのことはいいから、一鉄さんに早く顔を見せてやれ」
「……うん」
三郎に「また明日」と手を振ってから門を潜り、見慣れた村をひた走る。途中で何人か見知った人たちと遭遇したが、私が走る様子を見て何かを察したのか「気を付けてな!」と一言声を掛けてくれるだけで止めようとはしなかった。
そうして辿り着いた五年ぶりの我が家。窓の格子から明かりが漏れていることから、父さんはまだ起きているのだとわかる。
扉の前で深く深呼吸し、小刻みに震えそうになるのを抑えてゆっくりと動かした。
「ただ今帰りました」
忍術学園入学以来から帰ってきていないにも関わらず、ちっとも変わっていなかった。
中には囲炉裏の前で胡座を組んでいた父さんがきょとり、と目を瞬かせていて、そうして徐々に見開いた次の瞬間、がばり、勢いよく立ち上がった。
「ゆきめ…?ゆきめか!?おぉー!おかえり!別嬪になって、一瞬誰かわからんかったぜよ!」
父さんはちょっと髭が伸びただろうか。相変わらず人好きがするような笑みを浮かべる父さんに胸がじんわりと温かくなった。
「父さん、ただいま」
「おまん、文でいくら帰って来いと催促しても帰ってこんかったのに、どうしたがか?」
「別に。友人がたまには帰れとうるさいから」
「そうかそうか!まぁ今日はゆっくりしていけ!そん代わり、明日は畑仕事手伝ってもらうきのう」
「わかってるよ」
ぽんぽん、と私の頭をなでた父さんはくるり、と身を返し、もう一度「おかえり」と笑った。
むず痒いな…
ただいま帰ったぜよ!
「ゆきめ、飯は食うたか?」
「ん、三郎と魚釣って食べたよ」
「なんじゃあ…」
「あ、あー…でもちょっとおなかすいてるかも」
「そ、そうか!?ほいじゃあわしがなんか作っちゃるきのう!そない豪勢なもんは作れんがじゃ、何が食いたい?」
「じゃあ……お茶漬け?」
「そないなもんでええがか?」
「父さんが作ってくれたのならなんでもいいよ」
「ゆきめ…!」
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夢主のパパ上の方言について、大体皆さんお察しされていると思います。
一応変換機能使っていますが、間違っていたり、違和感を覚えた方はそっと優しく教えていただけるとありがたいです(´;ω;`)ブワッ