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未来の約束



疑問に思ったことがなかったわけじゃなかった。

「あの歳で一人暮らしなんかしててさ、ご両親とももうずっとあってないみたいなんだよなー」

長い片想いの果てに彼女と付き合うことになった次の日、ナマエさんのバイト先に迎えに行けば、店長さんに言われた言葉にハッとした。
だから、ナマエさんちはいつ送っていっても、明かりがついてなかったのか。

「それでもひとつも泣き言言わないんだから、あれはきっといい女になるぞー。ハハ、なんてな」

多分、話が重くなりすぎないように、笑いを交えたつもりなんだろう。

だけど本当に、あんな風に強がるのが上手くなってしまった彼女をいい女、なんて表現出来るんだろうか。

俺が顔を歪めると、

「でも、寂しくないわけじゃないはずなんだよ。強がりが上手いつーだけでよー。だから、まあ、こんなこと俺なんかから言われるまでもないだろうけどよ、」

店長さんは、なんだか凄く悲しそうに。

「ナマエちゃんを大事にしてやってくれよ」

そう言って俺に握手を求めてきた。

その人は、ナマエにとったら赤の他人だ。
それでも、あなたはたくさんの人に想われてるんだってことを、俺は知ってますよ、ナマエさん。

でも一番想ってるのはいつだって俺だってことは自信があるから、あなたを幸せにしたい。
あなたが不意に見せる寂しそうな顔を、俺が笑顔に変えたいって思ったんだ。





ナマエさんとクリスマス過ごせるってなって、第一に悩んだのはプレゼントだった。

今までバレーばっかしてきちまったから、女が喜ぶものなんか見当もつかねぇ。

しかも相手はナマエさんだ。
一番喜ばせたい相手なのに、何をあげたら喜んでもらえるのかがわからない。情けない話だった。

でも、ナマエさんと仲のいいスガさんに相談してみたら、

「多分ミョウジは西谷にもらったら何でも嬉しいんじゃないかなー。ミョウジの欲しいものわかんないなら、あげたいものあげればいーべ」

なんかもう惚気は聞き飽きたーって顔でそう言われた。

あげたいもの。
それなら、頭に浮かんだものはある。

俺の気持ちを一番に伝えてくれそうなもの。

正直ナマエさんが喜んでくれるかはわかんねぇ。
もしかしたらどこか冷めたあの人のことだし、付き合って数ヶ月でそんなの重いとか言いかねない。

とは思うけど、ナマエさんが俺のこと好きって言ってくれる気持ちは、多分俺が思ってる以上に切実で、真剣で、一途だ。

だから、きっと笑わずに聞いてくれる。そう信じて俺はクリスマスプレゼントを決めた。

まさか当日、あんなことになるとは思ってもみなかったんだけど。





ベッドで密着して抱き合ってると、服を着ていてもやっぱそれなりにクるもんがあった。

ナマエさんは昨日風呂入ってないからーとか言うのに、不思議なくらいいい匂いしかしない。

よくわかんねーけど甘い、匂い。

昨日も散々嗅いだけど、その匂いは俺にとっちゃ胸をいっぱいにする香りなのに、同じくらい掻き乱されて、押し寄せる衝動を自覚するものでもあった。

そんな不純なことを考えていたら、

「多分ね、お母さん、2月の始めに宮城に来るの」

唐突だった。
抱き付いてきたナマエさんが、俺の胸元から顔も上げずにそう言った。

「え……!」

ぎゅっとしがみついてくる彼女の手が震えているのは、きっと昨日母親に会った時に起こったことを思い出しているのだと思った。

その内容まで話は聞いてない。
でも、ナマエさんほど我慢強い人が出会い頭に泣き出すなんて、それだけでもう、言葉なんかいらなかった。
何があったのかなんて考えるに易い。

離婚を実の子どもの所為にするような親だ。
きっと酷い言葉を浴びせられたに違いないんだ。

「おばあちゃんの命日だけは、お母さんはいつも休みを取るから」

俺の服に顔を埋めてそう言う声は、くぐもる。

怯えてる、なんて表現はあまりにもいつも気丈なナマエさんとはかけ離れた印象の言葉だ。
でも、ナマエさんは母親と会うことのをそれこそ怯えるほど恐れていることを、俺は知っていた。


たとえどんなに平静を装おうとしても、俺だけはあなたの強がりを見抜くと決めたから。

「毎年来てるみたいだから、きっと今年もくる。だから、」

だから、俺もナマエさんの背中に回した腕に力を込めた。
ひとりじゃない、そう分かって欲しくて。

そして、

「行きましょう」

そう口にすることに、迷いなんかなかった。

驚くほど華奢なその背中。

ひとりじゃ抱えきれない重荷。

「一緒に行きましょう。ナマエさん」

それならふたりで背負えばいい。

ぎゅっと抱き締めてしまえば、ナマエさんはまるで小さな女の子みたいにしがみついてくる。

「……っうん!約束ね!」

約束。そう言って彼女が少し、泣いたのがわかった。

ナマエさんが泣き虫になったのは、俺がくれた弱さだと彼女は言う。

だとしたら、俺はあなたの分まで強くなりたい。

そしたら、きっともうナマエさんは無理して笑わなくてよくなるかもしれない。

たったひとりの好きな人が、心から笑顔でいれる未来を、俺はあげたい。

その為の指輪で、その為の言葉で、きっと、その為の俺だ。


その日は、近くて遠かった。




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