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会いたかったよ
新宿なんて久しぶりだった。
人混みは好きじゃない。 自分がどこの誰なのか、本当に私なのかわからなくなる気がしたから。
ナマエ、今どこ?
時刻を確認しようとスマホを見たら、一時間も前にメッセージが入っていた。
差出人は研磨だった。
*
「よお」
なんて気兼ねない挨拶とともに現れたのは、私のでかい方の幼馴染。
相変わらず意味のわからない髪型してたけど、その身長は待ち合わせに有利っていうか、周りから頭一つ分抜けて見えた。
「ひさしぶり」
その隣で朝の電話と同じテンションで言うのは、私の小さい方の幼馴染。 小さいなんて言ったけど久々に見たら多分私とあまり変わらないくらいには育ってた。 私がちょっとだけヒール履いてるからよくわからないけど。
「ナマエ、お前またでかくなった?」
新宿にいると言えば、もう向かってると返信が来た。私と母が待ち合わせする場所なんて知っているのだ、二人は。
「は?うるさいお前のがでかいくせに」
再会早々失礼なことを言ってくるクロに顔を顰めれば、
「おいおい久々に会ってその態度かよ」
クロも同じ顔してきた。 研磨も人混みが辛いのか凄い顔してる。
だから、私達は三人して顔を見合わせて変な顔してて、ちょっと笑える。
「新宿、なんか変わったね」
少しだけ人の少ない方へ移動してから、私は辺りを見渡した。
「あーなんか色々工事してるよな」
二人は特に何も感じてなさそうだから、割と前からあちこち工事しているのだろう。 そうやって、街も移ろっていくんだと思った。
人の心のように。
「そういえば部活は?」
私がふたりを見て首を傾げると、
「ちゃんと終わらせてきたんだよ!」 「……今日は16時で終わり」
ふたりは迷いなく答えた。多分、サボったとかではない。ちゃんと終わらせてきたのだ。
よかった。私のせいで二人が部活を途中で抜けてきてたりしたら、なんか罪悪感だから。
「そっか。とりあえず会えてよかった」
ホッと微笑めば、二人ともちょっと驚いた顔をした。
「お前、折角来たのにやっぱすぐ帰るの?」
私が泊まりがけで来たとでも思っていたらしいクロが、私の一言で長居するつもりがないと悟ったようだった。 確かに、言われてみれば東京に着いたのはついさっきのような気もする。
けど、
「うん。夜約束あるし」
私には今日、外せない予定があった。 ふたりもっと話したいし、折角こんなとこまで来たのなら買い物でもしていきたい気持ちもないわけじゃなかったが、だからって今夜の予定を反故にする気にはなれない。
「え……」 「おま、まさか男か」
少し恥ずかしくて目線を外しつつ、でも滲み出る嬉しさを隠しきれずに言う私に、硬直するふたり。
「え?んー、まあそうだね。彼氏と約束あるの」
あれ、なんか予想以上の反応?なんて思えば、
「オォオイ!全然聞いてねぇぞ!」
クロが突然声を張り上げる。 え、何こいつリアクション芸かよ。
「言ってないし」
ふたりからはそんなに頻繁に連絡が来てたわけじゃない。 たまに思い出したように、元気?とかLINEが来てたけど、電話は今朝が初めてだったくらいだし、別に彼氏出来たとか報告する機会が無かったのだ。
だって、この歳の幼馴染とべったりな友情築いてても気持ち悪いでしょ? あ、潔子は別だけどさ。
「……だとしたら早めに帰らないとまずいんじゃない?今日そっち、雪なんでしょ?」
私の彼氏いるって発言に、硬直したまま形容しがたい表情をしてるクロとは打って変わって、平常運行の研磨が私の帰りの心配をする。
「そうなんだよー!無事帰れるかな」
途中で新幹線止まったりするのが一番面倒臭いし、出来るなら西谷とクリスマス過ごせる時間には帰りたい。
ちょっと遅くなっちゃうけど、きっと彼がいれば、私は何もかも忘れて今日という日を楽しめる筈だ。
「帰れなかったら一泊すりゃー」
なんて、クロが冗談なのか何なのかわからない一言を発しようとするので、
「うん、まあそしたら研磨んち泊めてもらおーかな」
私は遮って研磨に笑いかけた。
「……うちは、無理」
けど、もちろん拒否。まあ、わかってた。どこまでもつれない奴なのだ、研磨は。
「無理じゃなくて嫌だろそれはー」
私はゲラゲラ笑う。つい数十分前にあんなに胸が苦しくなったばかりだなんて、思えないくらい自然に。
私を心配してこんなところまで来てくれたふたりも、きっと杞憂だと思ってくれるだろう。
ああ、平気だったのかって。 久しぶりに母に会って、また泣く羽目にならなかったんだな。よかったなって。
思ってくれた筈だ。
「まあ、じゃーとりあえず改札まで送るわ」
そう言ったクロは、やっぱり少し寂しそうだった。
なんだかんだ、私のこと大好きなのだ。このいけすかない幼馴染は。
「彼氏どんなやつ?」
道すがら問われたのは、なんとアバウトな質問だろう。でも、
「世界一かっこいい男」
私の答えは決まってた。
「は?」 「……ナマエが惚気とか……」
すごく嬉しそうに、少しも淀みなく言った私に、ふたりはドン引き。
わかってるよ、キャラじゃないって思ってるんでしょう!知ってるわ! こちとらそんなこと百も承知で言ってんだわ!
「あのねー、嘘じゃないよ。マジマジ。ビビるよあんたら。あんな男前見たことない」
そう続けた私に、
「……信じらんねー」
ふたりとも凄い顔を引き攣らせた。
クロは呟くけど、研磨に至っては無言。 でも目が口ほどにものを言うじゃないけど、本当、何この人って顔してた。
「まあいつか機会があったら紹介するわ」
相変わらずなふたりに嬉しくなって、笑顔で言う私に、
「そんな、ガチなのかよ……」 「……俺、別にいいや」
やっぱりドン引き。
まあ、わかるよ。 自分が彼氏紹介するね、とか言うキャラじゃないってことくらい。 でもふたりに紹介したいなーって前から思ってたんだもん、そこまで引かなくてもいいのに。なんて考えていたら、
「……そっか。なんか安心したわ」
クロが隣で息をついた。
「ちゃんと一人でやれてんだな」
その言葉が、何よりの証明だ。
ひとりで遠くへ行った私を、ずっとずっと心配し続けてくれてたってことの。
だから、
「ひとりじゃないよ」
私は酷く穏やかな気持ちで笑った。
「ひとりじゃない。私には男前の彼氏も、優しくて美人の親友も、心配性な幼馴染もいるもん」
西谷は間違いなく、私を支え、護ってくれている大切な恋人だ。 けど、それだけじゃない。 私をひとりにしないでくれてるのは、潔子や菅原、そして昔からずっと一緒だった、目の前のふたりだ。
それは、たとえ彼氏が出来たって引っ越して離れ離れになったって、変わりようがないのだ。
そう、私自身思い知った。
「……そーかよ。気をつけて帰れよ」
呆れたみたいに言ったクロは、困ったみたいな顔をしてた。
「うん。ふたりも!」
気付けば着いていた改札に入って行こうとする。けど、
「……ねえ、クロ」 「ん?」
ずっと口を閉ざしていた研磨が、唐突に口を開いた。
「渡さなくていいの?」
そうしてクロの右手に下げられていた白い箱の入った袋を指差す。
「あー……そうだな」
と、クロが少しだけ悩んで、
「ほら、ナマエ!これ持ってけ!」
それからその袋を私に差し出してくる。
「?なにこれ」
その袋は何処かで見覚えがあったのに、イマイチ思い出せなくて。
うーんと、なんて考えていたら、
「お前ここのケーキ好きだっただろ」
クロが待ちきれずに正解を示した。
「へ?……わ!駅前の!い、いいの?!」
言われて気づいたけど、それは私達の家のある駅を降りて、徒歩二分にある私の大好きなケーキ屋さんの袋だった。
「おー!彼氏と食え!俺と研磨からのお祝いだ」
クロはそう言って笑う。
「わ!ありがとー!凄い!嬉しい!」
私も、嬉しくて笑った。
懐かしいケーキなんかより、私の好きなものを覚えていてくれた幼馴染が。
ただ、嬉しかった。
「おー!じゃ、またな」 「また」
まるでまた明日会えるように、気兼ねなく手を振るふたりに、一瞬目頭が熱くなった。
けど、
「うん。……またね!メリークリスマス!」
私は歯を食いしばって、今日一番の笑顔で言う。
「……!」 「……いいから前見て歩けよー!転ぶぞー!」
研磨は何も言わないけど、クロは私に父親か何かみたいに言った。
でも、ふたりの目に映った優しさに、ただ漠然と。 私達はこれからも一生、幼馴染なんだなって思った。
離れ離れになったって、恋をして結婚して、今と全然違う人生を歩み始めても。 私達は、また会えば同じように笑いあえるんだろうな、って。
*
時刻は18時を回ろうかというところだった。
この分ならあっちに21時頃には着くかな。
西谷から返信は無かった。
それがどうしようもなく気掛かりで、心にさざめきが起こる。
西谷、今日は本当にごめんね 今東京から戻ってます 多分、そっちに着くのは順調でも 21時過ぎると思う それからパーティーの用意をしたら、 きっと遅くなっちゃうね でも、会いたいです こんなこと言えた立場じゃないの かもしれないけど ただ、会いたいです
西谷はメッセージを見たんだろうか。 私は西谷に愛想を尽かされてしまったんだろうか。
楽しみって言ってくれたのに。あんなに補修になったら許さないよって念を押しておいて、当日になってすっぽかして。
私は母にとってだけじゃなく、 西谷にとってもいらない存在になるのだろうか。
そう思ったら、今すぐ返信が来て欲しいのに、返信なんか一生いらないって思った。
怖かった。 ひとりなんかじゃないって思う気持ちが、私を今ここに立たせているのに。
西谷に見捨てられたら、その時はもう、伸ばされる誰の手も掴めないって思った。
だって私は、もう。 西谷なしじゃ、どうやって泣いたらいいのかもわからないんだよ。
*
仙台から最寄り駅に着いて、駅から家まではさらに遠かった。 それでも歩かなくてはならない。 朝、何も考えずにヒールなんか履いてしまった自身を恨んだ。
見上げればしんしんと雪が降っていて、どうやら本当にホワイトクリスマスになったようだ。
東京出身で普段も電車などあまり利用しない私は知らなかったが、雪国の電車は雪に強いから、この程度ではびくともしなかった。
だから、もしかしたら、もっとゆっくり話してくるべきだったのかもしれない。 せっかく会いに来てくれたふたりと、話をできた時間は実際10分程度のものだなんて。酷い話だったろう。
けど、自分の意思でドタキャンしておいてお笑い種だが、今日は朝から西谷の日と決まってた。
今日一日ずーっと会いたかった。 私の心臓を持ってる、たった一人のひと。
*
ほんとなら今頃西谷とDVDでも観ながらおうちでたらふくご馳走を食べてた頃だ。 何度スマホを見直しても返信は無い。
イチかバチか、西谷の家に行ってみようか。 もしかしたらおうちでパーティーしていて、気付いてないのかも。
なんて、必死に楽観視しながら歩き慣れない雪道を歩く。
今日、私が得た物はなんだろうか。 西谷との約束を蹴ってまで知り得たのは、私が今でも母に憎まれてるってことだけではないのだろうか。
これでもし西谷まで失うなら、私はこれからどうやって生きて行こうか。 私はいつも、大切な選択を間違える。
そうして歩いた家までの道は、もう辺り一面雪が降り積もっていて。 その一面の白の所為で、夜なのにそこらじゅう妙に明るかった。
こんな風に、雪が降り積もるみたいに。 私の心も、凍ってしまえばいいのに。
そう願う心に準じるように、手足の感覚はもうない。 氷のように冷たかった。
家に着くころには、まるでひとごとのように、不思議なほど何も考えられなくなっていた。
凍える指先を温めもしないで、ただ見つめている。と、
「ナマエさんっ!!」
突然、横から伸びてきた何かに、私の手は包み込まれる。
え、なんて声も上がらない。けれど振り返れば、
「おかえりなさい!ナマエさんっ!」
白く光る闇の中、私を呼ぶ人がいた。 小柄な身体に厚手のコートを着込んで、その髪は今日も驚くほど重力に逆らって。
「あーもー、今日雪だって知らなかったんですか?顔真っ青っスよー?」
静寂を切り裂くような声。心配そうにこちらを覗き込む、綺麗な瞳。
その全てに、私の胸はどくどくと高鳴る。まるで彼によって、命を得たように。
「ん?どうしたんスか?もしかしてほんとに体調悪いとか……」
いつから?どうして?携帯は?なんで?たくさんの疑問が頭に浮かんで。
でも、気付けば私は、そんなことよりも早く、私よりずっと小さいくせに、誰より頼れるその胸の中に――飛び込んでた。
「西谷ぁっ」
私のひとりぼっちの家の前。 今年最初の積もるほどの雪の中。
会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて、恋い焦がれたその人は、ただ私を待ってくれてた。
たったそれだけの、嬉しいサプライズ。 それだけで。
私は、今日たくさん我慢してきた量の何倍も。 涙が流れ落ちてきた。
突然泣きついた私に、
「うおっ!ナマエさんっ!?」
西谷はとても驚いて、それから。 凍える私の背をただぎゅっと強く抱き締めてくれるんだ。
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