「…………竹谷、1ついい?」
「…おう、この際だからなんでも言ってくれ…」
「お前さ…………化粧ヤバくね?」
始業の鐘が鳴り、私は一度くのたま長屋の自室に化粧道具を取りに行ってから五年生の教室へ向かった。
とりあえずは忍たまたちの化粧の腕がどんなものかの確認がてら、自分なりに化粧をしてもらったのだけれど…
「うーん、この色にすべきか…それともこっちか…」
「雷蔵、その色はこの前使ったから今日はこっちにすればどうだ?」
「ハチ、紅がずれてるのだ」
「口裂け女みたい」
「うっせ…!」
兵助が言ったように、竹谷は紅がずれて口裂け女みたいになってるし、雷蔵に至っては迷いすぎて完成すらしていない。
逆に、兵助や尾浜はさすがい組と言ったところか、どこからどう見ても美人とかわいい女の子で、三郎に関しては町を歩けば確実に声をかけられるであろう可憐な少女に化けていた。てか、顔変わってて誰おま状態。
他の忍たまたちも、五年生となれば多少気になることはあれど女装の化粧はみんな上手だ。
「…とりあえず、私が思うこのままじゃ女装がヤバいであろう人たちの化粧講座をします。呼ばれなかった人はそのまま着席、呼ばれた人は校門前で木下先生が待機していますので、着替えて先生から課題をもらってください」
予め先生からもらっていた出席簿に書いてある名前と忍たまたちの顔を照らし合わせながら名前を呼んでいく。1人、また1人と教室から去って行く忍たまたちはついにたった2人だけとなった。言わずもがな、竹谷と雷蔵である。
「…わかってはいたけど、さすがに辛い…」
「そう思うんなら頑張ろうね。……雷蔵?」
「…………ぐぅ」
「寝んなよ」
「はッ…!?ご、ごめん、僕寝てた?」
「思っきりな」
両手で顔を覆って机に突っ伏する竹谷と、申し訳なさそうに後頭部を掻く雷蔵。
さてと、どうしたものやら…
「んー…そんじゃまぁ、まずは竹谷から手直ししていくね」
「おう」
「で、竹谷をしてる間に雷蔵は化粧を絶対に完成させること」
「わかった」
いそいそと化粧道具に向き直った雷蔵を横目に、私は改めて竹谷の正面に座った。
「もう一度聞くけど、なんでそんな紅はみ出んの?」
「あー…紅を引く場所はわかってんだけどさ、いざ引こうとすると変に緊張するっていうかなんていうか…」
ふむふむ、なるほど。ようは上手く引こう引こうと意識しすぎて逆に緊張して手が震える質の人か。
手拭いで竹谷の化粧を落としながら軽く思案する。
「まずは紅を綺麗に引けるようになろうか」
「ん」
「私がお手本見せるから……えーっと、雷蔵?」
「………ぐぅ」
「おい」
「はッ…!ご、ごめん!」
「いや別にいいんだけどさ。…まだ紅は引いてないよね。ちょっと顔貸して?」
「え?いいけど…」
ちょいちょい、と手招きをして竹谷の前に私と雷蔵が向き合うようにして座り、右手に紅の筆、左手で疑問符を頭上に飛ばす雷蔵の顎を掴んで引き寄せた。
「よーく見ててね。竹谷って紅付ける時小指でしてるでしょ?それを筆に持ち替えてしてみてよ。んで、いきなりど真ん中に塗るんじゃなくて、唇の輪郭から書いてあげる」
雷蔵の唇に紅をさしながら、できるだけわかりやすく説明していく。正直、このやり方は私なりの失敗しない紅のさし方だからやりやすいかやりにくいかは人にはよるんだけれどね。
「最初に輪郭を取ってあげるとはみ出しにくくなるんだよ。後は輪郭の中を塗って……はい、できた」
うん、我ながらいい出来なんじゃなかろうか。人の顔に化粧するのってやっぱ緊張するなぁ。
「「……………」」
「ん?どうした?なんか黙りこくって」
「いや…」
「別に…」
じゃあなぜ目を逸らす。
「あ、2人して照れてやんのー」
「…!?」
「おわッ…!か、勘右衛門…!」
「うわッ」
不意に肩に重みがかかってきて、耳元でけらけらと笑う聞き覚えのある声に心底肩を揺らした。なんだ、なんなんだ。ここの人間は気配を消して肩を組みに来るのが流行ってるのか。
「い、いきなり肩組むなよビビる…!」
「あはははは」
あれ、なんかこれ前にもあったような気がする。
「あれ、ハチたちまだやってんの?」
尾浜に気を取られているうちに気付けば教室内に数名の忍たまが帰ってきていた。どうやら早々に課題を終わらせた組のようで、その中には当然尾浜や久々知、我らが変装名人の三郎が揃っている。
「早いね。もう戻ってきたんだ」
「私を誰だと思っている?」
「はいはい変装名人の三郎さんですね知ってる」
「なんだそのおざなりな返答はッ!!」
「兵助、三郎が兵助の新作高野豆腐食べたいって言ってる」
「本当か!?」
「え!?ちょ、そんなこと一言も言ってな…!!」
ぎゃーぎゃーと兵助に追いかけ回されているらしい三郎を横目で見ながら、鏡を片手に悪戦苦闘している竹谷に目を向ける。
「あ、違う違う。ここはこーして…」
「ッ…!」
竹谷の筆を持つ手を取ってそのまま動かす。なんだか大人しい竹谷を不思議に思いつつも上手く引けた紅を見せるべく鏡を向けると、途端に顔を輝かせた。
なんだろう…竹谷に犬の耳と尻尾が現れたような気がしたんだけど。
「す、すげー!はみ出てない!見ろ勘右衛門!綺麗に引けた!」
「あーうん、よかったね」
「適当!?」
「ま、まぁまぁ…でもよかったね。このやり方だと、ハチでも綺麗に紅が引けるね」
「雷蔵は褒めてんのか貶してんのかわかんないよね」
「え?」
そーいうところが雑いんだって。
心臓に悪いぞ、あいつ
「全く、ゆきめのやつ!あんなに顔を近付けるなんて嫁入り前の女子がすることじゃないだろう!」
「おい三郎、押すなって!それ以上体重かけられるとマジでやばいから!」
「そんな事より豆腐でも食べて落ち着くのだ」
「「お前はどっからそれを出した!?」」
「(三郎たち、さっきから何コソコソしてんだ?)」
「(あれは声をかけるべきか、そっとしておくべきか…うーん……)」
「ねぇ、聞いてる?」
以上、ぜーんぶ勘右衛門が教室に乱入前の話でした!