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潔子じゃないんだよ、



西谷が来てくれなかったら、どうなっていたんだろう。
考えると恐怖から解放された今でも、怖くて手足が震える。

西谷がまさかのトイレの上から乱入という反則技で私を助けに来てくれた後、彼は不審者である中肉中背の男を私から引っぺがし、ドアの外へ出してくれて。

それからその男に殴りかかって、自分より大きなその男の顎に見事なアッパーカットを食らわせて昏倒させてしまった。

騒ぎを駆けつけたバイト仲間が男を縛り上げ、店長に事態を説明し、ツレのクレーマー共々警察に突き出すことに決まったのだけれど、警察が来て話を聞くということで、お酒は提供していないとはいえ高校生がいるのはあまりよろしくないということで男バレ御一行様には申し訳ないけどお帰りいただいた。

まあ、もうすぐ21時で解散しようかと話していたみたいだし仕方ないけれど、事件の詳細を聞いて皆すごく心配してくれて。みんなには申し訳ない結果となってしまった。

西谷には、もっとちゃんとお礼も言いたかったけれど、警察に補導とかされて欲しくないし、被害に遭ったのが私だから勤務時間こそもうすぐ終わるものの私は残らなくちゃいけなくて。

助けてくれた挙句に心配してくれる西谷に、ありがとうって一言だけ伝えてお別れした。

私は、多分またひとつ西谷に惚れ直してしまって、この想いはより一層手のつけられないものに成長してしまった気がする。

またねって手を振った時の、何度も何度も振り返りながら帰って行く西谷の背中を思うと、今も胸が熱くなる。


でも、一先ずは警察だった。

私が未成年ということで、警察は私に両親へ連絡するように言った。

が、私は両親が離婚して依頼父親とは連絡を取り合っていないし、母親は海外でイマイチ連絡が取れない旨を伝えると、まさかの担任へ電話がいった。

電話口で少しだけ話たけれど、担任も凄く心配していて、迎えに行こうか、と言われたけれど、丁重にお断りした。
だって担任も私のこと大好きすぎるし、あの男みたいな変な視線とかを感じたことはないけれど、やっぱり今は男の人なんか信用できないっていうのが素直なところだ。
酷いけどね。

警察によると、男は私のバイト中の動きを細かく下調べしていたらしく、周りの客にしつこく絡まれたりするとバイト仲間達が気遣ってトイレ掃除や外の掃除へ向かわせていたのを知っていたという。

自身の認識の甘さを感じた。
店の皆ももう少し考えようかと言ってくれた。

私はこれ以上働いたらご迷惑にならないかと心配したけれど、もし私がまだ働く気があるのなら皆でフォローしながら厨房内の仕事も覚えて、危ない目に遭わないようにしながら働いていこうかと言ってくれた。

店長のその言葉には、ちょっと感動した。

それから、私を超人技で助けてくれた西谷のことは、警察にはまあ適当にもう帰った客が助けたとだけ言ったのだが、後で店でお礼したいからまた呼んでね、と言われた。

私はいい口実を得てちょっとにやにやした。

そんなこんなで解放されたのは22時近く。

また何か聞くことができたら連絡すると言われたので、しばらくは知らない番号から電話がかかってきても出なくてはならなそうだ。

警察が送ると言ってくれたのだが、今日はこんなこともあったからと店長が送ってくれることになった。

そうして店長と店の前の道を歩いていると、

「ナマエちゃん、あれさ……」

店を出て始めの十字路に差し掛かった時、店長が道端で目の前を指差した。
その先を見てみると、

「ナマエさんっ!」

そこには何故か帰ったはずの西谷がいて。

「え!?西谷!なんでここにいるの!?」

私はようやく取り戻してきていた平静をまた失うことになる。

「ナマエさんがひとりで帰ったりしねぇか心配で……待ってました」

そう言う彼は、自分がどれだけイケメンなことしちゃってるのか自覚があるんだろうか。

「そんな……いいのに」

反射で遠慮してしまう私の背を、

「俺はどうやら不要なようだな!よし!ナマエちゃんの護衛は小僧!頼んだぞ!」

店長がそっと押してくれる。だけでなく、

「いい男じゃねーか。大事にしなよ」

なんてことまで耳打ちしてくる。
ってか小僧って……あなた一体自分はいくつのつもりなの。店長はまだ30代前半なのに趣味とか発言は50代なんだよなぁ。

なんて呆れながらも、走り寄ってくる西谷と入れ違いになるように、そっと元来た道を戻っていく店長に、頭を下げた。

そして、

「西谷……補導されちゃうって言ったのに」

目の前の男の子を見下ろす。

「なーに言ってんスか!警察もそんな暇じゃねーし、きっと俺達のことなんか見逃してくれます!」

おれたちって……、私はついさっきまでその警察様と一緒にいたのだけど。
そうツッコミたいのに、なんだか西谷は得意気な笑顔。

あーもー、そんな顔されたら何も言えないじゃない。

「うん。じゃあ、送ってください」

珍しく素直に言ったら、

「はい!任せてください!ナマエさん!」





何度か帰ったことのある帰り道で、私達はいつもくだらない話ばかりしてバカみたいに戯れあって。
だから、こんな風にお互い何も言わずに道を歩くのなんて、初めてだった。

数分間にもなろうという沈黙の間、西谷は隣でなんだか気落ちして見える。

「ねぇ、西谷」

その顔が彼には全然似合わなくって。
私は拳を握りしめてから、口を開いた。

「はい」

いつも喧しさの塊のくせに、なんでこんな時だけ静かなの。
話さなきゃならないことはたくさんあるのに、緊張して口を噤みそうになるよ。

「誕生日なのに、災難だったよね。ほんと、」
「謝ったりしたら、いくら俺だって怒りますからね」

ずっと気掛かりだった言葉を口にするけど、すぐに西谷の怒気を含んだ声に掻き消される。

「え……」

驚いて固まる私に、

「あんなのナマエさんの所為じゃねーし、なんであんな怖ぇー目にあったのに謝ろうとしてんスか」

西谷は腕を組んで仁王立ち。
あ、怒ってるこの人!

「あ、ごめ」
「だからそれです!」

また咄嗟に謝りそうになる私に、ムッとした顔のままこちらを指差して言う西谷。

ま、まあ、彼の言わんとすることは分かる。

「うっ、……えと、ありがとう?」

たじろぎながら言えば、

「はい。俺はナマエさんに謝られるようなことされてねぇ。だから言ってくれるなら、そっちがいいっス」

ムッとしてた顔を緩ませて、西谷は言ってくれる。

「そっか。それも、そうだね」

返事をしながら、すぐに謝罪してしまうのは確かに西谷に失礼だったかもって思った。
彼は勇気ある行動で私を救ってくれた。なら、まずは賞賛されるべきだ。

「それに、こんなに嬉しい誕生日初めてでしたよ」

夜道に静かに響いたのは、西谷の予想外の呟き。

「え……」

驚いて立ち止まる私に、

「あ!あんなことがあったのに、嬉しいとか言って誤解して欲しくねぇんスけど!」

慌てて弁明する彼は、うっかり私を傷つけまいと必死に顔の前で手を振って見せる。

「あ!うん!大丈夫大丈夫!」

流石に人の揚げ足取るのが大好きな私も、さっきの西谷の嬉しいをあんな事件のことだと思うほど捻くれちゃいない。

「あんな特製ケーキ貰ったのなんか初めてだし、まさかナマエさんからプレゼントなんか貰えると思ってなかったんで!」

目の前にまだケーキがあるみたいに言う西谷が、なんだか可愛くって。

「あはは!あれ作ったのうちのスイーツ担当の人」

絶対勘違いしてんだろーなって思った。

「え!ナマエさんじゃないんスか!?」

そしたら案の定。予想的中。

「うん。残念だったね?」

「うわ、そーだったのかぁー!俺はガリガリ君刺さってるしてっきりナマエさんのお手製かと!」

本気で悔しがってる西谷に、

「あ、仕上げに刺したのは私」

実は完璧な出来過ぎて厨房のバイト仲間がガリガリ君なんか刺すのもったいねぇー!と嘆いていたところに、容赦なくぶっ刺したことを白状する。

「おぉおおお!じゃあもはやナマエさんお手製じゃないスか!」

そしたら、なんかひとりで盛り上がる西谷。
いや、ガリガリ君刺しただけで私のお手製としてみなされるなら、

「えー?じゃあ西谷バレンタインはチョコじゃなくてガリガリ君でいいの?」

なんて、捻くれたことを言ってしまう私。

お菓子作りとか苦手だけど、研磨によくアップルパイ焼いてあげたし、簡単な焼き菓子くらいなら作れる。
多分バレンタインくらいあげても怪しまれないくらいには私達は仲良しだし、あげて平気……だよね?私西谷にはとんでもなくお世話になってるし。

手作りなんかしたらどうやっても私の余計な情念が入り込まざるえないようなものをあげようとする言い訳を考えていると、

「俺はナマエさんの本命なら、ガリガリ君でも嬉しいですよ」

なんでもないみたいに笑顔で言われる。
一瞬、西谷が何を言ったのかわからなくて。沈黙してしまう。

なに、それ。

本命って、それって、さ?
想ってくれる女子なら誰でも大歓迎ってこと?西谷はっきり言って男にしかモテなそうだしね。

でも、潔子じゃないんだよ、私。
どうせ振るくせに、本命欲しがるとか無責任過ぎない?

なんて考えて表情を凍らす私に、

「あ、れ……ナマエさん?」

不思議そうにこちらを覗き込む西谷。

「え、あ……うんと、さ」

西谷にはなんでもない一言が、私にとってはこんなに心乱される言葉で。

悲しいけど、それが互いに抱く想いの差だった。

狼狽える私に、失言だったと思ったのだろうか。

「は、はい。あ!いや!わかってますよ!?ナマエさんの本命チョコ貰えるのは潔子さんのみっスよね!」

西谷は誤魔化すみたいに笑って。

「……え、あ、うん。そう、だよ?」

あんな露骨に狼狽して西谷に本心が伝わったんじゃないかって気掛かりな私は、イマイチ覇気に欠く返事をしてしまう。

それに対して、

「じょ、冗談っつーかその、すみません。気にしないでください」

西谷も明らかにシュンとしてそんなことを言う。

なんだろ。潔子に本命もらえないからって私に本命ねだった事を後悔でもしてんのかな?自身の忠誠に反する行為だろうし、ね。だっていつも、西谷は潔子に一生ついて行きますとか言ってるし。

はあ。ホント、ままならないもんだなあ、私達。

ひとつ、ため息をついた。

「ていうか、私は本命にはガリガリ君なんかやらない」

そう言うと、西谷はビクリと肩を震わせるから、

「そっスよね。ナマエさんはきっと」
「私は本命になら、全裸でリボンでも巻いてチョコレートより甘いことしてあげるし」

きっと私は何なのか。言葉の続きはちょっと気になったけど、西谷がそれ以上何も言えないようにしてやった。

だってさ、ムカつくじゃん。
今日必死になって助けてくれたのは、大好きな清水潔子じゃなくて、仲良しな先輩に過ぎないミョウジナマエなのに。

あんな風にかっこよく助け出してくれたことも、こんな夜に私を道端でずっと待っててくれたことも。
こんなに嬉しかった誕生日は初めてとか言ってきたり、バレンタイン私からの本命欲しいとか言ったり。

私が西谷の一挙一動にどれだけ心乱されて、舞い上がったり苦しくなったりしてるのか、少しは思い知れってんだ。




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