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オカン系男子は背中を押す
お昼ご飯は食べれなかった。 身体が食べ物を受け付けないのか何なのか、まるで食欲が湧かなかった。
私のお弁当のフタは開けられることなく、そのままトートバッグへ仕舞われる。
もう正直な話、身体にエネルギーが残ってない。
けど、私が生きることを拒否するように。 お腹なんか空かなかった。
しばらく呆然を虚空を見つめたまま、ひとりで空を見つめていたんだけど、その間にもどんどん身体から力が抜けていって、どんどん視界が狭くなって、不意に泣きたくなるような心許なくなってゆくから。
私はよろよろと歩き出す。
とりあえずこんなとこにずっといるわけにはいかないし、行かなきゃ。
一歩、また一歩。 胃には何も入っていないのに、込み上げる吐き気を我慢しながら。歩き出せば、
「ミョウジ……」
なんでこんな時にってタイミングで、 校舎から歩いてくる人影。
今日、私と目が合う度に何か言いたげな顔をしては下を向く、
「すがわら……っ」
都合よく優しくしてくれるクラスメイト。
「なんつー顔してんだよ」
近くへ寄るその顔は曇ってるなんて問題じゃなくて。
「ミョウジだろーんな顔すんなよー!」
普段の横暴な姿について言っているのか、結構ひどい言い草。
でも、自己嫌悪で吐きそうな私には、
「うん。ごめん……っ」
丁度良かったんだと思う。
ほんと、傍らに寄り添うオカン系男子は違うぜー、なんて。
*
「好きな人達を傷付けて生きるくらいなら、もう死んじゃえたほうが楽かもしれない」
そんな、らしくない弱音を吐いた私のことを、菅原は慈愛と切なさの滲む視線で見てた。
あれ、私のこと好きなの、もう隠すのやめたの?とか意地悪なことを思える余裕なんか今はない。
ただひたすらに、菅原が居てくれてよかったって思ってしまった。 私みたいなクズに、安心して弱音を吐ける場所を提供してくれる菅原が、どんな気持ちでいるのかなんて、そんなのわかってる。
好きな人から好きな人と、その好きな人である親友の話を聞かされるなんて。
その言葉の複雑さを抜きにしたって、私なら絶対無理。
でも、菅原は自身の心境なんか押し殺してそれをやってくれるし、私はそれをわかっていて、都合よく現れた菅原を利用してる。
本当にどうすることも出来ない人間なんだ。
「なんで、今まで散々耐えてきたことが耐えられなくなっちゃったのかな」
力無く呟けば頬を流れていく涙を、菅原は隣でずっと目で追ってた。
少し前までずっと、西谷が潔子を好きなことなんてわかりきってたし、なんとも思わないってことはないけれど、それは仕方ないって思えていた。 この恋で私は私に出来ることをしようって、思えてた。
潔子のことだってずっと羨ましいって思ってたけど、それでも潔子を見て西谷に想われる彼女を憎く思うなんてこと、絶対にありえなかった。
なのに。
西谷の誕生日。 今までこんなに嬉しかった誕生日はないって西谷の呟き。 私のピンチをヒーローみたいに助けてくれた小さいのに誰より頼れる背中。 私の震える手を握って、守らせてなんてかっこよすぎる台詞を言う彼は、どうしてあんなに辛そうだったんだろう。
私の心を独り占めする西谷の心を、少しでも掻き乱せる存在でいたいって思う、そんな私の我儘の所為?
そこに想いがあったとしても、相手を掻き乱すだけの行為は弄んでるのと変わらないのかな。
「私、多分西谷のこと、もうどうにもならないくらい好きなんだと思う」
呟けば、あーそっかって。 ちょっとだけ納得した。
今までだって大好きだったのに、きっと昨日の出来事の全部によって西谷のことをもっともっと好きになってしまった。
病気が進行したんだ。 だから精神にも体調にも支障を来してて、周りにも迷惑掛けてる。
なんて、ひとり気付いたつもりの私に、
「ミョウジはさー、自分が悲劇のヒロインかなんかのつもりなのかよ」
突然、それまで黙って話を聞いてくれてた菅原が口を開いた。
「え……」
その辛辣としか言いようのない言葉にびっくりして、一瞬涙が止まる。
「いや、さっきから聞いてたらさ、自分が悪いって分かってるくせに、清水を傷つけることになっても自分可愛さで本心言いたくない。でも清水のことは大切な親友だから辛い。死にたい。今までは我慢出来たのにもう好きな人いる人を好きでいるの辛いーって泣いてんだろ」
と、一気に捲し立てるように言って吐き出される、ため息。
「甘えんなよ」
聞いたこともないような菅原の低い声が、私の脳髄を揺らす。
「すが」 「俺は部外者だ」
「え、」
にべもなく言う菅原が、
「でも言えることもあるよ」
今まで見たことないくらい真剣な顔で私を見ていた。
「好きな人ってそんなさ、簡単に諦めらんねーんだよ。諦めたつもりになったって身体とか心とか、なんか自分の深いとこに気付いたらその人がいてさ、もう自分の意思でどうにか出来るなら、そりゃー本当は好きでもなんでもないだろって俺は思うよ」
それは誰の気持ちなの。私の気持ちを代弁するにしては、言葉にあまりにも熱がこもりすぎて。
苦い笑みが菅原自身の心境を何より物語る。
「清水とのことはさ、俺には何とも言えないよ。お前ら二人ってなんか友達っていうかもう付き合ってるみたいだったし」
菅原の言葉の前に、なす術もなく立ち尽くす私は、
「でも、多分清水はさ、こんなとこでひとりでグチグチ悩んでるミョウジも、清水のこと好きな男に勝手に惚れて清水を逆恨みしたくなくてうたうだしてるミョウジも、きっと嫌いになんかなれないんだよ」
菅原ならこんな私のことでも、いつもみたいに優しく励ましてくれちゃうんじゃないかって、心の何処かで期待しちゃってた。
でも、なんて愚かな考えだったんだろう。
「なんで……っそんなのっ!」
友情なんてものがいかに脆いものなのか、私はよく知ってた。 だから潔子が私を嫌わないなんて言葉、素直に頷けるわけもない。
けど、菅原はそんな私を鼻で笑って、
「バカだなー、ミョウジ。俺が今ここにいるの、誰に頼まれたからだと思うよ?」
眉をハの字にして困ってるみたいなバカにしたみたいな顔してくる。
「え、」
そんな顔をされる意味がわからなくて困惑する私に、
「ナマエが悩んでるのに私じゃ力になれないから、今すぐ行ってあげてほしいって俺に頼んだのはさ、」
菅原はしょうがねぇ奴だなとでも言いたげなため息と共に口にする。
「さっきミョウジが勝手な意地とエゴで傷付けたって言ってた、清水だよ」
菅原が昼休み、普段なら一緒にご飯食べてる友達を置いて、タイミングよく私の前に現れた本当の理由。
そんな。
潔子が、菅原を――?
「自分ばっか相手を想ってると思い込むとこ、悪い癖だと思うぞー?」
打ちのめされる私に、菅原はいつものオカン系男子の面倒見の良さで言う。
「潔子……が?」
自分可愛さで本音を隠すために、潔子を一方的に傷付けた私を?
「おー!清水が泣きながら俺らの前に現れるからさ、大地と旭は今頃多分死ぬほど慌ててるだろ」
「……なんで?」
菅原が空気を無視してなんだかちょっと楽しそうに言うから、少しムッとして口を出たのは短い疑問の言葉。
「ん?なんでって?」
「なんでみんな私なんかに優しくしてくれるの?私、自分勝手だし、いつも一番大切なことを間違えちゃう、大ばか者なのにっ」
訊きたかったというより、なんでなんでって、戸惑ってたって方が近いかもしれない。
なんで、こんな私にそこまでしてくれるのか。愛想尽かされてもおかしくないことを、私はやってるのに。
「んー……まあさ、ミョウジは自覚ないだろうけど」
ちょっと考えて首を傾げてから、
「ミョウジナマエって凄い、お前が思ってるより魅力的な人間なんだよ」
そう言った菅原はなんだか呆れてるって顔で。
「は?」
なに言ってんのこいつって本心が顔に出てしまう私に、菅原はまたちょっと笑う。
「性格に難ありだけど、顔はべらぼうに可愛いし」
「それは知ってるけど」
ってか、昔クロにお前は顔しか取り柄ないって言われたことあるくらいの女だぞ私は。
「あ、そうですか。あとはまあ……、本人なんでもないと思ってるんだろうけど、意外と気遣い屋で周りの顔色読むの上手くてさ、なんでもない顔してクラスのみんなの曇った顔晴らしたりするの得意だよな」
はは、このナルシストめって顔してから、菅原が言う言葉はなんだか私の足裏を擽るような落ち着かない言葉。
「……なにそれ」
自分が何気なしにやっているという行為を褒められると、なんだか自覚のない美点を提示させているようでどうにも気恥ずかしくて。
突然始まった羞恥プレイに、なんだか目付きの悪くなる私。
「あと、なんつっても清水に対する崇拝っぷりが異常!俺はもうさ、ミョウジが実はガチで清水を好きなんじゃないかと思ってた時期あったよ」
「私も潔子に惚れてるかと思ってた時期あった」
どうやら潔子にへばりつく私の姿は誰から見ても異常なものだったらしい。
ちょっと、私も笑ってしまった。
と、
「……うん。でもさ、もう違うって気づいちゃったんだろ」
微笑んで言う菅原が、何故だか酷く悲しげに見えて。
「え?」
私は話の脈絡がわからなくてポカンとした。
「清水に対する並々ならない気持ちはさ、恋じゃなくて友情なんだろ」
なんで菅原が、そんなわかりきったことを口にするのか。 私にはまるでわからない。
「う、うん……?」
決して物分りの悪い方ではない筈なのに、なんだか泣きそうな顔で言う菅原に、私まで苦しくなった。
「だったら友達らしく清水と付き合っていけよ。いつまでも恋人みたいなノリでいれないって気づいたんなら」
けど、正面から投げられた言葉を、決して取りこぼすことのないように。
「ちゃんと友達として、真正面から本音で話して、謝るべきことは謝って、そんな腑抜けた顔してんなよ」
お節介で余計なお世話とさえ言えそうな菅原の言葉を無駄にしてしまわないように。
逃げない。目を逸らさない。
「俺にしたみたいに、エゴを通したいならちゃんと説明しろよ!友達なら」
「…………!」
ようやくわかった。 きっと、長々と語ったけど、菅原が言いたかったのはたったこれだけの言葉だったんだ。
「お前はそれが出来るやつだし、清水はミョウジが本気だったらどんな話だって笑わずに聞いてくれるよ」
ちゃんと話せって、菅原に西谷が好きだと明かしたあの日みたいに。 逃げるなって、言いたかったんだと思う。
周りはちゃんと、お前のことを受け止めるよって。多分、ひとりじゃないんだって、言いたかったんだ。
「…………うん。そうかも」
面映い気持ちで普段の半分も出てないような声で言えば、
「かもじゃない!そうなんだよ!」
菅原は私の肩を強く叩いてきて。 貧血でフラフラな私がよろければ、一拍遅れてあ、やべって顔をしてくる。
「うん」
でも、暴力だ!なんて言い張る元気は今の私にはない。
「ありがと、菅原」
そう言えば、おうって笑ってくれる、きっとみんなにとってちょうど良く優しくて、ちょうど良く厳しい。 流石はオカン系男子が、とりあえず昼飯くらい食えって私の手から弁当箱を取り上げて、もはや口に放り込んでくる勢いだったので。
さっきより幾分か出てきた食欲を奮い立たせて、弁当の3分の1くらいは食べることに成功した。
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