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信じたのはハッピーエンド
守らせてください。その言葉が私の期待する意味ならいいのに。 知り合いの美人がストーカーに遭ったりしたら、夢見が悪いなって。そんな理由じゃなくてさ。 ましてや好きな人の親友が危ない目にあったら、好きな人が悲しむから。とか、そんなことじゃなくてさ。
西谷をあんなにドキドキさせられるのは私くらいのもんなら、私を好きになっちゃえばいいじゃん。 つれない潔子じゃなくてさ、私を好きになってくれるなら、もっとたくさんドキドキさせてあげるのに。 それこそ、西谷をドキドキさせられるなら、全身全霊、なんでも差し出すのに。
一晩中、考えてた。 自分に都合がいいことばっかり。
西谷が私を好きだったら、どんなに良かっただろう。
そしたらさ、俺に守らせてってそんなカッコよすぎる一言に、私は笑顔で、答えるのに。 どうせなら一生よろしくねって。
そんな馬鹿みたいな、手の届かない幸せな妄想ばかりが頭を過って。
早く何も考えられなくなりたいのに、どうしても眠れなかった。
西谷の高鳴る心臓の音が、手から伝わるあったかい体温が、まるで私の奥深くに息づいてしまったみたいに、心臓は鳴り止まないし体は熱くって。
気付いたら朝。気分は最低。
*
「おはよ、ミョウジ」
そう言って隣の席に座った菅原は、朝から私の顔を見てたじろいだ。
「おはよーっす」
その顔があまりにも痛々しい動揺を乗せてるから、
「……やめてよ、そんな顔」
ちょっと笑ってしまった。
多分、今日の私は化粧じゃ隠しきれないくらいクマも酷いし目も充血してて。申し訳ないけど、心配掛けてるなーって思う。
「おー、ごめん。でも……あんま無理すんなよ?」
困った顔で私の頭をポンポンしてから自席に戻っていく菅原は、ほんと、目を背けたくなるくらいにいい奴で。
きっと、昨日私がバイト先のトイレで巻き込まれた事件の所為で寝れなかったと勘違いしてるんだと思う。
もともと男の人があんまり好きじゃないってのは、菅原にも多分伝わってて。 なのにあんなことに巻き込まれたから、今は男とか本当に触れられたくもないってのが本音で。 そういうのを一目で見抜いてくる菅原は、私に無駄な心労を掛けまいと挨拶だけして去って行ったのだろう。
多分、私を慰めるのは自分の役目じゃないとでも思って。
……でも頭ポンポンはしていっちゃうから、菅原はモテるんだろうなあ。なんて思う。
寝不足で頭は痛いし安定の貧血なのに、
「別に無理なんかしてない」
口の中で呟けば、それは本当になるような気がした。
*
空は晴れ渡ってた。私の心とは反して。
爽やかな秋晴れの下、私は今日も潔子と体育館横でお弁当を囲んでた。
「ごめんね、ナマエ。我儘言って」
そう言った潔子の、自分が痛い思いでもしてるのってくらい心配そうな眼差し。
酷く悲しくなる。
「大丈夫だよー!別に教室で食べたかったのはちょっと夜更かしして眠かっただけだから!」
私は今日、お昼に潔子に会うなり第一声で教室でご飯食べようって言った。外に出たりして、西谷に会ったりしたらどんな顔していいのかわからなかったから。 けど何故だか潔子は、今日は外で食べたいと言い張った。
今まで、潔子がこんなにお昼食べる場所なんて主張してきたことはなかったから。 凄く驚いて、結果、私は折れた。
寝不足を理由に動くの億劫だと言ってしまったけど、眠れなかったからなんて言えないし、とりあえず借りてきたDVD観てて夜更かししてしまったからって言った。
「…………うん、クマ酷いよ」
そう言った潔子は、凄く悲しそうにしてて。
ああ、嘘、バレてるって気が付く。
「っ……ごめん、潔子」
涙が出そうになる。 つまんない嘘で潔子を傷付けたこと。 でも潔子に本当のことは話せないって思ってしまうこと。 そして潔子が、無理矢理なんて私に口を開かせないと知っていて謝る、自分の小癪さに腹が立って。
「いいよ。なんでも話していいけど、なんにも話せなくても」
そんなことを言う潔子に、胸が締め付けられる。 ああ、なんて優しい人を、傷つけてるんだろうって。
きっと、私のつまんない強がりなんか、潔子にはぜーんぶお見通しで、だけど悩んでることを相談してほしいって思ったから、私をこんな人の少ないとこまで連れ出してくれたんだ。
それなのに。私の悩みは、潔子にだけは打ち上げられない。
だってどうするの?潔子のこと好きな人のこと好きなんだけどさーって話すの?それを受けて潔子はなんて返事すればいいの?その会話の果てにどこに行き着けば私の心は満たされるの? 大切な親友に対して抱く劣等感で、悔しくて悔しくて悔しくて、今にも気が狂いそうなのに。
大好きな潔子が、羨ましくて。 私も西谷に一生ついて行きますって言われたくて。
でもどうやっても潔子みたいにはなれないって思っちゃうから。
何も話せなくて、だんまり。
潔子は空を見上げてた。
それから、何にも話せない私の代わりに、
「ナマエ、私に言えないことあるよね」
潔子が口を開いた。
「私にそれを言ったら、私が困るの?私がナマエを嫌いになる?それとも別の理由があるのかな」
空を見上げたまま。 秋晴れの空には、雲ひとつない。
「きよ」 「だから、言いたくないことは言わなくていい。でもね、言いたいことは言って」
詮索されたくないことは見ないふりしてくれる潔子の優しさに甘えて、今までたくさんのことを無言で通してきた。 それをずっと潔子は許してくれた。
引越しの理由、一人で暮らすことになった経緯、そして、不毛なこの恋。
何も言わなくても信じてもらえるなんて、そんな訳ないのに。
「私は何を言われても、たとえナマエが私を嫌いになってもさ、多分、ナマエを好きなままだよ」
潔子が言ってくれる言葉は、清水潔子って名は体を表す私の親友の、清く美しい心そのまま。
でも、
「…………そんなのわかんないよ」
濁りきってる私の心には潔子の言葉は相容れなくて。
最低な返事をした。
「そうだね。でも、」
それなのに潔子は、空を見上げたまま。見なくてもどこにあるのかわかるみたいに自然に、私の手を握って、
「言ってくれなきゃ、何もわからないよ」
今まで、きっと何度も何度も我慢してきてくれた言葉を発する。
そっと包んだその手が、ふにって柔らかくて。 一晩中眠れないほどいっぱいだった筈の私の胸をもっともっと苦しくさせた。
信頼に、潔子の想いに応えられない、こんなことしか言えない私のことをどうしてそんなに優しく包めるの。
途端、二人の間に風が吹き抜けて。 ああ、今年も東京に比べて遥かに厳しい宮城の冬が、近づいてきてるなって実感する。もしかしたらもう今年は外でご飯食べれないかな、なんて。弱気になる。
「菅原から聞いたの。昨日、バイト先で危ない目にあったって。本当?」
今日の潔子はよく喋る。 まるでいつもは煩い私の代わりみたいに。
「うん。西谷が助けてくれなかったら、多分今日、学校来ようなんて間違っても思ってないと思う」
潔子の前で西谷って口にするだけで、今はもう嫉妬に胸が焼かれる。
「そっか」
「うん」
潔子は私の心配してるだけなのに。 分かってるのに。
「ナマエが昨日寝れなかったのは、それとは関係ある?」
昨日の事件、隠しきれない酷いクマ、充血した瞳。
その全てが潔子に心配させているのに、
「どうかな。あんまりないけど、無関係とも言い切れないかも」
はぐらかすみたいな返事しか出来ない。
「そっか」
「うん」
「理由は、私には言いたくないんだね」
潔子がどうして、空を見上げたまま話しているのか。そんなことわかりきってる。そんなこともわからないような薄っぺらな仲じゃない。
上を向いて、泣くのを必死に我慢してるんだ。
「……うん。ごめん。潔子にだけは、言えない」
なのに、私は自身の保身のために。 この汚い想いを潔子に晒さないために。 自身の愚かさを思い知りたくなくて。
「そっか…………わかった」
たったひとりの親友の心に爪を立てる。
少しの沈黙の後、
「ごめん、ナマエ……私、先生に呼ばれてるから、今日は他の人と、ご飯食べてくれる?」
そう言った潔子が青空から視線を外して、俯いた瞬間。
彼女の心から零れ落ちた雫に、願った。
私なんか、嫌いになってよ潔子。
「…………うん。ごめん、潔子」
もう、多分前みたいに西谷の影無しでは潔子を見れない。 何より大切な親友に、大好きな人の想いが重なって見えてしまう。
恋敵に思えてしまう。
「ごめん……」
好きだよ、潔子。
好きだよ、西谷。
だからもう、私のことなんか構わずに、二人がくっついちゃえばいいのに。
そしたら、もう胸が引き裂かれるくらい辛いのなんかわかってる。 だって、想像しただけで死にたい気持ちになる。 でも、でもだよ?少なくとも好きな人達を傷付けるだけの私とはおさらば出来るんだから。
それはそれで、一種のハッピーエンドじゃないのかな。
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