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自分で考えてください
悔しいなあ。そう思ったのも、確かにあったの。 好きな人に恩を受けるばかりで、ちっとも役に立たない自身を自覚する気持ちがあったから。
だから、西谷の役に立てたらなぁなんて漠然と思ったのは本当だった。
「西谷、花火大会の時に言ったさ、なんでも一つ命令できる権利っていうの覚えてる?」
もう二ヶ月も前のことだった。 けど私の脳内では色鮮やかに、花火と、その色に染まる西谷の黒髪が思い出させる。
「はい!覚えてますよ!俺は浴衣美女を背負って歩くという男のロマンを果たしました!」
そう。足から血を出すという粗相で西谷を動揺させた私は、花火大会という大事なイベントで西谷を独占しただけでは飽き足らず、まさかの命令権まで使わせて帰り道、コンビニまで彼に背負われるという失態を演じた。 まあ、西谷が好きって気づいちゃった今となっては、あんなおいしい状況をもっと活かしておけばよかったな、なんて思ってるのは秘密。
「ケーキは私の手作りじゃなかったから、それ、あげる」
西谷はその命令権をまるで生かせていないことなんかこれっぽっちも気にしていない顔をするけれど、やっぱフェアじゃないよね。
「え?どういう」 「誕生日プレゼント、当日に知ったから、ちゃんと何かを用意してあげられなくて申し訳無いけど」
私が誕生日プレゼントに命令権をあげると言えば、
「え!?いや!何言ってんスか!俺はナマエさんにおめでとうっつってもらえただけでなくガリガリ君エロい食べさせられ方とかして!もー十分すぎるっつーか!」
西谷は今日の諸々を思い出して少し顔を赤くしたまま慌てて首を振った。
けど、
「なんでも一つ、私に出来ることなら願いを叶えてあげる」
私はそんなのまるで聞こえないように、真っ直ぐ西谷を見つめた。
「え……なん、でも」
と、流石の西谷も私に真っ直ぐ見つめられたまま願いを叶えると言われて、ドギマギしてる様だった。
その顔が、今日も今日とてどうしようもなく私の胸を擽る。から、
「うん。西谷は私の恩人だし、私でいいんなら、」
調子に乗ってしまった。
「なんなら彼女にだってなってあげれる」
そう口にすると、突如として心臓がバクバク言い始めて。 うわー!なに言ってんの私のバカ!!なんて他人の様に自身の発言を悔やむ自分と、
「…………!」
少なからず驚いて目を見開く西谷に、もしここで押したら、動揺に付け込んで本当に彼女になれたりしないかな? なんて愚かに考える自分がいた。
「こーんな美人の彼女なんかなかなか出来るもんじゃないよー?私性格は良いとは言えないけど頭は悪くないし、一年の範囲くらい勉強も教えてあげれる。それに、バレーだって」
自分で言うのかって思われても仕方ないけど私と付き合いたい男なんか沢山いる。多分、アピールポイントだって事欠かない。
でもね、
「そんなの、なんの意味もねぇよっ!」
そんなのは西谷に好きになってもらえないのなら、意味はない。
「…………」
こうなるってわかってたのに、なんでこんなこと言っちゃったかなー。なんて思いながら、滲んできそうになる涙を必死に我慢した。
「好きな女くらい自分で振り向かせらんなきゃ!一緒にいたって意味なんかねぇだろ!!」
激怒する西谷を、あーなんでこんなにかっこいいのかなー。なんて、呑気に思ってしまう。
「……そっ、か」
決して曲がらない、欲しいものは自分で、努力して手に入れる。 真っ直ぐな彼だから、こんなにも胸焦がれるのに。
ちょっとくらい、魔が差してくれないかなぁ。なんて思ってしまった。
「ごめん。西谷はそういうやつだったよね。冗談が過ぎたわ」
好きな女以外となんか付き合うわけがない。
「あ……いや、すみません、怒鳴ったりして」
泣きそうなのを上手く隠して笑う私に、ハッとしたのか西谷も申し訳無さそうに言った。
「ううん。大丈夫。今のは私が全面的に悪い」
弁明の余地もない。 彼の揺るぎない潔子への想いに、茶々を入れるようなものだった。
その罪悪感が、
「まあ、彼女なんてのは冗談にしても、きっと私にだって潔子と西谷のこと応援してあげるくらいは出来るよ」
嘘言うな。お前にだけは絶対に無理だろ。って一言を私に言わせた。
「西谷は自分でって言うだろうけどさ、でも協力くらい……」
苦笑いで頬を掻く私に、
「いらないです」
取り付く島もない西谷のキッパリとしたお断り。
「え……」
それを聞いた私の心臓が、とんでもなく鋭く痛む。
「そんな誕生日プレゼントなんか、欲しくねぇ」
いらないと言われたのは、プレゼントなのに。 まるで今の私には、私自身が西谷には不要だと切り捨てられたように思えてしまって。
勝手に流れた涙が、頬を落ちて行こうとする。
それを必死に隠して、とっさに空いてる手の制服の裾で拭うと、西谷が私を見つめてた。
私が転ばないようにと繋がれた手は、こんな話の最中にも離されることはなくて。自分より身長のちっちゃい筈の西谷を、小さな子どもを連れて歩くお父さんみたいって、思った。
真っ直ぐな瞳。私の大好きな、綺麗な澄みきった瞳が、今は痛いくらい私を射抜いていた。
「もし、ナマエさんに頼みたいことがあるとしたら、バイト辞めてください」
少しの沈黙の後、迷いなく言った西谷。
「…………え?」
その言葉に耳を疑った。 だって、意味がわからない。 バイトを辞めろ?なんで西谷がそんなこと言うの?ほんとに父親じゃあるまいし、私のやりたくてやってることを辞めろなんて言うだなんて。
驚きのあまりなにも言えずにいると、
「図書室で遅くまで勉強するのもやめて、明るいうちに家に帰ってください」
ますます意味のわからない言葉が続く。
「な、なに、それ」
戸惑って、なんとか出た声は震えていた。
なんでそんなこと言うの? よりによって西谷が? いつも私のやりたい放題にだって、なんだかんだで巻き込まれてくれたじゃない。
なのに――? 雷にでも打たれたような衝撃で打ちひしがれる私に、西谷は依然真っ直ぐこちらを見据えて言う。
「危ない目に遭って欲しくねぇ。今日みたいなことがもしまたあって、その時こそ周りに人がいなくて、ナマエさんが次は俺の知らねぇとこで、もっと酷い目に遭うかもしんねぇ」
その目に映っているのが、
「そんなこと考えただけで、気が狂いそうなんスよ」
自分でもどうにもならないような激情なのだと、正面から受け止める私にはわかった。
「……にし、のや?」
でもその激情が何なのか。 それが私にはわからない。
なのに、次の瞬間、
「だから俺に、護らせてくれませんか?」
西谷はそう言った。
「……え?」
何を言われたんだろう。 今日の西谷はなんだか変なことばっかり言うから全然頭がついていかないよ。
「危なっかしいナマエさんが無理しないように手を繋ぎたいし、変なやつまで引き寄せちまうその美貌を、あなたが憂うことのないように」
だってそんな台詞って、
「俺に護らせてください」
きっと世界でひとりきり大切な人にだけ言うものでしょう?
そんな小さな背中で何でもかんでも守ろうなんて思わないでよ。
メインヒロインがいるんだって、私なんか脇役だって、わかっていたって勘違いしてしまうサブヒロインはさ、どうする気なの。
三次元にハーレムエンドなんか無いんだから。
「…………大丈夫」
長い沈黙の後、私は返した。
そんな優しくさせたら、もっともっと好きになる。 勘違いを必死に押し殺して、なんとか言った言葉だ。
「自分の身くらい自分で守れるし、私よりさ、潔子を」 「それは、迷惑ってことっスか?」
必死に取り繕って言おうとする私を遮って、西谷は傷ついた顔をした。
「え?」
何、迷惑って。何、その顔。
「俺の気持ちなんか、迷惑ですか?」
西谷は言い直すけれど、
「迷惑って……いうか、西谷の言ってることがよくわかんない」
さっきからずっといっぱいいっぱいの私の頭は、そろそろ限界だった。 西谷の優しさは嬉しい。でも、西谷にそんな風に優しくされる度に勘違いしそうになるから辛い。
咄嗟に目を逸す私に、
「何がわかんねぇんスか?」
苛立った声で西谷は言った。
「え、だから、なんで西谷がこんなに私を心配してくれるのかとか、」
西谷がこんなに私に対して、直接的に苛立ちをぶつけてきたことなんか今までに無い。
だから、少し怖くなる。 私の胸をいつだって撃ち抜く西谷の視線が、敵意とさえ言えるくらい鋭く私を見つめていたから。
自己防衛の本能からか、身を縮こまらせて視線を外していた私に、
「そんなの、簡単です」
西谷はため息交じりでそう言って。
繋がれていた手を思い切り引かれた。
「俺をこんなにドキドキさせられるのなんか、ナマエさんくらいのもんです」
途端、私を正面から受け止めた西谷は、その小柄な身体で、私を腕の中に閉じ込めた。
ああ、私なんで西谷に抱き締められてんだろ。なんて脳内が冷静に呟きながら、
「…………凄い……おと」
制服越し、ジャージ越しに伝わってきたのは、西谷の心臓の音。
「ビックリしました?」
なんて言ってくる西谷の顔は、ちょっと角度を変えたら、もうキスとか出来ちゃうってくらい、凄い至近距離にあって。
「うん」
驚いて、驚いて、驚いて。 私の心臓は多分、止まってた。
「俺はナマエさんが傷つくようなことがあったら、耐えられない」
「そう……なんだ」
耳元で言う西谷に、固まったままの私はそんなことしか言えない。
「理由なんか、自分で考えてください」
それに対してうんざりしたのか、ため息を吐いた西谷は、
「たまにはナマエさんだって、俺のこと考えて悩む夜があったっていいと思います」
そう言って私をぎゅっと強く抱き締めた後に、そっと解放して。
「おやすみなさい」
静かに手を離して、走り去ってしまった。
あたりを見れば、私はいつの間に自宅の前についていたんだろう。考えたところでわからなかった。いつからここで西谷と顔を見合わせていたのか。
ただ、一度止まった私の心臓は、その機能を取り戻すようにとんでもない速さで鳴っていて。
「何、言ってんだろ」
急に解放された掌が、やけに冷たかった。
「私ほど毎時毎秒西谷のこと考えて悩んでる女なんかいないでしょ」
そんな呟きは、夜の闇の中に消えていってしまった小さな背中には、もう届かない。
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